時の泡沫
「貴方が土方さんと話をしていた時、最初はただの興味本位で聞いていましたが、貴方の泣く声に胸が締め付けられて……その時思ったんです。貴方をもう泣かせたくないって」
切なそうに語る沖田さんの表情は、見えない。
「土方さんが貴方を気にしていたのは分かっていましたけど、あそこまで本気だとは思っていなかったので驚きました。いつもどこか冷めている人でしたから……でも土方さんの本気を見て、私も気付いてしまったんですよ」
抱きしめられていた腕が緩む。ただし体が自由になったわけでは無く、頭を支えられている形だ。漸く合わされた視線は、逃れられぬ程に熱いもので……。
「私は貴方を誰にも渡したくは無い! 土方さんにも……他の誰にも!」
抗う間も無く口付けられた。
「……っ」
息をするのも忘れる程に情熱的であるにも関わらず、拙さを感じさせるそれに沖田さんの純粋な心が感じられる。ゆっくりと唇を離し、顔を上気させながら私を見つめる沖田さんに、私はかける言葉を見つけることが出来なかった。
暫しの沈黙の後、耐えられなくなったのか沖田さんが口を開く。
「すみません、こんな場所でこんな事……迷惑でしたよね。屯所に帰りましょうか。今の事は忘れて下さい」
目を逸らして言う沖田さんは、今までになく弱々しく見える。こんな時、私はどうしたら良い? 何を言えば……。
「……忘れまへん」
「山崎さん?」
「沖田はんが本気でうちを好いてくれてるその気持ち、忘れるなんて出来まへん。素直に嬉しかったんえ」
沖田さんの表情がパッと明るくなった。……続く言葉は沖田さんの期待を裏切ると言うのに。
罪の意識を持ちながらも、私は続けた。
「嬉しかったんやけど、今のうちには沖田はんに対する恋愛感情はおへん。気のおけるお人やとは思てても弟みたいな感覚で、その先を考えた事はなかってん。そもそも新選組には男として入ったわけやし、色恋の存在自体を忘れてたんよ」
嘘偽りの無い気持ちを伝える為、私は必死に言葉を探した。
「今のうちは未だ過去に囚われてる部分もあるし、新しい出会いを受け入れる余裕も未だ無いんよ」
副長に想いを告げられた時も、真っ先に浮かんだのは元亭主の顔だった。私は未だ、彼の死に縛られている。
芹沢さんはそれを分かった上で私を受け入れてくれていたので、私も安心して妹の様に。時には娘の様に甘えられたのだ。
副長や沖田さんのように、新たに未来を紡ぐ夢を見る覚悟は、未だ出来ていない。
「だったら待ちます」
「沖田はん?」
「土方さんが待ってるんだから、私だって待てます。貴方が私を見てくれるまで、待ち続けますから!」
「いや、だから……」
「私は……認めたくはありませんが、土方さんと一緒で、こうと決めたら曲げられないんです。貴方の心の隙間でも良い。入り込んで、いつか必ず私の物にしてみせます!」
「あのですね……」
「それまでは、今まで通り仲良くしましょう。ね?」
「ね? って可愛く言われてもやな……」
まさかの自己完結をしている沖田さんに、こちらの意図など全く伝わらないようで。
「あーもーまた悩みが増えてもた……」
頭を抱えるしかない。反対に沖田さんは、想いを伝えられたからかとてもスッキリした表情をしていた。
「山崎さん」
「はい?」
不意打ちで、口付けられる。
「~~っ!」
「覚悟しておいて下さいね。私は土方さんみたいに空気は読めませんから」
「……何をしはるおつもりなんえ?」
笑いながら私の手をそっと握る沖田さん。
「戻りましょう。屯所に」
「……せやな。でも……」
ペシッとわざと軽く手をはたく。
「手ぇは繋ぎまへん。ついでに走るのもお断りや」
「はぁい、残念。山崎さんってば体力無いですもんねぇ」
「なんやてー! 監察方の底力、見せたるわー!」
