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時の泡沫

 参謀の部屋から直接副長室を訪れた私は、先程起きた事のあらましを副長に話した。勿論自らの話も全て、だ。話を聞き終えた副長の眉間には、深い皺が刻まれている。

「そうか……」

 副長はそう言うと、目を瞑って黙り込んだ。
 それから半刻程経つが、沈黙は保たれたままだ。私の存在を忘れてしまったかのように、思案に暮れているらしい。私はいつだって、副長に負担を与えるばかりだな……と泣きたくなった。

「土方くん、ちょっと良いかな」

 そこにやって来たのは、招かれざる客。障子戸越しには、伊東参謀の影が映っている。咄嗟に副長と目を合わせると、押入れに隠れろとの指示で。すぐに音を立てずに滑り込み、襖を閉めた。

「伊東さんか。入ってくれ」

 私の姿が消えたのを確認し、副長が応える。
 失礼するよ、と入って来た参謀は、いつも通り穏やかな笑みを浮かべていた。

「一体何の用だ?」
「少しばかり君に話があってね。暫し時間をもらうよ」

 副長に促されて座った参謀は一瞬で笑みを消し、真剣な表情を見せる。その態度の急変に、空気がピリリと冷たくなった。

「単刀直入に言わせてもらうよ。君を同志として迎えたい」
「あん?」

 副長が思わず声をあげた。

「何言ってんだ? 伊東さん。俺達は新選組の同志だろ?」
「君は分かっているはずだ。私の真意をね。そして気付いてるんじゃないかい? 今の近藤さんが頭のままでは、新選組の行く末に希望が見出せない事を」

 襖の隙間から見える参謀には、笑顔の欠片も無い。それ程までに真剣なのだと感じさせられた。

「私はね、君の才覚を高く評価しているのだよ。是非私と共にその手腕を発揮して欲しい。この日の本の為に」

 燃えるような思いに、気圧されそうになる。やり方は違えど、この人も信念を持って時代と戦っているのだと思った。だが相手は副長。一筋縄ではいかない。

「……で? 実の所欲しいのは俺か? 山崎か?」

 フッと鼻で笑うように吐き捨てた副長は、真面目に取り合おうとはしていないのだろうか。その態度に一瞬眉を顰めた参謀だったが、一つ大きな深呼吸をすると言った。

「両方、だよ。私は出来る同志も愛しい人も手に入れたい。欲張りなものでね。どうだい? 二人で私の元に来てくれるなら、君はもっと広い世界に出て、日の本の為に手腕を発揮出来るだろう。彼女はあんな怪我を負うような事の無い、穏やかな生活を約束する。勿論本人が望むなら、女子という事を隠し、同志として迎えるのも良いと思っているんだ。私も秘密は守るからね」
「随分都合のいい話だな。……あんたにとってだけだが」

 そう言うと、副長は立ち上がり障子戸を開けた。

「交渉決裂。お帰り願おうか」
「土方くん!」
「俺の夢は、近藤さんを頭にした強い組織を作る事だ。他の奴じゃ駄目なんだよ。ついでに言うと、山崎は俺の言う事しか聞かねぇよ。俺が断わりゃ彼奴も同じだ。女子だ何だはあんたの勝手にすりゃ良いさ。何があろうと彼奴は俺のもんだからな」

 有無を言わせず出て行けと殺気を放つ副長。参謀は何とか説得しようと足掻いていたが、どう転んでも無理だと分かったらしく、肩を落として部屋を出た。

「残念だよ、土方くん」

 そう言い残して。

「もう良いぞ」

 副長に言われ、ノソノソと押入れから這い出した。

「すまねぇな。勝手な事しちまった」

 頭を掻いて謝ってはいるが、表情から察するに悪いとは思っていない。私自身も謝られるとは思っていなかったので、キョトンとするばかりだ。

「以前斉藤から、伊東さんがお前に執着するようになった経緯を聞いたんだよ。最初は新選組を乗っ取る為に俺を引き抜こうと、弱みを探ってたんだと。で、お前の存在を知って調べていたら、実は女だと気付いたらしい。しかもよく見りゃ彼奴の好みど真ん中だったんだとよ。伊東さんが腑抜けになったと、篠原が嘆いてたらしい」

 あまり聞きたくなかった経緯に、ため息しか出ない。話を聞けば聞く程に、さっさと離隊してもらった方が、皆が幸せになれるのではという思いが膨らんだ。

「本来ならお前の事を口止めさせる策を講じるべきなんだろうけどよ。奴の言いなりにはなりたくねぇしな。お前を奴の側に置くなんざ以ての外だ。それともお前は行きたかったか?」
「いえ、全力でお断りです」

 頼まれたって断るに決まっている。そもそもあの人の誘いは、最初から断り続けているはずだ。私は副長の言った通り、副長に付き従って新選組に身を置いていたいのだから。

「んじゃ、問題ねぇな。奴がお前の事をバラしちまったとしても、俺が必ず守ってやる。安心して付いて来い」
「はい!」

 私が力強く答えると、副長は満面の笑みを見せる。参謀の存在は傍迷惑だったが、お陰で私達の絆は深くなったのかもしれない。そう思った。







 翌日。
 参謀は局長に、正式に離隊の話をして了承を得た。後に聞いた話では、心残りはあれど万事上手くいった、と喜んでいたらしい。例え腹の底を探られていたとしても、離隊してしまえば問題無い、と言ったところか。

 この御陵衛士としての離隊には、参謀と斉藤組長、藤堂組長を含む十六名が名を連ねた。但しこれ以降の隊士勧誘及び、それぞれの隊への移籍は認めないという話になっている。

 慶応三年(1867年)三月二十日。伊東甲子太郎ら御陵衛士が屯所を後にした。
 この時を持って、双方の交流も禁止となる。近藤派と伊東派は、完全に袂を分かつ事となった。
 ちなみにここまで来ても、私の話は誰にも伝わってはいないようで。単に広める間が無かったのか、何か意味があるのかは分からないが、とりあえずは暫く様子見とする事となった。

 御陵衛士の面々が抜けた事により再び隊内の編成は変わり、私は副長助勤となった。私なんぞが沖田さん達と肩を並べて良いのかと不安になったが、

「十分貢献してきてるし、今まで以上に俺の側にいやすいだろう」

と事も無げに言われる。

「じゃあ給金も上がりますか?」

と尋ねると、随分現実的な質問だなと笑われた。

 実際の所、給金が上がるのは助かる。何故なら沖田さんの高麗人参を入手しなければならなくて。だがやはり高価な品である事から、どうしても限界がある。

「……お前、金に困ってるのか?」

と聞かれはしたが、これは私が勝手にやっている事の為言い出し辛く、笑って受け流す事しか出来なかった。
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良かった👍