時の泡沫
「沖田はん! 沖田はん、しっかりしてや!!」
ゴホゴホと咳の続く沖田さんの背中をさすりながら、呼びかける。意識はしっかりしているようで、頷き返しては来るが返事は出来ない。
ならば私がここで冷静にならなければ。私は自らの頬を思い切り叩き、気を引き締めた。
「……沖田さん、いつも寝る時はどのような体勢ですか?」
引きずるように沖田さんを布団に移し、横たわらせる。
普段から咳をしている沖田さんは、自然と自分の楽な寝方を見つけているはずだ。その体勢を取らせると、やはり少しは違ったらしい。咳き込みながらも、言葉を発する事が出来る程には落ち着いたようだ。
「ゴホッ……ゴホゴホッ……すみま……せん……」
「気になさらないで下さい。それよりも、苦しいですが咳止めを飲んで下さいね。水分も出来るだけ取った方が良いです」
薬を飲ませ、てきぱきと指示を出しながら、今後の方針を模索する。喀血の量、咳の状態、体温、脈。全てを確認し、すぐに南部先生と相談しなければ。
私が一人でブツブツと呟きながら動いていると、沖田さんが言った。
「仕事……なんですね……」
「はい?」
「山崎さん……に……ゴホッ、戻ってます……」
「戻る、とは……??」
沖田さんの言っている意味が、分からない。私が山崎としてここにいるのは、おかしな事なのだろうか。
「決定的……だなぁ……」
自嘲するように言う沖田さんに、私は首を傾げた。
手で顔を覆ってしまった沖田さんの表情は見えないが、小さく体が震えており、泣いているようにも笑っているようにも見える。私は今、新選組の医務方も任されているのだから、こうして病人の対応をするのは当然の事のはずなのに。沖田さんから見ると、何かが違うのだろうか。
「何が決定的なのかは分かりませんが、とりあえず咳が落ち着いてきたようなので、ひとっ走り南部先生を呼びに行ってきます。私が戻るまで、厠以外は外に出ないで下さいね。出来る限り寝て体を休めて下さい」
良いですね? と強めに言うと、沖田さんが小さく頷いた。
それを確認した私は、早速南部先生の診療所に向かうため、沖田さんの部屋を出る。最後に廊下からもう一度沖田さんを見ると、彼は私をじっと見つめていた。その目がまるで、捨て置かれた子猫のようだったから。
「……すぐ戻りますから、待っていて下さい」
出来るだけ優しい笑顔を残そうと、私は笑いかけた。それを見て、沖田さんが何故か泣きそうな顔になる。
「ゴホッ……すみません……」
障子戸を閉める時に小さく聞こえた謝罪の言葉にもう一度笑みを返し、私はその場を後にした。
「失礼します。南部先生はいらっしゃいますか!?」
診療所に到着早々、私は診察室へと駆け込む。丁度患者の切れ目だったらしく、驚きながらも先生は私を笑顔で受け入れてくれた。
「どうなさいました? そんなに慌てて……何か困り事でも?」
前の患者の診療記録を書き綴りながら、先生が言う。私は先程あった事を、出来る限り明瞭簡潔に伝えた。
「そうですか……とうとう喀血を……」
酷く残念そうに言う南部先生に、思わず不安が過ぎる。だが、先生はすぐに顔を上げて言った。
「では、更に治療に力を入れなければいけませんね。松本にも支持を仰ぎましょう」
「ありがとうございます!」
私は、先生のこの前向きさが好きだ。常に激しく勢いのある松本先生とは違い、穏やかで物静かな南部先生だが、決して諦めない姿勢はさすが子弟と言ったところか。私も見習いたいものだ、といつも思っていた。
「とりあえずは咳止めを飲んで落ち着いたので、屯所で休んでいます。是非往診をお願い出来ますでしょうか?」
「もちろんですよ。ここを片付けましたらすぐに向かいますので、先に往診箱を持って屯所に戻っていて頂けますか?」
「承知しました」
銃による傷が治るまでの間入院していただけあって、ここの勝手は分かっている。私は先生に一礼すると、自ら往診箱の中身を整えて屯所へと向かった。
