時の泡沫
「しかし驚いたぜ。あんな短時間で心を開かせるなんてな。琴尾、お前……一体何したんだ?」
総長から頂いた休日二日目の夜。私は例の隠れ家に来ていた。膝の上には、歳三さんの頭が乗っている。
先日恋仲になって以来、二人きりの時は名前で呼ぶよう言われていた。最初の内こそ照れてはいたが、今では熟年夫婦の如きで。慣れとは恐ろしいものだ。
「何したんやと言われても……説教と鍼治療?」
「はぁ?」
話題はもちろん総長の事。昨日あれから総長は副長室に足を運んだのだが、歳三さんが私を小姓として送り込んでから一刻ほどしか経っていなかったため、流石に何事かと慌てたらしい。
更に手には傷がある。まさか私と殴り合い!? とまで考えたとか。
よくよく話を聞いてみれば、以前の笑顔で語る総長に脱力したそうだ。
「説教と鍼治療って何だよ。山南さんは励まされたとか言ってたけどよ」
「まぁ総長がそう言わはるんならそうなんやろ。決して治ったわけや無いけど、とりあえず外には出られるようになったし。後は本人と歳三はんら幹部の頑張り次第や」
「何だそりゃ?」
眉間にしわを寄せ、納得がいかない表情だ。私はそのしわをグリグリと指でほぐしてやる。
「分からへんの? 総長が閉じ籠るようになったきっかけは気鬱や。気鬱の原因になった悩みはちょっと前の歳三はんと一緒でな。『勝ちゃんが俺を見てくれない』ってやつや」
「てっめ……っ! それを言うか!」
突如襟元を掴まれ、グイと引っ張られる。息がかかるほどの距離に近付いた顔は、羞恥に赤く染まっていた。
「分かりやすかったやろ? 小難しい言葉を並べるより、よっぽど伝わるわ」
余裕の笑顔を浮かべ、眉間のしわに口付ける。
チッ、と舌打ちしながらも、小さく口の端が上がるのは見逃さない。
「誰かて他人に必要とされたい。それが昔からの仲間やったら尚更や。歳三はんが局長の信頼を求めたように、総長も二人の信頼を求めてはるんよ」
「信頼はしてるさ。でも山南さんはいつも俺の意見を否定してくるから……」
「だから総長の役職を与えて、参謀的な役割から遠のかせたん?」
芹沢さん達がいなくなり、隊の編成を新たにした頃。
隊士の間でまことしやかに囁かれていたのは、総長とは名ばかりの役職で、歳三さんが自由に隊を動かす為の策略だという話だった。
「強引に事を進めるのも大概にせな、味方も敵になりますえ。どうせ歳三はんの事やし『汚れ役は全部自分が引き受ける』とか言うて、総長には綺麗なええとこ回そとしたんやろけど、逆効果やしな。そもそも歳三はんのやり方は伝わりにくいねん」
蓋を開ければ単純なすれ違い。それをわざわざ小難しく考えて衝突する男達は、単純な癖に面倒だと思う。
「何にしても、うちの任務は果たしたで。最速やし、ご褒美は無いんやろか?」
くすくすと笑いながら頬を突っつくと、歳三さんは鬱陶しそうに「あーもう!」と私の手を掴んで起き上がった。
「ったく、お前にはかなわねぇよ」
目を細めて私を見る。悔しそうに。――愛おしそうに。
「褒美ならやるさ。俺の体でな」
「ちょっ……っ! そうやなくて……んっ」
強引な口付けが何を意味するのか。私の体は覚えてしまっているから。
「……んの……ど助平!」
「据え膳食わぬは男の恥ってな」
「~~っ!」
塞がれた唇は、反論することを忘れ……図らずも例の如く、私たちは一睡もせず朝を迎えることとなってしまった。
「……この人とおると絶対身ぃもたんわ」
「そうか? 俺はスッキリするけどな」
「最悪や!」
乱れた髪を整えながら、甘さの欠片もない会話を繰り広げる私達。
