時の泡沫
「……っ!」
酔っているはずなのに……いや、酔っているからこそ制御ができないのか力が強く、どんなにもがいても逃げ出せない。何度も角度を変えて口付けられ、いよいよ舌を差し込まれると全身が震えた。
「んう……っ!」
どのくらいの時が経ったのだろう。やっと唇が離れた時にはもう、私の体に力は入らなくなっていた。
「はぁ……っ。何があったんかは知らんけど……やる事無茶苦茶や! うちの事何やと思うて……」
いくら上司とは言え、これはないだろうと怒りたかったのに。
私を抱きしめる副長の肩が小さく震えており、泣くのを必死に堪えようとしている事が分かって言葉を失った。いつもはあんなに強気な男のこんな姿を見て、強く出られる女なんているのだろうか。
戸惑いながらも私はそっと、副長の胸に手を当てた。
「副長……ほんま何があったん? うちに話してくれはらへんやろか。副長は以前うちの悩みを聞いてくれはったんやし、今度はうちが聞きますえ」
そのまま優しくポンポンと叩くと、副長の口から小さな溜息が漏れる。
「……呆れるぞ、きっと」
「既に呆れてます。今更ですやん」
「見る目が変わるかも知れねぇぞ」
「それはそれでええんと違います? 変化がある方がおもろいしな」
そう言うと私は、今度は副長の胸に額を押し付けた。
「こうしてるから、顔は見えまへん。途中で泣いても分からんよ」
擦り付けるように頭を左右に動かすと、「バァカ」と呟いて小さく笑う副長。
そうした事で張りつめていた気持ちが緩んだのか、天井を仰ぎ見ながらゆっくりと語り出した。
「伊東さんは確かに知識が豊富で弁も立つ。味方でいてくれりゃ心強いさ。だがお前の報告通り、俺達とは相入れねぇ。穏やかな話しぶりに隠れちゃいるが、あいつは俺達一人一人を値踏みしてやがる。自分に賛同する隊士を少しずつ増やし引き入れ、最後は新選組を乗っ取る気だろうよ」
話を聞いた私は、小さく頷く。どうやら昼間の永倉さん達の話を報告をせずとも、既に同じ事を考えていたようだ。我々よりもずっと近くで伊東さんを見ている副長は、誰よりもその危険を肌で感じているのだろう。
「もちろんこちらも良いようにされる気はねぇと思ってるんだがな……肝心の近藤さんがいけねぇ。俺が何を言っても、伊東さんの言葉を信じて疑わねぇだけでなく、日に日に俺の話を聞かなくなって……伊東さんにばかり頼って……」
グッと言葉を詰まらせる。私は聞いている事の合図として、小さく頷く事しかできない。
「ほんと呆気ないもんだよな……今まで積み上げてきた信頼関係ってのは、こんな簡単に崩れちまいやがる」
私を抱きしめる腕に力が入る。
「勝ちゃんと武士になるために……勝ちゃんを大将にするために俺は鬼になったのにな……結局はただの独りよがりだったのか……っ」
近藤さんを勝ちゃんと昔のあだ名で呼んでしまうほどに、心が弱っているのだろう。嗚咽を堪え、肩を震わせる泣き方がこんなにも悲しいものだという事を、私は今まで知らなかった。
「なぁ……勝ちゃんは伊東さんのとこに行っちまうのかな……俺から離れちまうのかな……」
「それはないやろ」
事も無げに私が言うと、震えがピタリと止まった。
「なん……」
「何でもへったくれもありまへんわ。局長と副長は夫婦みたいなものですやん。離れとうても離れられんのと違う? 今は目新しいもんがあるから気移りしてはるかもしれんけど、すぐに見えてくるやろ」
私はそっと副長から体を離し、仰向けの副長の横に座る形で、涙に濡れた瞳を見つめて言った。
「上辺だけやない。こない全身全霊で自分を信じてくれる人の存在に。な。だから大丈夫や」
指でそっと副長の涙を掬う。
「うちが大丈夫言うたら大丈夫やしな。自分が推挙した監察の言う事、信用できひんの?」
ニヤリと笑いながら言う私につられたように、副長にも笑みが浮かんだ。
「信用するには清水の舞台から飛び降りなきゃなんねぇな」
「んなっ……! 失礼なやっちゃなぁ!」
