時の泡沫
慶応二年(1866年)二月三日。
この日、再び広島にやってきた局長達と合流した。
今回の顔ぶれは、近藤局長、伊東参謀、尾形俊太郎、篠原泰之進の四人だ。出迎えの際に山崎の姿だった私を見て、あからさまにがっくりしていた参謀を無視し、私と吉村さんは探索の結果を伝えた。
その後局長に呼ばれて一人、局長の部屋に行ってみれば、渡されたのは――。
「歳が君にどうしても渡して欲しいと言っててな」
それは副長からの文だった。
予想もしていなかった為思わず涙が出そうになってしまったが、何とかぐっと堪えると、礼を言って局長室を後にする。
急いで一人になれる場所を探し、文を開いた。そこには見慣れた副長の、優しい文字が並んでいる。
内容はと言うと、現在の屯所の様子や沖田さんの体調。そして最後に私の事を気遣う言葉だった。全体的に言葉が濁されているところを見ると、万が一誰かに読まれた時の事を考えたのだろうか。
それでも私には、彼の想いが痛い程伝わってきて。
「……どこかで一度、帰られへんやろか……」
そんな不謹慎な事を思ってしまう程に、私の心が揺さぶられる。
「歳三はんに会いたいなぁ……」
文を抱きしめながら、私はそう呟くのだった。
さて今回の広島滞在では、効率よく成果を上げる為に二手に分かれようと、参謀が発案していた。
到着早々局長と尾形さん、参謀と篠原さんという組み合わせで活動を開始している。私はもちろん局長側で、探索を続けていた。
そんな中、局長達と合流してから八日目の出来事。
「貴方も一緒に行きましょう」
それはいきなりの誘いだった。
「行く? どこへでしょう?」
「これから諸藩士と面会の約束をしているんですよ。貴方も来ませんか?」
宿の縁側で私を見つけた途端、嬉しそうに近付いて来た伊東参謀は、さも当たり前のように私の肩に手を置き、耳元で囁いた。
まさかの不意打ちに固まってしまったが、慌てて力づくでその手を払う。
「お、お誘いはありがたいですが、私は別件で探索の仕事がありますので……って言うか無駄に近いです! 離れて下さい!」
嫌悪感丸出しで拒否しても、全くめげる気配の無い参謀は、もう物の怪の類にしか見えなくて。一緒にいた篠原さんも、諦めたように苦笑いをしていた。
「貴方には篠原さんという優秀な監察が側にいるじゃないですか。彼と一緒に行ってらして下さい」
「勿論篠原は一緒ですよ。でも貴方にも来て欲しいのです。……貴方はもっと視野を広げた方が良い」
瞬間、ピリリと空気が鋭く変化したように感じた。いつもの参謀とは全く違うそれは、何かの決意の表れだろうか。
私は今、真実の伊東甲子太郎の姿を見ているのかもしれない。まるで刃物を突き付けられたような眼差しが恐ろしく、冷や汗が流れた。
「……一体どのようなお相手なのですか? 今日お会いになる方というのは」
かなりの重要人物が来る事を予感させる態度が気になって、必死に恐怖感を抑えつつ尋ねる。だがその答えは、篠原さんの「伊東、そろそろ時間だ」の言葉によって遮られてしまった。
「仕方ない。まだ機会はいくらでもあるから、考えておいてくれ給え」
そう言った参謀の表情はもう、いつもの怪しい薄笑いに戻っていた。
何の未練も無いように、アッサリとこの場を立ち去る参謀の後ろ姿を見送りながら考える。
「一体何を企んではんのや? あの人は」
諸藩士と会って交流し、人脈を広げるのは必要な事だ。伝手が増えれば、長州入国も叶う可能性が上がる。
だが彼の目的は違うもののように感じられてならない。
そもそも尊王攘夷派であり倒幕派である伊東参謀達が、このままおとなしく幕府の元に身を置き続けるものだろうか? もし私がその立場なら……考え得る最も悪い結果を想像し、身震いする。
「あかんあかん。とりあえず今は出来る事をせなな」
伊東派については直接関わることを極力避け、陰で監視をしろとの命令だ。私はまず、面会相手とその話の内容を確認すべく動く事にした。
局長と尾形さんが三月半ばに先行して帰京する迄の期間、別行動をしていた参謀が諸藩士と公式に会ったのは、先日の物を含めて二回。それ以外は密会という形で、数多の藩士達と会合を開いていたようだった。
話題は主に尊皇攘夷についてで、勤王を説いていたらしい。この活動が、これからの新選組にどう影響を及ぼすのか。私には未だ先が見えてはいなかった。
局長達から遅れて参謀達も、三月下旬に帰京する。それを見送った後も私と吉村さんは、引き続き広島に滞在していた。
結局二回の長州下りは不発に終わってしまったが、この結果は幕府の衰退を物語っているようで。私の胸に、大きなしこりとなって残った。
余談になるが、局長が帰京の際に私は、副長への文を託した。先日の文の返事と共に、長州と薩摩に不穏な動きがある事をしたためてある。遠く離れてはいるが、少しでも副長の役に立つ事ができれば。そう願って書いた文は、受け取った副長の顔を真っ赤に染めたらしい。