こんな関係も悪くないと思ってしまっているのだから、私も相当なものだ。
「なぁ歳三はん」
「ん?」
まだ布団でゴロゴロとしている歳三さんが、優しい笑顔で私を見る。ついよろめきそうになってしまったが、気を引き取り直して言った。
「総長が大事やったら、目を向けといてな。少しでも背けたら…後戻りは出来んところにおる気がするんや。うちも小姓として暫くは側におるけど、最後にあの人の歩む先を決めるんは歳三はん達やと肝に銘じとってな」
「分かった」
「あと、伊東組長の事やけど……」
「伊東さん?」
名前が出ただけで表情が変わる。
「以前接触した時の報告はしましたやろ? あれからどうもうちが見張られてるようでな。常に近くで気配を感じるんえ。ここに来るんも、実はかなり骨を折ったんや。うち自身も気ぃ付けるけど、歳三はんも念のため意識しといたってな」
総長に聞かれて答えられなかった問題がこれである。しょっ中尾行されている為気を抜けず、かなり疲労が溜まっていた。
何度か尾行し返して、その全てが伊東派の人間なのは分かったのだが、何分ここまで執念深く付きまとわれる覚えが無い。
「お前……他人より自分の方が追い詰められてんじゃねぇか! そういう事はもっと早く言えっての! 俺が信用出来ねぇのか?」
「信用? してますえ。局長も総長も」
意地の悪い笑みで返せば、拗ねたように口を尖らせる歳三さん。
「さて、少々早いけど朝食の準備をしますえ。食べたらさっさと屯所に戻りや。あ、うちは今日まで休みやし。睡眠不足を解消せなな」
「……逞しいな、お前」
ため息を吐きつつも、歳三さんの表情は穏やかで。
私達は目を見合わせ、微笑み合うのだった。
――これで少しは幹部のいざこざも減れば良いんだけどなぁ。
しかしそんな私のささやかな願いも虚しく、事態は悪化の一途を辿り始める――。
総長から頂いた休日二日目の夜。私は例の隠れ家に来ていた。膝の上には、歳三さんの頭が乗っている。
先日恋仲になって以来、二人きりの時は名前で呼ぶよう言われていた。最初の内こそ照れてはいたが、今では熟年夫婦の如きで。慣れとは恐ろしいものだ。
「何したんやと言われても……説教と鍼治療?」
「はぁ?」
話題はもちろん総長の事。昨日あれから総長は副長室に足を運んだのだが、歳三さんが私を小姓として送り込んでから一刻ほどしか経っていなかったため、流石に何事かと慌てたらしい。
更に手には傷がある。まさか私と殴り合い!? とまで考えたとか。
よくよく話を聞いてみれば、以前の笑顔で語る総長に脱力したそうだ。
「説教と鍼治療って何だよ。山南さんは励まされたとか言ってたけどよ」
「まぁ総長がそう言わはるんならそうなんやろ。決して治ったわけや無いけど、とりあえず外には出られるようになったし。後は本人と歳三はんら幹部の頑張り次第や」
「何だそりゃ?」
眉間にしわを寄せ、納得がいかない表情だ。私はそのしわをグリグリと指でほぐしてやる。
「分からへんの? 総長が閉じ籠るようになったきっかけは気鬱や。気鬱の原因になった悩みはちょっと前の歳三はんと一緒でな。『勝ちゃんが俺を見てくれない』ってやつや」
「てっめ……っ! それを言うか!」
突如襟元を掴まれ、グイと引っ張られる。息がかかるほどの距離に近付いた顔は、羞恥に赤く染まっていた。
「分かりやすかったやろ? 小難しい言葉を並べるより、よっぽど伝わるわ」
余裕の笑顔を浮かべ、眉間のしわに口付ける。
チッ、と舌打ちしながらも、小さく口の端が上がるのは見逃さない。