怒って口を尖らせると、突如勢いよく体を起こした副長が、間髪入れずに唇を重ねてくる。
「ちょっ、副長!」
「お前、ほんと良い女だよ」
「はい?」
「俺の目に狂いは無かったな。やっぱりお前は俺の物にしてぇ」
そのまま再び副長の腕の中に囚われてしまった。
「副長! 酔い過ぎて言動がおかしなってますえ?」
「酔っていようがいまいが、これが俺の本心だ。琴尾!」
「はいっ!」
「今からお前は俺の女だ。拒否する権限はねぇからな」
「なっ……! 横暴過ぎや!」
「これから俺に惚れさせてやるさ。俺無しではいられなくしてやる。俺がお前を欲するように、お前も俺を欲するようにしてみせる」
「……っ!」
反論を許さない強引な口付けが、私の思考すらも縛り付けてしまう。
「お前がいれば、俺は前に進める」
――強く。
「お前と一緒なら、迷わない」
――甘く。
「お前の為なら、強くなれる」
――激しく。
「お前の全てを受け入れてやる」
――優しい。
『全て』
この言葉が、私の心を揺さぶる。
「ほんまにうちでええのん……?」
少し前に副長と沖田さんが告白をしてくれた時には、受け入れる事の出来なかった私への想い。それなのに今目の前にいる副長が紡ぐ言葉は、全てが強引でありながらも私の心に沁み込んでくる。
初めはただの上司と部下の関係だったはずなのに、日々の暮らしの中で見せるふとした素顔に触れている内、いつしか私は彼を一人の男として見ていた。ただしそれを認めてしまえば、丞さんを忘れなければならない事に繋がる気がして……丞さんへの裏切り行為になる気がして、必死に理由を付けながら逃げていたのだ。
でも――。
「お前じゃなきゃダメなんだ。今までもこの先も。強さも弱さも、お前の全てを受け入れてみせる」
私の全て。その言葉が真実なら……。
ずっと欲しかった言葉を紡いだ唇に抗えるはずも無く、私の心は溶かされていき――。
「俺に全てを預けろ、琴尾」
副長の言葉に、目を閉じて応える。
そのまま私は副長の腕の中、『二人で』朝を迎えたのだった。
酔っているはずなのに……いや、酔っているからこそ制御ができないのか力が強く、どんなにもがいても逃げ出せない。何度も角度を変えて口付けられ、いよいよ舌を差し込まれると全身が震えた。
「んう……っ!」
どのくらいの時が経ったのだろう。やっと唇が離れた時にはもう、私の体に力は入らなくなっていた。
「はぁ……っ。何があったんかは知らんけど……やる事無茶苦茶や! うちの事何やと思うて……」
いくら上司とは言え、これはないだろうと怒りたかったのに。
私を抱きしめる副長の肩が小さく震えており、泣くのを必死に堪えようとしている事が分かって言葉を失った。いつもはあんなに強気な男のこんな姿を見て、強く出られる女なんているのだろうか。
戸惑いながらも私はそっと、副長の胸に手を当てた。
「副長……ほんま何があったん? うちに話してくれはらへんやろか。副長は以前うちの悩みを聞いてくれはったんやし、今度はうちが聞きますえ」
そのまま優しくポンポンと叩くと、副長の口から小さな溜息が漏れる。
「……呆れるぞ、きっと」
「既に呆れてます。今更ですやん」
「見る目が変わるかも知れねぇぞ」
「それはそれでええんと違います? 変化がある方がおもろいしな」
そう言うと私は、今度は副長の胸に額を押し付けた。
「こうしてるから、顔は見えまへん。途中で泣いても分からんよ」
擦り付けるように頭を左右に動かすと、「バァカ」と呟いて小さく笑う副長。
そうした事で張りつめていた気持ちが緩んだのか、天井を仰ぎ見ながらゆっくりと語り出した。
「伊東さんは確かに知識が豊富で弁も立つ。味方でいてくれりゃ心強いさ。だがお前の報告通り、俺達とは相入れねぇ。穏やかな話しぶりに隠れちゃいるが、あいつは俺達一人一人を値踏みしてやがる。自分に賛同する隊士を少しずつ増やし引き入れ、最後は新選組を乗っ取る気だろうよ」
