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時の泡沫

 一月十八日。
 参謀は、新井さんを伴い九州遊説へと向かった。途中誰かと合流したようだが、私は知らされていない。
 この遊説の話を聞いた時、私が秘かに付いて行こうかと思っていたのだが、先日の怪我の事もあり副長に止められてしまった。多分今頃監察の誰かが追っているのだろうが、こちらも私は教えてもらえていない。

 その代わりにと私に与えられた任務は、篠原さんの動向を探る事だった。
 いつも参謀の影のように付いて回っていた篠原さんが、今回は九州に付いて行こうとしていない。その上ほとんど屯所におらず、この事が副長の心に引っかかっていたようで、理由を調べろとの命である。

 早速動いてみれば、見えてくる伊東派の策謀。私には考えつかなかったそれには、寒気を感じてしまう。認めたくは無いが、やはり参謀だけの事はあるなと感心してしまった。

「篠原さんは、孝明天皇の御陵衛士を拝命すべく動いているようです」
「御陵衛士だぁ?」

 要するに、孝明天皇の墓守りをしたいと願い出ているわけだ。未だ存在していないその職を新設させようとまでする本意とは何か。読めない副長では無い。

「ふん……いよいよ本格的に離隊を考えてるって腹か。局中法度を破らず円満に離隊出来る方法としては、もってこいの理由になるわけだな」

 局中法度において、隊を脱するは切腹に値する。だが天皇の墓を守るからと言う大義名分があれば、それはまた違ったものとなるのだ。新選組は尊皇を掲げている以上、切腹などさせられない。

「考えましたね」
「まだ実現したわけじゃねぇけどな。多分篠原なら話をまとめてくるか……ってぇ事は、伊東の今回の遊説は、薩長との密会も考えられるな」

 先日の長州征伐で明らかになったのは、幕府の衰退だけではない。誰もが度肝を抜かれた『薩長同盟』が、土佐の脱藩浪士であり、亀山社中結成の中心人物である坂本龍馬の尽力によって行われていた事が明るみになったのだ。
 それは会津藩と桑名藩との戦いを最も想定した協定らしく、新選組も気を引き締めるようにと会津候よりお達しがあった。
 そんな中での九州遊説。参謀には相当の覚悟があるのだろう。

「篠原さんを止めますか?」

 御陵衛士を拝命出来なければ、参謀の計画はおじゃんになる。私は指示を待った。

「……いや。勝手にやらせときゃ良いさ。離隊も認めてやりゃ、新撰組に不満を持ってる奴をハッキリと炙り出せるしな」

 なるほど、この機会に隊内を一掃するという事か。だが、一度離れてしまうと彼らの動向をどこまで把握できるか――。
 私が不安を口にすると、副長はニヤリと笑って言った。

「それについては問題ねぇよ。適任者がいるからな」
「……斉藤組長ですか?」
「ああ、そうだ。彼奴は信用出来る」

 副長が、力強く頷く。そこには深い信頼感が見てとれた。
 先日の正月に起きた島原居続けの一件。謹慎期間中、密かに詮議を行っていたのだが斉藤組長は全く臆することなく、ぶれる事も無く、ハッキリと言い切ったのだ。

「俺の命は、新選組と共にあります」

と。参謀に誘われた経緯から、屯所に戻るまでに語られた内容も全て包み隠さず副長に伝えた事で、改めて信頼を得たようだ。

「では、斉藤組長に間者として潜り込ませると?」
「察しが良いな。だがその言い方は人聞きが悪い。あちらさんの内情を知らせてもらうだけだ」

 結局同じ事ですやん! と思ったが、突っ込めば面倒な事になりそうなので、心の内に留めておいた。だが確かに内情を探るには、最も効果的な方法だろう。万が一間者とバレたとしても、参謀なら直ぐに殺したりはせず、仲間になるよう説得を重ねそうだ。

「まずは伊東が戻るのを待つ。それまでにこちらも体制を整えておくぞ」
「承知しました」

 篠原さんには警戒を続けながらも、一旦この話は横に置いておく事となった。
 やがて御陵衛士拝命が現実のものとなった頃、参謀が帰京する。

「お帰りなさい!」
「参謀! ご無事で何よりです」

 参謀の姿が屯所に見えた途端、伊東派の者達が一斉に集まってきた。
 それはまるで母が帰って来た子供達の如くで、参謀が如何に彼らの拠り所となっているかが伺える。私はそれを見ながら、この中のどれだけの者が離隊してしまうのか……と複雑な気分だった。
 それから数日後。私が斉藤組長と話をしていると、参謀と篠原さんがやって来た。