「誰かて他人に必要とされたい。それが昔からの仲間やったら尚更や。歳三はんが局長の信頼を求めたように、総長も二人の信頼を求めてはるんよ」
「信頼はしてるさ。でも山南さんはいつも俺の意見を否定してくるから……」
「だから総長の役職を与えて、参謀的な役割から遠のかせたん?」
芹沢さん達がいなくなり、隊の編成を新たにした頃。
隊士の間でまことしやかに囁かれていたのは、総長とは名ばかりの役職で、歳三さんが自由に隊を動かす為の策略だという話だった。
「強引に事を進めるのも大概にせな、味方も敵になりますえ。どうせ歳三はんの事やし『汚れ役は全部自分が引き受ける』とか言うて、総長には綺麗なええとこ回そとしたんやろけど、逆効果やしな。そもそも歳三はんのやり方は伝わりにくいねん」
蓋を開ければ単純なすれ違い。それをわざわざ小難しく考えて衝突する男達は、単純な癖に面倒だと思う。
「何にしても、うちの任務は果たしたで。最速やし、ご褒美は無いんやろか?」
くすくすと笑いながら頬を突っつくと、歳三さんは鬱陶しそうに「あーもう!」と私の手を掴んで起き上がった。
「ったく、お前にはかなわねぇよ」
目を細めて私を見る。悔しそうに。――愛おしそうに。
「褒美ならやるさ。俺の体でな」
「ちょっ……っ! そうやなくて……んっ」
強引な口付けが何を意味するのか。私の体は覚えてしまっているから。
「……んの……ど助平!」
「据え膳食わぬは男の恥ってな」
「~~っ!」
塞がれた唇は、反論することを忘れ……図らずも例の如く、私たちは一睡もせず朝を迎えることとなってしまった。
「……この人とおると絶対身ぃもたんわ」
「そうか? 俺はスッキリするけどな」
「最悪や!」
乱れた髪を整えながら、甘さの欠片もない会話を繰り広げる私達。
こんな関係も悪くないと思ってしまっているのだから、私も相当なものだ。
「なぁ歳三はん」
「ん?」
まだ布団でゴロゴロとしている歳三さんが、優しい笑顔で私を見る。ついよろめきそうになってしまったが、気を引き取り直して言った。
「総長が大事やったら、目を向けといてな。少しでも背けたら…後戻りは出来んところにおる気がするんや。うちも小姓として暫くは側におるけど、最後にあの人の歩む先を決めるんは歳三はん達やと肝に銘じとってな」
「分かった」
「あと、伊東組長の事やけど……」
「伊東さん?」
名前が出ただけで表情が変わる。
「以前接触した時の報告はしましたやろ? あれからどうもうちが見張られてるようでな。常に近くで気配を感じるんえ。ここに来るんも、実はかなり骨を折ったんや。うち自身も気ぃ付けるけど、歳三はんも念のため意識しといたってな」
総長に聞かれて答えられなかった問題がこれである。しょっ中尾行されている為気を抜けず、かなり疲労が溜まっていた。
何度か尾行し返して、その全てが伊東派の人間なのは分かったのだが、何分ここまで執念深く付きまとわれる覚えが無い。
「お前……他人より自分の方が追い詰められてんじゃねぇか! そういう事はもっと早く言えっての! 俺が信用出来ねぇのか?」
「信用? してますえ。局長も総長も」
意地の悪い笑みで返せば、拗ねたように口を尖らせる歳三さん。
「さて、少々早いけど朝食の準備をしますえ。食べたらさっさと屯所に戻りや。あ、うちは今日まで休みやし。睡眠不足を解消せなな」
「……逞しいな、お前」
ため息を吐きつつも、歳三さんの表情は穏やかで。
私達は目を見合わせ、微笑み合うのだった。
――これで少しは幹部のいざこざも減れば良いんだけどなぁ。
しかしそんな私のささやかな願いも虚しく、事態は悪化の一途を辿り始める――。
