時の泡沫
その帰りしなの事。私が屯所への道を急いでいると、向こうから見知った者達が歩いて来るのに気付いた。
それは伊東さんと藤堂さん、そして斉藤さんの三人で。離隊以降、接触を禁止されている為、私は敢えて気付かぬ素振りですれ違おうとした。が、期待を裏切らぬ男と言うか何と言うか。
「山崎くんじゃないか!」
嬉しそうに寄って来る伊東さんに、これまた嬉しそうな藤堂さんと、無表情の斉藤さんが追随して来た。
「お互い同じ京に住んでいるというのに、顔を合わせる機会と言うものはなかなか無いものだねぇ」
「ええ、有難い事です」
もう関わる必要のないこの人を邪険に扱って、何の咎があろうか。急いでいる事もあり、私は出来る限り冷酷な表情を作って答えた。
「今後もその機会が無い事を祈ります。では、急ぎますので失礼」
「あ、ちょっと待ってよ山崎くん」
さっさとこの場所を立ち去ろうとしたのに。今度は藤堂さんが声をかけてきた。
「……何でしょう? 我々は分隊した時点で接触禁止のはずですが」
忘れているのなら思い出させてやろうと、我々の現状を言葉にする。バツが悪そうにする藤堂さんだったが、それでも私と話したかったのか目の前に立ちふさがるように立った。
「接触禁止なのは分かってるけど、敢えて聞かせて欲しいんだ。どうして佐野さん達を切腹させたのか……本当に近藤さんがそう命じたのかを」
「藤堂くん!」
まさかこんな話を直接私に聞くとは、伊東さんも思っていなかったのだろう。さすがに慌てて藤堂さんを嗜める。だが藤堂さんは、伊東さんに頭を下げると言った。
「すみません伊東先生。俺はどうしても切腹までの経緯を知りたいんです。納得がいかなくて……」
その顔はとても辛そうで。きっとこの人の心の中には、局長達を信じたいという気持ちが残っており、様々な葛藤が繰り広げられているのだろう。だが……。
「私がその質問に答えると思いますか?」
私は冷たい目をしたまま、藤堂さんに言った。
「え……?」
私の答えに驚き振り向いた藤堂さんは、私が自分の質問に答えてくれると思い込んでいたようだ。予想に反した冷たい態度に、かなりの衝撃を受けたらしい。
「袂を分かって接触禁止までされているあなた方に、こちらの内情をぺらぺらとしゃべってしまう程、私は愚かではないつもりですが」
「山崎くん……」
とてつもなく悲しそうな目で見られ、正直胸が痛んだ。しかしこれが最も正しい答えのはず。私はそれを確信したくて、ちらりと斉藤さんを見た。
相変わらず無表情だったが、その目は『間違っていない』と言ってくれているように感じる。ついでに伊東さんを見ると、彼は苦笑いを浮かべていた。
「さすが山崎くんだね。土方君の助勤だけの事はある」
「それはどうも」
嫌味も含まれているのであろう、その台詞を軽く流す。いい加減時間を取られる事にいらついていた私は、切れてしまいそうになる自分を必死に抑え、大きくため息を吐いて見せた。
「申し訳ありませんが、ここで雑談をしていられる程の時間もありませんので、私は失礼します」
このまま彼らに付き合っていれば、下手すると南部先生の方が先に屯所に着いてしまう。
完全に会話を拒否する姿勢を貫いたからか、何を言っても無駄だと分かったのだろう。藤堂さんは「ごめん……」と俯いた。そんな藤堂さんの肩に、伊東さんが手を乗せる。
「藤堂くん、今は山崎くんも何かの時間に追われているようだし、また落ち着いたときに話を聞かせてもらおうじゃないか」
「いえ、どんな状況であれ、私はあなた方と話す事など何もありませんから」
「そうかい? 私には色々と話があるんだがね。君にはもっと視野を広げてもらいたいもんだ。……時に山崎くん、沖田くんの具合は如何かな?」
「……っ!?」
思わず動揺してしまい「しまった!」と思う。突然差し込まれた沖田さんの話題は、私に揺さぶりをかけるための物だろう。それだけこちら側の情報が流れているという事か。
「……少々風邪が長引いているようですが、特に問題はありませんよ。それが何か?」
「そうかい? それなら良いんだが。世の中には噂好きが多くていけないね」
「それはそれは。どのような噂か是非お伺いしてみたいもんですね」
「おや、やっぱり貴方も私と話をしたいんじゃないですか」
伊東さんが、私の言葉に微笑んで言った。
――まずい。話をすればする程深みに落ちていく、アリジゴクの様なこの話術は伊東さんの十八番だ。
今の自分が巣に落とされかかっている事に気付き、次の一手を考える。この場合は……三十六計逃げるに如かず。
「お話は、お身内だけで存分になさって下さい。では私は失礼します!」
強引に話を打ち切ると、止める間を与えず私はすぐに屯所に向けて走り出した。そして十間程離れた所で振り返り、叫ぶ。
「藤堂さん!」
「はいっ!?」
「近藤局長も土方副長も、貴方の知っているお二人そのままですから!」
私はそれだけ言い残すと、今度こそ全速力で屯所へと走った。この言葉が、藤堂さんの心の霧を晴らすことを願いながら。
