時の泡沫
「気を使って下さってますよね。私が貴方の立場でしたら、きっと気味悪がっていると思います。友人として以前から彼を見ていた私ですら、正直引いてしまう程に貴方に懸想していますから」
「懸想って……!? いやいやいや、ちょっと待って下さいよ!?」
慌てて身を引きながら両手を振ると、篠原さんが再び苦笑する。
「貴方が驚くのも無理はありません。私だって驚いてますよ。彼は男色では無いのですから」
「篠原さんの勘違いじゃないんですか? 私だってそっちの気はありませんよ!」
いつも感じていた、伊東さんからの舐めるような視線。それが意味する本当の理由が分かり、体が凍り付いてしまった。でも男色では無い彼が私に懸想するというのは腑に落ちない。
動転しながらも、その引っ掛かりには気付く事ができた。
「男色ではないというのなら、私の監察としての能力を買って下さっているという事では? とにかく篠原さんの勘違いですよ。あぁ、もしかしたら私が女顔なので、何かを勘違いしたのかもしれませんね」
勘違いでも遠慮したいその想い。このまま更に色々と暴走されても困る。何とか話題を変えて、今後は伊東さんだけでなく篠原さんからも距離をとらねば……と考えていたのだが、ここでまさかの発言が飛び出した。
「山崎さんは、女子なのですか?」
「っ!?」
言われて『しまった!』と思う。
動揺が全身に出てしまい、隠しきれない。それでも必死に誤魔化そうと、私は足掻いた。
「何を一体……? 懸想の次は、私が女子? 馬鹿にするのも大概にして下さい。確かに私は女顔です。それは認めますよ。でもこうして新撰組に属している私を女扱いするなんて、ふざけるにも程がある。非常に不愉快だ!!」
そう言って私は立ち上がると、
「お話は以上ですね? 私はもう失礼します!」
と言い捨て、立ち去ろうとした。だがそこに間髪入れず投げかけられる、心臓を鷲掴みにされるような驚きの言葉。
「では何故、貴方には喉仏が無いのですか?」
背を向けていて良かったと思う。隠しようのない驚きと恐怖で、唇が震えていたから。
男女の体つきの違いは熟知していたが、着物の着こなしや詰め物、サラシ等を使ってそれなりに誤魔化しては来られた。私以外にも女子のように線の細い隊士は複数いた為、華奢な体でも何とかなってはいたのだ。でも、まさか喉仏に目を付けられるとは思ってもみなかった。
「線が細いほど、喉仏は目立ちます。だが貴方にはそれが見受けられない。これは伊東が気付いた事です」
冷や汗が吹き出す。冷静になろうとしているのだが、頭が回らない。
私が固まっていると、篠原さんがゆっくりと近付いてくるのが分かった。このままではまずい。どうすれば……何とか回避する方法を……!
そう思った矢先。
鋭い殺気を感じ、咄嗟に体が反応した。
キィン! と音を立てたのは、私の苦無。そして……
「沖田さん!」
もう一つは、沖田さんの刀だった。
「あ~あ、今回は上手くいくかと思ったのになぁ」
顔はにこにこしているのに、持っている物は物騒だ。改めて刀を構えた沖田さんに、私は言った。
「何があ~あ、ですか! 危ないじゃないですか!」
「だって、油断してる山崎さんなんて滅多に見られないんですもん。これを逃しちゃいけないと思って」
「命がけの遊びはやめて下さい!」
心底残念そうに刀を納める沖田さんに、頭が痛くなる。その時意味ありげに私の目を見た沖田さんは、篠原さんに見えない角度で声を出さず、口だけを動かして言った。
――モウダイジョウブデスヨ
そして篠原さんの方へと歩いて行った沖田さんは、「じゃぁせっかくだし篠原さんが相手をしてくれませんか?」とにっこり笑って言った。
「久しぶりに壬生寺に来たら、体を動かしたくなっちゃいまして。ちょっと汗を流しましょうよ」
「ね?」と覗き込むように篠原さんを見る沖田さん。だが篠原さんはと言うと、少々引き攣った顔をしている。
まぁその気持ちは分からなくもない。稽古の時は必ず怪我人が出ると言われている沖田さんが相手では、誰だって腰が引けてしまう。
「ちゃんと手加減しますから、ね」
「いえ、私如きの実力では赤子の手を捻るような物でしょう。未熟者ゆえ、ご遠慮いたします」
「そんな事無いと思うんだけどなぁ……」
と口を尖らせながらも、意外とあっさり引く沖田さん。その姿にほっとしたのか篠原さんは「では、私はお先に失礼します」と言って、そそくさと退散しようとする。
だがそれを沖田さんが引き止めた。
「あぁ、篠原さん」
「はい?」
「今後は山崎さんに『女』と言っちゃだめですよ。下手したら殺されちゃいますから」
「それは一体?」
