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時の泡沫

 どんなに情熱的に愛を囁かれても、私の中に沖田さんへの恋情が生まれる事は無かった。言ってしまうなら、他の隊士達に比べれば確実に大切だと言える程に近い存在ではあるけれど、唯一無二の存在にはなれない。こればかりは、自分でどうこうできる物でもないだろう。
 表向きはともかくとして、自身の中で感情を自在に操る事など不可能だ。それに……。

「うちは、一度に何人も愛せる程器用やないんえ」

 実のところ、土方歳三という男を愛している自分ですら驚きなのだから。あれだけ一途に想い続けていた烝さんを差し置いて、歳三さんを必死に追いかけている自分が今でも時折信じられなかった。

「うちが心の底から愛せるんは、ただお一人だけなんえ。……おかしいやろか?」
「おかしかねぇさ。だがもし総司の方が先にお前に惚れてたら……想いを告げてたら、何かが違っていたかも知れねぇか?」
「……そんなん分かりまへん。そうやったかもしれんし、そうやなかったかもしれん。うちには『もしも』の答えなんぞ分かりまへんのえ」

 だって、私は今この瞬間を生きているのだから。
 烝さんに幸せな過去をもらい、芹沢さんに生きる気力をもらい、そして今、歳三さんとここにいる。確かなのは、今目の前にある現実だけだ。『もし』と言う想像の世界に、私は存在してはいない。

「沖田はんの事は好きや。でもそれは、歳三はんに対する『好き』とは違うんえ。これが答えの全てや」
「そうか……」

 歳三さんが嬉しそうに、でも複雑そうに笑う。沖田さんの事を考えると、素直に喜べないのだろう。私の存在が、ずっと仲間として一緒にいた者達の繋がりに、水を差してしまった事が辛かった。

「だったらこれからもあいつを、今までと同じ好きでいてやってくれるか?」

 そう言った歳三さんは、沖田さんの部屋の方に視線を向ける。

「あいつ……後悔してたんだよ。泣きながら謝ってきやがった。お前に俺の許婚の話をしたのは、全て打算から来たものだったと。この話をすれば、ひょっとしたら俺を見限って、総司に心が移るんじゃないかと思ってしまったんだとよ。総司らしくない卑怯なやり方だが、きっと病で心が弱ってたんだろうな。強引にお前をモノにしようとまでしてしまって、喀血したのはその罰だ、と落ち込んでいやがった。きっとお前にも嫌われただろうってな」

 ああ、だから歳三さんに全てを明かしたのか。あの人は優しすぎる。黙って隠している事も出来たというのに。

「うちの気持ちは変わりまへんのえ」
「あ?」
「沖田はんの事、今までと変わらず好きや。わがままで不器用で、強くて優しい。そんな沖田はんを、嫌いになれるはずおへん」

 何より歳三さんの弟分だ。私にとっても大切な存在には変わりない。

「うちは今まで通り、沖田はんを看病します。治すために全力をつくしますよって、安心して下さいな」

 そう言って、私は笑顔を見せた。それに安心したように、歳三さんも笑顔を見せる。ーーが、だ。

「でも、許婚についてははっきりさせたいんやけど……」

 笑顔から一変、ふくれっ面を作って見せた。

「うち、そないな話は全く聞いてまへんでしたよな」

 目の前のほっぺたを摘み、グイと引っ張る。

「痛っ! はにふんだよ……っ!」
「一途な沖田はんと違て、どこかの誰かはんは……ねぇ……」
「違っ!」

 慌てて私の手を引き剥がして頬をさする歳三さんは、本気で困った顔をしている。さて、どう説明してくれるのか。腹をくくって答えを待った。

「ったく……やっぱ総司のやつ許せねぇな。後で覚えてやがれ」
「って事はやましい事があってやな」
「だから違うっつーの!」

 ちっ、と舌打ちをしながら体を起こした歳三さんは、徐に姿勢を正すとまっすぐに私を見た。
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良かった👍