ゴホゴホと咳の続く沖田さんの背中をさすりながら、呼びかける。意識はしっかりしているようで、頷き返しては来るが返事は出来ない。
ならば私がここで冷静にならなければ。私は自らの頬を思い切り叩き、気を引き締めた。
「……沖田さん、いつも寝る時はどのような体勢ですか?」
引きずるように沖田さんを布団に移し、横たわらせる。
普段から咳をしている沖田さんは、自然と自分の楽な寝方を見つけているはずだ。その体勢を取らせると、やはり少しは違ったらしい。咳き込みながらも、言葉を発する事が出来る程には落ち着いたようだ。
「ゴホッ……ゴホゴホッ……すみま……せん……」
「気になさらないで下さい。それよりも、苦しいですが咳止めを飲んで下さいね。水分も出来るだけ取った方が良いです」
薬を飲ませ、てきぱきと指示を出しながら、今後の方針を模索する。喀血の量、咳の状態、体温、脈。全てを確認し、すぐに南部先生と相談しなければ。
私が一人でブツブツと呟きながら動いていると、沖田さんが言った。
「仕事……なんですね……」
「はい?」
「山崎さん……に……ゴホッ、戻ってます……」
「戻る、とは……??」
沖田さんの言っている意味が、分からない。私が山崎としてここにいるのは、おかしな事なのだろうか。
「決定的……だなぁ……」
自嘲するように言う沖田さんに、私は首を傾げた。
手で顔を覆ってしまった沖田さんの表情は見えないが、小さく体が震えており、泣いているようにも笑っているようにも見える。私は今、新選組の医務方も任されているのだから、こうして病人の対応をするのは当然の事のはずなのに。沖田さんから見ると、何かが違うのだろうか。
「何が決定的なのかは分かりませんが、とりあえず咳が落ち着いてきたようなので、ひとっ走り南部先生を呼びに行ってきます。私が戻るまで、厠以外は外に出ないで下さいね。出来る限り寝て体を休めて下さい」
良いですね? と強めに言うと、沖田さんが小さく頷いた。
それを確認した私は、早速南部先生の診療所に向かうため、沖田さんの部屋を出る。最後に廊下からもう一度沖田さんを見ると、彼は私をじっと見つめていた。その目がまるで、捨て置かれた子猫のようだったから。
「……すぐ戻りますから、待っていて下さい」
出来るだけ優しい笑顔を残そうと、私は笑いかけた。それを見て、沖田さんが何故か泣きそうな顔になる。
「ゴホッ……すみません……」
障子戸を閉める時に小さく聞こえた謝罪の言葉にもう一度笑みを返し、私はその場を後にした。
「失礼します。南部先生はいらっしゃいますか!?」
診療所に到着早々、私は診察室へと駆け込む。丁度患者の切れ目だったらしく、驚きながらも先生は私を笑顔で受け入れてくれた。
「どうなさいました? そんなに慌てて……何か困り事でも?」
前の患者の診療記録を書き綴りながら、先生が言う。私は先程あった事を、出来る限り明瞭簡潔に伝えた。
「そうですか……とうとう喀血を……」
酷く残念そうに言う南部先生に、思わず不安が過ぎる。だが、先生はすぐに顔を上げて言った。
「では、更に治療に力を入れなければいけませんね。松本にも支持を仰ぎましょう」
「ありがとうございます!」
私は、先生のこの前向きさが好きだ。常に激しく勢いのある松本先生とは違い、穏やかで物静かな南部先生だが、決して諦めない姿勢はさすが子弟と言ったところか。私も見習いたいものだ、といつも思っていた。
「とりあえずは咳止めを飲んで落ち着いたので、屯所で休んでいます。是非往診をお願い出来ますでしょうか?」
「もちろんですよ。ここを片付けましたらすぐに向かいますので、先に往診箱を持って屯所に戻っていて頂けますか?」
「承知しました」
銃による傷が治るまでの間入院していただけあって、ここの勝手は分かっている。私は先生に一礼すると、自ら往診箱の中身を整えて屯所へと向かった。
