時の泡沫

「そう言えば気付きました?」
「何をですのん?」
「この句集には、土方さんの好きな物が……ゴホッ、はっきりと現れてるんですよ」

 沖田さんがにこにこ笑いながら言うので気になり、改めて全ての句に目を通す。様々な場面が描き出されていたが、その中でよく使われていたのは……。

「梅と雪、やろか?」
「正解です。もう少し掘り下げるなら、白もですね」

 沖田さんが言うには、白は何物にも染まっておらず、清廉潔白。正に武士そのものだという事らしい。更に白は時として、自分の色に染められる。

「土方さんにとって、白は……ゴホッ、特別な色なんです」

 そう言いながら、沖田さんは一つの句を指した。

『白牡丹月夜月夜に染てほし』

 白牡丹も月も、白を意味している。確かに副長は白を好んでいるのだろう。白牡丹を月の光で更に白くしたいとは、どこまで白を追及するのか。

「ちなみに……ゴホッ、土方さんの中では、貴方に似合う色は『白』なんだそうです」
「へ?」

 突然私の話題になり、思わず変な声をあげてしまった。
 私が……白? こんなに汚れて傷だらけになっている私が、白?

「以前、土方さんが貴方を見ながらこの句を呟いていたんですよ。それも一度や二度じゃなく」

 私自身は、そんな話を聞いた事は無かった。白へのこだわりなど、何も……そう考えていた時、ふとある事を思い出した。

「そう言えば……以前小間物屋で、白が似合ういうて含みのある言い方をされた事があったんえ」
「でしょう? あの人はそれだけ貴方を特別に見てるって事ですよ。そして……ゴホッ、あの白牡丹の句は、昔詠んだ時は純粋に牡丹の花の事でしたが、今は貴方に置き換えているんでしょう。真っ白い貴方を更に自分色……大切な白に染め上げたい、と」

 そんな風に思われていたなど、考えてもみなくて。まさかこの発句集を読んでいて、こんなに感動する話に繋がるとも思っていなかった。

「ちなみに『しれば迷ひしなければ迷はぬ恋の道』も真面目に呟いてました。ゴホッ……これ、一応消されてますけど結構本人は気に入ってるみたいですよ」
「ん、感動台無し」

 目を合わせ、二人一緒に噴き出してしまう。
 きっと副長自身はとても真剣に考えたのだろう。でも端から見れば、とんでもなく滑稽に思えてしまって。初めてこの句を捻った頃の副長を想像してしまった。
 そこで、ハタと気付く。

「……この恋の道のお相手って……どないなお人やってんやろか」
「それは……!」

 私の言葉に、沖田さんが固まる。これもまた笑い話で終わるかと思っていたのだが、沖田さんの表情が尋常ではなく硬くなっていて。こんな反応になってしまう程に、何か問題のある色恋沙汰でもあったのだろうか。

「沖田はん……何か知ってはるんやね。聞いたらあかんことやろか」

 単純に、興味が湧いた。
 副長だって、良い年だしあの見目だ。あまり気持ちの良い事ではないが、それなりに付き合いもあっただろう。好きな人の過去が気になるのは、仕方のない事だと思う。
 だが、沖田さんはあまり良い顔をしなかった。

「別に口止めされてはいませんが、私は……」

 何故か、口を噤む。
 何かを考えている沖田さんに声をかけず、私は次の言葉を待った。そして出た結論は……。

「ゴホッ……そうですね。話しましょうか」

 そう言った沖田さんは、含みのある笑顔を見せた。

「まず結論から言いますと、土方さんには許婚がいました」
「え……!?」

 その告白は、私に大きな衝撃をもたらした。
 一度たりとも聞いた事の無かった『許婚』の文字が、この瞬間から頭の中をぐるぐると回り出す。心臓の鼓動が速くなり、冷や汗が噴き出るのが分かった。

「許婚って……」
「京に上る少し前に、土方さんの一番上の兄、為次郎さんが引き合わせたんです。ゴホッ……三味線屋の看板娘として評判の美人でした。名は『琴』」
「琴……!」

 許婚というだけでも辛いのに。自分と名前の重なるその存在は、私の胸を深く抉った。
 思わず胸を押えると、沖田さんが心配そうに私を覗き込む。その顔にハッとし、私は必死に気持ちを落ち着かせようと無理やり笑みを見せた。

「無理に笑わないで下さいよ。やっぱり……ゴホゴホッ、これ以上聞かない方が……」
「いいえ……ここまで聞いてしもたら、最後まで聞かな気持ち悪ぅてあかんえ」

 自分でも強がっているのは分かっている。これ以上聞いても自らの傷が深くなるだけというのも分かっているのに、聞くのをやめられないのは、副長への恋情か。それとも監察の名残なのか。

「……分かりました」

 沖田さんは、当時を思い出そうとしているのか、視線を空に移した。

「最初は乗り気じゃなかったようですが、何度か顔を合わせている内に、ほだされたのかな? それなりに心を通わせるようにはなっていました。でも丁度……ゴホッ……その頃京に上る話が出ていたので、ひと旗上げるまで待って欲しいと、結婚ではなく許婚の形にしたんです」
「そう……だったんや……」

 副長は、嫌なものは嫌だと言える人だ。もしその気が無ければ、許婚などという約束はしなかったのではないか。
 きっとその時副長は、憎からず彼女を想っていたのだろう。ただ、武士になりたいという夢も捨てきれなくて迷った挙句、夢を追いながら彼女との繋がりも残せるこの形を取ったのかもしれない。

「お琴はんとは、その後?」
「ゴホゴホッ……確か一昨年の東下の際に、会いに行ったはずです。それ以降は知りません」
「そっか……会いに行かはったんや……」

 一昨年の東下の頃と言えば、西本願寺に移転した頃。私が伊東さんの事で悩んでいた時だ。
 京に戻ってきた副長から聞いたのは、家族の話ばかりだったから。女子に会いに行く等、想像だにしていなかった。
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良かった👍