これは後に、局長から聞いた話。
この日、再び広島にやってきた局長達と合流した。
今回の顔ぶれは、近藤局長、伊東参謀、尾形俊太郎、篠原泰之進の四人だ。出迎えの際に山崎の姿だった私を見て、あからさまにがっくりしていた参謀を無視し、私と吉村さんは探索の結果を伝えた。
その後局長に呼ばれて一人、局長の部屋に行ってみれば、渡されたのは――。
「歳が君にどうしても渡して欲しいと言っててな」
それは副長からの文だった。
予想もしていなかった為思わず涙が出そうになってしまったが、何とかぐっと堪えると、礼を言って局長室を後にする。
急いで一人になれる場所を探し、文を開いた。そこには見慣れた副長の、優しい文字が並んでいる。
内容はと言うと、現在の屯所の様子や沖田さんの体調。そして最後に私の事を気遣う言葉だった。全体的に言葉が濁されているところを見ると、万が一誰かに読まれた時の事を考えたのだろうか。
それでも私には、彼の想いが痛い程伝わってきて。
「……どこかで一度、帰られへんやろか……」
そんな不謹慎な事を思ってしまう程に、私の心が揺さぶられる。
「歳三はんに会いたいなぁ……」
文を抱きしめながら、私はそう呟くのだった。
さて今回の広島滞在では、効率よく成果を上げる為に二手に分かれようと、参謀が発案していた。
到着早々局長と尾形さん、参謀と篠原さんという組み合わせで活動を開始している。私はもちろん局長側で、探索を続けていた。
そんな中、局長達と合流してから八日目の出来事。
「貴方も一緒に行きましょう」
それはいきなりの誘いだった。
「行く? どこへでしょう?」
「これから諸藩士と面会の約束をしているんですよ。貴方も来ませんか?」
宿の縁側で私を見つけた途端、嬉しそうに近付いて来た伊東参謀は、さも当たり前のように私の肩に手を置き、耳元で囁いた。
まさかの不意打ちに固まってしまったが、慌てて力づくでその手を払う。
「お、お誘いはありがたいですが、私は別件で探索の仕事がありますので……って言うか無駄に近いです! 離れて下さい!」
嫌悪感丸出しで拒否しても、全くめげる気配の無い参謀は、もう物の怪の類にしか見えなくて。一緒にいた篠原さんも、諦めたように苦笑いをしていた。
「貴方には篠原さんという優秀な監察が側にいるじゃないですか。彼と一緒に行ってらして下さい」
「勿論篠原は一緒ですよ。でも貴方にも来て欲しいのです。……貴方はもっと視野を広げた方が良い」
瞬間、ピリリと空気が鋭く変化したように感じた。いつもの参謀とは全く違うそれは、何かの決意の表れだろうか。
私は今、真実の伊東甲子太郎の姿を見ているのかもしれない。まるで刃物を突き付けられたような眼差しが恐ろしく、冷や汗が流れた。
「……一体どのようなお相手なのですか? 今日お会いになる方というのは」
かなりの重要人物が来る事を予感させる態度が気になって、必死に恐怖感を抑えつつ尋ねる。だがその答えは、篠原さんの「伊東、そろそろ時間だ」の言葉によって遮られてしまった。
「仕方ない。まだ機会はいくらでもあるから、考えておいてくれ給え」
そう言った参謀の表情はもう、いつもの怪しい薄笑いに戻っていた。
何の未練も無いように、アッサリとこの場を立ち去る参謀の後ろ姿を見送りながら考える。
「一体何を企んではんのや? あの人は」
諸藩士と会って交流し、人脈を広げるのは必要な事だ。伝手が増えれば、長州入国も叶う可能性が上がる。
だが彼の目的は違うもののように感じられてならない。
そもそも尊王攘夷派であり倒幕派である伊東参謀達が、このままおとなしく幕府の元に身を置き続けるものだろうか? もし私がその立場なら……考え得る最も悪い結果を想像し、身震いする。
「あかんあかん。とりあえず今は出来る事をせなな」
伊東派については直接関わることを極力避け、陰で監視をしろとの命令だ。私はまず、面会相手とその話の内容を確認すべく動く事にした。
局長と尾形さんが三月半ばに先行して帰京する迄の期間、別行動をしていた参謀が諸藩士と公式に会ったのは、先日の物を含めて二回。それ以外は密会という形で、数多の藩士達と会合を開いていたようだった。
話題は主に尊皇攘夷についてで、勤王を説いていたらしい。この活動が、これからの新選組にどう影響を及ぼすのか。私には未だ先が見えてはいなかった。
局長達から遅れて参謀達も、三月下旬に帰京する。それを見送った後も私と吉村さんは、引き続き広島に滞在していた。
結局二回の長州下りは不発に終わってしまったが、この結果は幕府の衰退を物語っているようで。私の胸に、大きなしこりとなって残った。
余談になるが、局長が帰京の際に私は、副長への文を託した。先日の文の返事と共に、長州と薩摩に不穏な動きがある事をしたためてある。遠く離れてはいるが、少しでも副長の役に立つ事ができれば。そう願って書いた文は、受け取った副長の顔を真っ赤に染めたらしい。
これは後に、局長から聞いた話。