それは伊東さんと藤堂さん、そして斉藤さんの三人で。離隊以降、接触を禁止されている為、私は敢えて気付かぬ素振りですれ違おうとした。が、期待を裏切らぬ男と言うか何と言うか。
「山崎くんじゃないか!」
嬉しそうに寄って来る伊東さんに、これまた嬉しそうな藤堂さんと、無表情の斉藤さんが追随して来た。
「お互い同じ京に住んでいるというのに、顔を合わせる機会と言うものはなかなか無いものだねぇ」
「ええ、有難い事です」
もう関わる必要のないこの人を邪険に扱って、何の咎があろうか。急いでいる事もあり、私は出来る限り冷酷な表情を作って答えた。
「今後もその機会が無い事を祈ります。では、急ぎますので失礼」
「あ、ちょっと待ってよ山崎くん」
さっさとこの場所を立ち去ろうとしたのに。今度は藤堂さんが声をかけてきた。
「……何でしょう? 我々は分隊した時点で接触禁止のはずですが」
忘れているのなら思い出させてやろうと、我々の現状を言葉にする。バツが悪そうにする藤堂さんだったが、それでも私と話したかったのか目の前に立ちふさがるように立った。
「接触禁止なのは分かってるけど、敢えて聞かせて欲しいんだ。どうして佐野さん達を切腹させたのか……本当に近藤さんがそう命じたのかを」
「藤堂くん!」
まさかこんな話を直接私に聞くとは、伊東さんも思っていなかったのだろう。さすがに慌てて藤堂さんを嗜める。だが藤堂さんは、伊東さんに頭を下げると言った。
「すみません伊東先生。俺はどうしても切腹までの経緯を知りたいんです。納得がいかなくて……」
その顔はとても辛そうで。きっとこの人の心の中には、局長達を信じたいという気持ちが残っており、様々な葛藤が繰り広げられているのだろう。だが……。
「私がその質問に答えると思いますか?」
私は冷たい目をしたまま、藤堂さんに言った。
「え……?」
私の答えに驚き振り向いた藤堂さんは、私が自分の質問に答えてくれると思い込んでいたようだ。予想に反した冷たい態度に、かなりの衝撃を受けたらしい。
「袂を分かって接触禁止までされているあなた方に、こちらの内情をぺらぺらとしゃべってしまう程、私は愚かではないつもりですが」
「山崎くん……」
とてつもなく悲しそうな目で見られ、正直胸が痛んだ。しかしこれが最も正しい答えのはず。私はそれを確信したくて、ちらりと斉藤さんを見た。
相変わらず無表情だったが、その目は『間違っていない』と言ってくれているように感じる。ついでに伊東さんを見ると、彼は苦笑いを浮かべていた。
「さすが山崎くんだね。土方君の助勤だけの事はある」
「それはどうも」
嫌味も含まれているのであろう、その台詞を軽く流す。いい加減時間を取られる事にいらついていた私は、切れてしまいそうになる自分を必死に抑え、大きくため息を吐いて見せた。
「申し訳ありませんが、ここで雑談をしていられる程の時間もありませんので、私は失礼します」
このまま彼らに付き合っていれば、下手すると南部先生の方が先に屯所に着いてしまう。
完全に会話を拒否する姿勢を貫いたからか、何を言っても無駄だと分かったのだろう。藤堂さんは「ごめん……」と俯いた。そんな藤堂さんの肩に、伊東さんが手を乗せる。
「藤堂くん、今は山崎くんも何かの時間に追われているようだし、また落ち着いたときに話を聞かせてもらおうじゃないか」
「いえ、どんな状況であれ、私はあなた方と話す事など何もありませんから」
「そうかい? 私には色々と話があるんだがね。君にはもっと視野を広げてもらいたいもんだ。……時に山崎くん、沖田くんの具合は如何かな?」
「……っ!?」
思わず動揺してしまい「しまった!」と思う。突然差し込まれた沖田さんの話題は、私に揺さぶりをかけるための物だろう。それだけこちら側の情報が流れているという事か。
「……少々風邪が長引いているようですが、特に問題はありませんよ。それが何か?」
「そうかい? それなら良いんだが。世の中には噂好きが多くていけないね」
「それはそれは。どのような噂か是非お伺いしてみたいもんですね」
「おや、やっぱり貴方も私と話をしたいんじゃないですか」
伊東さんが、私の言葉に微笑んで言った。
――まずい。話をすればする程深みに落ちていく、アリジゴクの様なこの話術は伊東さんの十八番だ。
今の自分が巣に落とされかかっている事に気付き、次の一手を考える。この場合は……三十六計逃げるに如かず。
「お話は、お身内だけで存分になさって下さい。では私は失礼します!」
強引に話を打ち切ると、止める間を与えず私はすぐに屯所に向けて走り出した。そして十間程離れた所で振り返り、叫ぶ。
「藤堂さん!」
「はいっ!?」
「近藤局長も土方副長も、貴方の知っているお二人そのままですから!」
私はそれだけ言い残すと、今度こそ全速力で屯所へと走った。この言葉が、藤堂さんの心の霧を晴らすことを願いながら。
