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時の泡沫

 ゆるりと時は流れ行く。気が付けば木々の色は赤く染まり、そろそろ冬の気配が訪れていた。

 私は『健康診断』以降、諸士調役兼監察と並行して医務方の任務を正式に与えられている。松本先生と南部先生の協力もあり、かなり優遇された環境だ。

 病室も、作られた当初とは比べ物にならないくらいに整備され、薬は有り余る程常備されている。これまでとは違い、体調不良の際はきちんと診察をするようになった為、それをさぼる口実にしていた者が格段に減った。今の所全てが良い方向に動いていると言っていいだろう。

 ちなみに沖田さんはというと、今のところ大きな変化は見受けられない。風邪薬と称して毎日薬を処方してはいるのだが、少しは効果が出ているのだろうか。咳も、気にしていれば気付くという程度に落ち着いているようだった。

 だが副長命令で、ここしばらく沖田さんは屯所待機を続けている。全ては『風邪が完治するまで』との理由にしているが、さすがに本人も何かがおかしい事には気付き始めているようだ。しかし私達に何も聞いてこようとはしなかった。

 新選組自体はというと、もちろん忙しい日々を過ごしていた。何人もの不逞の輩を捕縛し、隊規に違反したものを処罰し。
 夏の終わりには松原忠司が、切腹により光縁寺に埋葬された。

 また島田さん主導で、英名録の作成も行った。
 本来なら記載されるはずのない芹沢さん達の名前を「新選組の歴史を語るにおいて、必要な存在ですから」と言って追記させてもらったのは、私のわがままだ。

 そんな中、私が気になっていたのは伊東参謀の動向だった。
 捕縛された者たちの内数人は、参謀の働き掛けで放免になっている。その中には、六角獄に投獄されている長州者までいた事から、隊士達の心に少なからず影響をもたらし始めていた。
 参謀の下にいれば、些細な事では切腹を強要されない。参謀は、敵であろうともまず話を聞いてくれる。参謀なら……。

 総長の切腹以降、更に強い圧力を感じていた隊士達にとって、伊東参謀は心の拠り所になりつつあるようだ。当の参謀も、今まで以上に隊士達との交流が深まっているのを実感しているのか、隊内での発言の機会が格段に増えている。誰が見てもその影響力が強くなっているのを感じられた。

 鉄の規律崩壊を予感させるこの風潮に、副長も頭を悩ませているようではあったが、「今は未だ利用価値がある」と、眉間にしわを寄せながらも、傍観を決め込む姿勢を取り続けている。副長が心穏やかに過ごせる日は、当分訪れそうに無かった。



 慶応元年(1865年)十月も終わる頃。
 私は局長室に呼ばれていた。そこにいたのは局長、副長、伊東参謀。そして武田観柳斎、尾形俊太郎、吉村貫一郎、芦屋登、新井忠雄、服部武雄という顔ぶれだ。
 やけに監察の人数が多く、物々しい雰囲気だった為に、私も思わず緊張してしまう。

「諸君らに集まってもらったのは他でもない」

 局長の表情はとても硬く、これからの話が重い物だという事を予感させた。

「この度幕命により、長州訊問使である大目付の永井主水正尚様に随行して広島へ参る事となった。そこで、諸君らにも同行してもらいたいのだ」

 その際局長は名を近藤内蔵助とし、役職は給人に。武田観柳斉は近習、伊東参謀は中小姓、尾形俊太郎は徒士の扱いとなる。残りの我々は、現地に到着と同時に長州探索を命じられた。

 副長は局長代理として京に残るらしい。今回の仕事には並々ならぬ覚悟があるようで、局長は遺言とも思しき手紙をあちこちに出したと聞く。私も気を引き締めて当たらねば、と覚悟を決めた。

 出発は十一月四日。万が一の為に、と私は今までの日記を病室に置いて行く事にした。沖田さんの治療日記も同様に。もし私がいなくなっても、何かの役に立ってくれれば……そう願って。

 出発前夜。私は副長から呼び出され、隠れ家に足を運んでいた。
 今回の任務は、終わりが見えない。屯所の長期不在を覚悟する必要があるだけでなく、長州探索という事で、生命を落とす可能性も高いのだ。新選組に所属している以上死ぬ覚悟はいつだって持ってはいたが、やはり遠く離れた地で、となると不安は消せなかった。

「すまねぇな。迷ったんだが仕事の特性上、お前が適任だと満場一致で決まっちまった」
「ま、普段の行いですやろ。うちの優秀さは皆の知るとこやさかい」

 鼻高々にして見せたが、歳三さんの表情は暗い。厳しい任務に私を向かわせたくなかった、という気持ちがありありと伝わってきた。

「……あんなぁ、歳三はん。うちは隊士として新選組におんねやし、探索は得意分野なんよ?  寧ろ自分都合で自由に動けてやりやすいし、ありがたい仕事や」

 ニコニコと、まるで物見遊山にでも行くように言うと、苦笑いをされた。

「楽しそうだな、お前は」
「ほな、悲壮感漂わせて言いまひょか? あかん……もううちはお終いや……って。あ、やっぱり番町皿屋敷風に髪崩して咥えた方がええ?」
「……いや、いい」

 ため息を吐きながら頭を抱える歳三さんだったが、口の端は少し上がっている。
 よっしゃ! ウケた! と小さく拳を握ると、軽く額を叩かれてしまった。

「ったぁ! 何してくれはるん!? これがか弱い女子にする仕打ちかいな!」
「誰がか弱いだ。最近は言葉の使い方が変わったのか? 図太ぇ女のくせによ」
「ひどっ……!」

 わざとらしくさめざめと泣き真似をして見せれば、再び伸びてくる歳三さんの手。すかさずそれを避け、舌を出してからかうと、

「っのやろ……っ!」

とムキになった歳三さんが、私の腕を掴んだ。
 勢いで頭がぶつかりそうな程に近付けば、眉間に皺を寄せて私を見つめてくる。それはまるで捨てられた仔犬のようで。この顔を暫く見られないのかと思うと、寂しさが募った。

「……うちがおらん間、その顔を他の女に見せんといてや。ちゃんと鬼でおってくれな泣きますえ」

 口を尖らせ、軽く睨みつける。重なる唇が伝えてくるのは、了承したという証。

「任務を全うしたら真っ先に会いに戻るし。それまで沖田はんはお願いします」
「分かった。任せておけ」
「……ん……」

 この夜はこれ以上多くを語らなかった。
 互いの温もりから想いの全てを感じ取り、祈る。

――また、こいつを腕の中に。

――また、この人の腕の中へ。

 その祈りが天に届くようにと強く、深く、と。

 そうして余すところなく重ねた肌にお互いの存在を刻み込んだ私たちは、日の出と共にそれぞれのいるべき場所へと戻るのだった。
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良かった👍