篠原さんが訝しげに沖田さんを見る。私も沖田さんの意図が分からず、小さく首を傾げた。
「やだなぁ、覚えてないんですか? 入隊試験の時に啖呵を切ったじゃないですか。『私は女顔ですが、女扱いする輩は例え局長であっても斬ってしまうかもしれません!』って。確かに見た目は華奢ですが、この人は男の中の男ですよ」
それはまさかの助け舟。もちろん私は過去にそんな啖呵など切ったことは無い。多分咄嗟に思いついた嘘なのだろう。
「では、山崎さんに喉仏が無いのはどう説明されます?」
しかし、篠原さんも簡単には引いてくれない。最も気になっていたのであろう部分を突いてきた。
が、沖田さんはあっさりとしたもので。
「ああ、簡単な事ですよ。昔かかった病のせいで、喉仏が小さいままになってしまったようですね。ほら、山崎さんって声変わりしてないじゃないですか。声変わりの時期に何らかの病にかかると、こういう事が起きる人間もいるって医者が言っていました」
「そんな話、聞いたことがありませんが……」
「私も知ったのは最近です。山崎さんについて調べていた時に偶然教えてもらったんですよ」
――上手い
素直にそう思った。
篠原さんと同じように、私を女と疑って調べていたという事実があれば、納得させる材料として強くなる。
「そう……ですか……」
認めたくないが、認めざるを得ない。篠原さんから、そんな心の葛藤が見て取れた。
「そういうわけで、もう『女』なんて言っちゃダメですよ。この人が本気で怒ったら、私以上に怖いですからね。局長に向かって『斬る!』なんて私は絶対言えませんもん」
いや、誰もそないな事は言うてへんし! と心の中で突っ込みながらも、私は沖田さんに感謝をしていた。
その後納得のいかない表情のまま、篠原さんは一人屯所へと戻って行ったようだ。私はと言うと、沖田さんに連れられて河原町方面へと歩を進めている。理由はもちろん……。
「危ないところを助けたんですし、お礼くらいありますよね?」
満面の笑みで言われて、反論など出来るはずもなく。
そのまま目指すは甘味処。まぁこの位で済むなら安いものか、と自分を納得させながら、私は沖田さんの後をついて行った。
「懸想って……!? いやいやいや、ちょっと待って下さいよ!?」
慌てて身を引きながら両手を振ると、篠原さんが再び苦笑する。
「貴方が驚くのも無理はありません。私だって驚いてますよ。彼は男色では無いのですから」
「篠原さんの勘違いじゃないんですか? 私だってそっちの気はありませんよ!」
いつも感じていた、伊東さんからの舐めるような視線。それが意味する本当の理由が分かり、体が凍り付いてしまった。でも男色では無い彼が私に懸想するというのは腑に落ちない。
動転しながらも、その引っ掛かりには気付く事ができた。
「男色ではないというのなら、私の監察としての能力を買って下さっているという事では? とにかく篠原さんの勘違いですよ。あぁ、もしかしたら私が女顔なので、何かを勘違いしたのかもしれませんね」
勘違いでも遠慮したいその想い。このまま更に色々と暴走されても困る。何とか話題を変えて、今後は伊東さんだけでなく篠原さんからも距離をとらねば……と考えていたのだが、ここでまさかの発言が飛び出した。
「山崎さんは、女子なのですか?」
「っ!?」
言われて『しまった!』と思う。
動揺が全身に出てしまい、隠しきれない。それでも必死に誤魔化そうと、私は足掻いた。
「何を一体……? 懸想の次は、私が女子? 馬鹿にするのも大概にして下さい。確かに私は女顔です。それは認めますよ。でもこうして新撰組に属している私を女扱いするなんて、ふざけるにも程がある。非常に不愉快だ!!」
そう言って私は立ち上がると、
「お話は以上ですね? 私はもう失礼します!」
と言い捨て、立ち去ろうとした。だがそこに間髪入れず投げかけられる、心臓を鷲掴みにされるような驚きの言葉。
「では何故、貴方には喉仏が無いのですか?」
背を向けていて良かったと思う。隠しようのない驚きと恐怖で、唇が震えていたから。
男女の体つきの違いは熟知していたが、着物の着こなしや詰め物、サラシ等を使ってそれなりに誤魔化しては来られた。私以外にも女子のように線の細い隊士は複数いた為、華奢な体でも何とかなってはいたのだ。でも、まさか喉仏に目を付けられるとは思ってもみなかった。
「線が細いほど、喉仏は目立ちます。だが貴方にはそれが見受けられない。これは伊東が気付いた事です」
冷や汗が吹き出す。冷静になろうとしているのだが、頭が回らない。
私が固まっていると、篠原さんがゆっくりと近付いてくるのが分かった。このままではまずい。どうすれば……何とか回避する方法を……!