話を聞いた私は、小さく頷く。どうやら昼間の永倉さん達の話を報告をせずとも、既に同じ事を考えていたようだ。我々よりもずっと近くで伊東さんを見ている副長は、誰よりもその危険を肌で感じているのだろう。
「もちろんこちらも良いようにされる気はねぇと思ってるんだがな……肝心の近藤さんがいけねぇ。俺が何を言っても、伊東さんの言葉を信じて疑わねぇだけでなく、日に日に俺の話を聞かなくなって……伊東さんにばかり頼って……」
グッと言葉を詰まらせる。私は聞いている事の合図として、小さく頷く事しかできない。
「ほんと呆気ないもんだよな……今まで積み上げてきた信頼関係ってのは、こんな簡単に崩れちまいやがる」
私を抱きしめる腕に力が入る。
「勝ちゃんと武士になるために……勝ちゃんを大将にするために俺は鬼になったのにな……結局はただの独りよがりだったのか……っ」
近藤さんを勝ちゃんと昔のあだ名で呼んでしまうほどに、心が弱っているのだろう。嗚咽を堪え、肩を震わせる泣き方がこんなにも悲しいものだという事を、私は今まで知らなかった。
「なぁ……勝ちゃんは伊東さんのとこに行っちまうのかな……俺から離れちまうのかな……」
「それはないやろ」
事も無げに私が言うと、震えがピタリと止まった。
「なん……」
「何でもへったくれもありまへんわ。局長と副長は夫婦みたいなものですやん。離れとうても離れられんのと違う? 今は目新しいもんがあるから気移りしてはるかもしれんけど、すぐに見えてくるやろ」
私はそっと副長から体を離し、仰向けの副長の横に座る形で、涙に濡れた瞳を見つめて言った。
「上辺だけやない。こない全身全霊で自分を信じてくれる人の存在に。な。だから大丈夫や」
指でそっと副長の涙を掬う。
「うちが大丈夫言うたら大丈夫やしな。自分が推挙した監察の言う事、信用できひんの?」
ニヤリと笑いながら言う私につられたように、副長にも笑みが浮かんだ。
「信用するには清水の舞台から飛び降りなきゃなんねぇな」
「んなっ……! 失礼なやっちゃなぁ!」
怒って口を尖らせると、突如勢いよく体を起こした副長が、間髪入れずに唇を重ねてくる。
「ちょっ、副長!」
「お前、ほんと良い女だよ」
「はい?」
「俺の目に狂いは無かったな。やっぱりお前は俺の物にしてぇ」
そのまま再び副長の腕の中に囚われてしまった。
「副長! 酔い過ぎて言動がおかしなってますえ?」
「酔っていようがいまいが、これが俺の本心だ。琴尾!」
「はいっ!」
「今からお前は俺の女だ。拒否する権限はねぇからな」
「なっ……! 横暴過ぎや!」
「これから俺に惚れさせてやるさ。俺無しではいられなくしてやる。俺がお前を欲するように、お前も俺を欲するようにしてみせる」
「……っ!」
反論を許さない強引な口付けが、私の思考すらも縛り付けてしまう。
「お前がいれば、俺は前に進める」
――強く。
「お前と一緒なら、迷わない」
――甘く。
「お前の為なら、強くなれる」
――激しく。
「お前の全てを受け入れてやる」
――優しい。
『全て』
この言葉が、私の心を揺さぶる。
「ほんまにうちでええのん……?」
少し前に副長と沖田さんが告白をしてくれた時には、受け入れる事の出来なかった私への想い。それなのに今目の前にいる副長が紡ぐ言葉は、全てが強引でありながらも私の心に沁み込んでくる。
初めはただの上司と部下の関係だったはずなのに、日々の暮らしの中で見せるふとした素顔に触れている内、いつしか私は彼を一人の男として見ていた。ただしそれを認めてしまえば、丞さんを忘れなければならない事に繋がる気がして……丞さんへの裏切り行為になる気がして、必死に理由を付けながら逃げていたのだ。
でも――。
「お前じゃなきゃダメなんだ。今までもこの先も。強さも弱さも、お前の全てを受け入れてみせる」
私の全て。その言葉が真実なら……。
ずっと欲しかった言葉を紡いだ唇に抗えるはずも無く、私の心は溶かされていき――。
「俺に全てを預けろ、琴尾」
副長の言葉に、目を閉じて応える。
そのまま私は副長の腕の中、『二人で』朝を迎えたのだった。
