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時の泡沫

 近藤局長改め近藤内蔵助一行は予定通り、広島に向けて出発した。
 道中は特に問題も無く、同月十六日に到着。その後は局長達と別れ、探索を開始した。

 正直、土地勘の無い状態での探索は骨が折れた。
 少しばかりの伝手はあったが、やはり欲しい情報を集めるには、自らの足で動かなければ意味が無い。監察の意地にかけて、何としてでも成果をあげなければ! と駆けずり回り、最近ようやく少しずつではあるが人脈を増やすことが出来始めている。

 とはいえ広島藩は倒幕派へと思想を変えつつある上に、長州に程近い為、気を抜く事は出来ない。時にヒヤリとさせられる事もあったが、それでも何とか期限までに、局長から求められていた情報を集めたのだった。

 しかしその局長はと言うと、あの手この手で長州入国を試みたものの、すべて拒否をされてしまっていた。その結果に落胆をしてはいたが、我々がもたらした情報は局長の期待以上の物だったようで。

「非常に喜んでおられましたよ。流石ですね」

と、何故か伊東参謀からお褒めの言葉を頂いた。それもわざわざ監察の宿まで直々に足を運んで、だ。
 宿にはその時私と吉村さんの二人が残っていたのだが、不必要に接近して来る伊東参謀から、さり気なく庇ってもらえたのには助かった。

「浅野さんから聞いてはいましたが……大変ですね。頑張ってください」
「……そんな同情の目で見ないで下さい……」

 お互いの状況を伝え合い、さっさと伊東参謀にはお帰り頂いたが、ドッと疲れが出てしまう。この緊張感のある隊務においてでも、決してブレる事が無いのは、ある意味尊敬に値するかも知れない。だが……。

「あれには本気で困ってるんですからね」

 私の腹の底からのため息に、吉村さんは苦笑いで頷いたのだった。



 十二月の終わり頃。永井様の判断により、長州訊問使の一行は、一旦帰京する事となった。
 帰京後はその成果を局長自ら会津候に報告しに向かい、お褒めの言葉を賜ったという。我々の集めた情報が、今後の長州征伐を考えるに当たって大きく役立つと言われたのが誇らしかった。

 ちなみにその時の私はと言うと……実はそのまま、広島に滞在していた。局長命令により、探索を続けるよう指示された為だ。
 出来る事なら一度京に帰りたかったのだが、此処に来て本格的に伊東参謀の動きが怪しくなってきている。そこで伊東派の息のかかっていない吉村さんと私の二人が、長州探索と同時に伊東派が何か策を講じていないかを調べるよう言われたのだ。
 とことん厄介な人だな……と肩を落とす私に、吉村さんは笑顔で「一緒に頑張りましょう」と言ってくれた。

「それにしても……」

 吉村さんがじっと私を見つめる。

「何ですか?」
「いや、よくお似合いだなぁと思って」
「はぁ……」

 吉村さんの視線の先の私は、お琴の姿をしている。監察の仲間でも、私のこの姿を見ているのはほんの一部だった。
 例に漏れず、吉村さんとこの姿で顔を合わせるのは初めてだった為、物珍しかったらしい。

「ああ、別に嫌味ではないんですよ。変装が本当にお上手なんだなぁと思って」

 分かっている。この人には全く悪気が無いことは。
 そもそもこの格好をする事になったのは、帰京直前に言った伊東参謀の言葉がきっかけだった。

「山崎さんと吉村さんがお二人で残るなら、いっそ夫婦として動けば良いのでは? 周囲から疑われにくいと思いますよ」

 よりによって局長の前で言いだしたものだから、断る事もできず。
「是非今ここで女装姿を見てみたい」とも言われたのだが、「仕事の特性上、変装した姿は仲間でも極力見せないようにしているので」と言い張り、何とか一行を追い出してからの変装となった。
 物凄く残念そうに広島を発った伊東参謀の後姿に、苦無を投げつけなかった自分を褒めてやりたい。

「しかし、男同士だというのに夫婦設定というのは、何とも気恥ずかしいというか……」

 吉村さんが、顔を赤らめながら言った。
 本音を言うと、私だってこっ恥ずかしい。でもこれは隊務なのだと自分に言い聞かせる。

「すぐに慣れますよ。きっと」

 笑顔でそう答えると、吉村さんは顔を赤らめたまま口の端を上げ、小さく頷いた。
 実際初めはそんな初々しさを見せていた私達だったが、意外とあっさり慣れてしまい。共に行動するときは、誰が見ても仲睦まじい夫婦のように振る舞えていた。

 そもそも吉村さんは、故郷に妻子を置いている。何度か話を聞いたのだが、その家族への溺愛ぶりは、聞いているこちらの方が恥ずかしくなる程で。だからこそ、夫婦の在り方を分かっているのだろう。とても自然な振る舞いが、居心地の良い空間を作り出してくれていた。
 お陰で探索の幅も広がり、仕事もやりやすい。局長のこの人選に、心から感謝した瞬間だった。
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良かった👍