「あぁ、お二人が一緒とは都合が良い。ちょっと私の部屋へいらして下さい」

 ニッコリと穏やかな笑みで促されて少々迷ったが、組長が頷いた為私もそれに追随する。部屋に通されると、そこには藤堂組長の姿があった。

「あれ? 山崎くんもなのかい?」

 驚いた表情で言われたが、私には訳が分からない。斉藤組長を見ると、万事任せろと目で合図を送られた。
 五人で向かい合うように座り、参謀が語ったのは、御陵衛士拝命による新選組の離隊。それはもう具体的な話となっており、既に京都守護職公用方との面談を終え、分離の了承を得ているという。あとは局長達との話し合いと、新たな宿舎を確保する事を残すのみらしい。まだ帰京して間もないというのに、もうここまで準備を進めていたのかと、舌を巻いた。

「そこで最後の確認です。藤堂くんと斉藤くんに改めてお聞きします。私について来てくれますね」

 その言葉にハッとして、二人を見た。斉藤組長は最初からそのつもりではあったが、知らなかった程でいるように言われている。
 だが、藤堂組長は……。

「はい、そのつもりです」
「御意」

 澱みなく答える二人に、私は驚きを隠せなかった。

「そういう訳で、山崎くん。彼らは私に賛同してくれた。私は君にも一緒に来て貰いたいのだが、どうだろう?」
「私も……ですか?」

 これまで散々避ける姿を見せているというのに、未だ私を誘うというのか。だが私の答えはいつだって決まっている。

「お誘いはありがたいのですが、私は新選組を離れる気はありません。謹んでお断り致します」

 そう言って私は真っ直ぐに参謀の目を見た。これは決して曲げられない意志。私は最期の時まで、新選組と共にあるつもりだから。そんな私の姿に何を思ったか、篠原さんが言った。

「それは土方くんと別れたくないからかね?」
「……はぁ?」

 特定の人物の名で尋ねられ、つい間の抜けた声を出してしまった。が、すぐに気付く。この人達は未だ、私を女だと疑っているのだろう。若しくは確信している。

「それは当たり前では無いですか? 局長や副長あっての新選組ですから。勿論組長の皆さんもですよ」

 言いながらチラリと藤堂組長を見ると、辛そうに下を向いて唇を噛んでいた。ひょっとして離隊は、この人の本意では無いのかも……?
 そんな事を考えながらも、とにかく今は先ず、この場から離れた方が良さそうだと判断した。

「どうやら私は、この場にそぐわない存在のようですので失礼いたします」

 そう言って私は立ち上がると、部屋から出ようと襖に手を伸ばす。が、開けることはかなわず、横に飛びのいた。一陣の風が吹き、私の着物を鋭く掠めていったのだ。

「伊東さん!?」

 藤堂組長が驚いて叫ぶ。斉藤組長は、咄嗟に脇に置いた刀を掴んでいた。
 私はと言うと、ギリギリで何とか避けられた為に傷は無かったが、着物が切れてしまった。しかもよりによって、先日の銃創が露わになってしまう。

「……随分乱暴ですね。離隊を断ったら殺すのが貴方のやり方ですか?」

 苦無を構えながら言うと、参謀がゆっくりと近付いて来た。一触即発。殺るか殺られるか――。
 冷や汗が頬を伝ったその時。パタリ、と参謀の手から刀が落とされた。そして……。

「何て事だ……っ! こんなにも細い腰に、こんな傷が……!」
「ひっ!?」

 私の腰に巻きついてきた参謀の腕に、思わず悲鳴をあげる。あまりに突然の事に、組長達も口をあんぐりと開けて固まっていた。

「ちょっ! やめて下さい! 組長達も助けて下さいよっ!」

 もがく私を見て我に返った組長達だが、気持ち悪い物を見る目のまま、近寄ろうとしない。
 頭を抱えた篠原さんが「伊東、いい加減にしてくれよ!」と言ってくれなければ、私はどうにかなっていたかもしれない。
 本当にこの人は何がしたいのか。何とか参謀を振り払い、斉藤組長の後ろに回り込んで参謀との距離を取った。

「とにかく私は、こういう方と一緒に行きたいとは思えませんので失礼します」

 もう引き止められてなるものか、と思い、急いで部屋から飛び出る。ところが参謀の諦めは悪かった。

「山崎くん!」

 廊下まで追いかけてきた参謀が叫ぶ。

「私は九州遊説の際、医学者とも交流を持ったよ。男女の体の作りの違いも、医学的観念から学んで来た。……私は本気だ。悪いようにはしない。未だ時間はあるから考えてみて欲しい」

 どうやら先程のおふざけは、私が女だという事の最終確認だったようだ。もう誤魔化しはきかないだろう。場合によっては、隊内に話は伝わってしまうかもしれない。
 私は振り向く事なく拳を握り、そのまま副長室を目指した。

――覚悟を、決める為に。
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