そう思った矢先。
鋭い殺気を感じ、咄嗟に体が反応した。
キィン! と音を立てたのは、私の苦無。そして……
「沖田さん!」
もう一つは、沖田さんの刀だった。
「あ~あ、今回は上手くいくかと思ったのになぁ」
顔はにこにこしているのに、持っている物は物騒だ。改めて刀を構えた沖田さんに、私は言った。
「何があ~あ、ですか! 危ないじゃないですか!」
「だって、油断してる山崎さんなんて滅多に見られないんですもん。これを逃しちゃいけないと思って」
「命がけの遊びはやめて下さい!」
心底残念そうに刀を納める沖田さんに、頭が痛くなる。その時意味ありげに私の目を見た沖田さんは、篠原さんに見えない角度で声を出さず、口だけを動かして言った。
――モウダイジョウブデスヨ
そして篠原さんの方へと歩いて行った沖田さんは、「じゃぁせっかくだし篠原さんが相手をしてくれませんか?」とにっこり笑って言った。
「久しぶりに壬生寺に来たら、体を動かしたくなっちゃいまして。ちょっと汗を流しましょうよ」
「ね?」と覗き込むように篠原さんを見る沖田さん。だが篠原さんはと言うと、少々引き攣った顔をしている。
まぁその気持ちは分からなくもない。稽古の時は必ず怪我人が出ると言われている沖田さんが相手では、誰だって腰が引けてしまう。
「ちゃんと手加減しますから、ね」
「いえ、私如きの実力では赤子の手を捻るような物でしょう。未熟者ゆえ、ご遠慮いたします」
「そんな事無いと思うんだけどなぁ……」
と口を尖らせながらも、意外とあっさり引く沖田さん。その姿にほっとしたのか篠原さんは「では、私はお先に失礼します」と言って、そそくさと退散しようとする。
だがそれを沖田さんが引き止めた。
「あぁ、篠原さん」
「はい?」
「今後は山崎さんに『女』と言っちゃだめですよ。下手したら殺されちゃいますから」
「それは一体?」
篠原さんが訝しげに沖田さんを見る。私も沖田さんの意図が分からず、小さく首を傾げた。
「やだなぁ、覚えてないんですか? 入隊試験の時に啖呵を切ったじゃないですか。『私は女顔ですが、女扱いする輩は例え局長であっても斬ってしまうかもしれません!』って。確かに見た目は華奢ですが、この人は男の中の男ですよ」
それはまさかの助け舟。もちろん私は過去にそんな啖呵など切ったことは無い。多分咄嗟に思いついた嘘なのだろう。
「では、山崎さんに喉仏が無いのはどう説明されます?」
しかし、篠原さんも簡単には引いてくれない。最も気になっていたのであろう部分を突いてきた。
が、沖田さんはあっさりとしたもので。
「ああ、簡単な事ですよ。昔かかった病のせいで、喉仏が小さいままになってしまったようですね。ほら、山崎さんって声変わりしてないじゃないですか。声変わりの時期に何らかの病にかかると、こういう事が起きる人間もいるって医者が言っていました」
「そんな話、聞いたことがありませんが……」
「私も知ったのは最近です。山崎さんについて調べていた時に偶然教えてもらったんですよ」
――上手い
素直にそう思った。
篠原さんと同じように、私を女と疑って調べていたという事実があれば、納得させる材料として強くなる。
「そう……ですか……」
認めたくないが、認めざるを得ない。篠原さんから、そんな心の葛藤が見て取れた。
「そういうわけで、もう『女』なんて言っちゃダメですよ。この人が本気で怒ったら、私以上に怖いですからね。局長に向かって『斬る!』なんて私は絶対言えませんもん」
いや、誰もそないな事は言うてへんし! と心の中で突っ込みながらも、私は沖田さんに感謝をしていた。
その後納得のいかない表情のまま、篠原さんは一人屯所へと戻って行ったようだ。私はと言うと、沖田さんに連れられて河原町方面へと歩を進めている。理由はもちろん……。
「危ないところを助けたんですし、お礼くらいありますよね?」
満面の笑みで言われて、反論など出来るはずもなく。
そのまま目指すは甘味処。まぁこの位で済むなら安いものか、と自分を納得させながら、私は沖田さんの後をついて行った。