「あはははは。自分から走ってるじゃ無いですかー」
のせられてつい走り出した私は結局、屯所まで走って帰る事となる。もちろん沖田さんの並走付きで。
その後沖田さんは副長室に呼ばれ、何やら言い争っていたようだが、それは私のあずかり知らぬ事。
とりあえず今回の件は、一旦保留にしておこう。時がきっと、解決してくれると思うから。
解決……するのかなぁ……。
切なそうに語る沖田さんの表情は、見えない。
「土方さんが貴方を気にしていたのは分かっていましたけど、あそこまで本気だとは思っていなかったので驚きました。いつもどこか冷めている人でしたから……でも土方さんの本気を見て、私も気付いてしまったんですよ」
抱きしめられていた腕が緩む。ただし体が自由になったわけでは無く、頭を支えられている形だ。漸く合わされた視線は、逃れられぬ程に熱いもので……。
「私は貴方を誰にも渡したくは無い! 土方さんにも……他の誰にも!」
抗う間も無く口付けられた。
「……っ」
息をするのも忘れる程に情熱的であるにも関わらず、拙さを感じさせるそれに沖田さんの純粋な心が感じられる。ゆっくりと唇を離し、顔を上気させながら私を見つめる沖田さんに、私はかける言葉を見つけることが出来なかった。
暫しの沈黙の後、耐えられなくなったのか沖田さんが口を開く。
「すみません、こんな場所でこんな事……迷惑でしたよね。屯所に帰りましょうか。今の事は忘れて下さい」
目を逸らして言う沖田さんは、今までになく弱々しく見える。こんな時、私はどうしたら良い? 何を言えば……。
「……忘れまへん」
「山崎さん?」
「沖田はんが本気でうちを好いてくれてるその気持ち、忘れるなんて出来まへん。素直に嬉しかったんえ」
沖田さんの表情がパッと明るくなった。……続く言葉は沖田さんの期待を裏切ると言うのに。
罪の意識を持ちながらも、私は続けた。
「嬉しかったんやけど、今のうちには沖田はんに対する恋愛感情はおへん。気のおけるお人やとは思てても弟みたいな感覚で、その先を考えた事はなかってん。そもそも新選組には男として入ったわけやし、色恋の存在自体を忘れてたんよ」
嘘偽りの無い気持ちを伝える為、私は必死に言葉を探した。
「今のうちは未だ過去に囚われてる部分もあるし、新しい出会いを受け入れる余裕も未だ無いんよ」
副長に想いを告げられた時も、真っ先に浮かんだのは元亭主の顔だった。私は未だ、彼の死に縛られている。
芹沢さんはそれを分かった上で私を受け入れてくれていたので、私も安心して妹の様に。時には娘の様に甘えられたのだ。
副長や沖田さんのように、新たに未来を紡ぐ夢を見る覚悟は、未だ出来ていない。
「だったら待ちます」
「沖田はん?」
「土方さんが待ってるんだから、私だって待てます。貴方が私を見てくれるまで、待ち続けますから!」
「いや、だから……」
「私は……認めたくはありませんが、土方さんと一緒で、こうと決めたら曲げられないんです。貴方の心の隙間でも良い。入り込んで、いつか必ず私の物にしてみせます!」
「あのですね……」
「それまでは、今まで通り仲良くしましょう。ね?」
「ね? って可愛く言われてもやな……」
まさかの自己完結をしている沖田さんに、こちらの意図など全く伝わらないようで。
「あーもーまた悩みが増えてもた……」
頭を抱えるしかない。反対に沖田さんは、想いを伝えられたからかとてもスッキリした表情をしていた。
「山崎さん」
「はい?」
不意打ちで、口付けられる。
「~~っ!」
「覚悟しておいて下さいね。私は土方さんみたいに空気は読めませんから」
「……何をしはるおつもりなんえ?」
笑いながら私の手をそっと握る沖田さん。
「戻りましょう。屯所に」
「……せやな。でも……」
ペシッとわざと軽く手をはたく。
「手ぇは繋ぎまへん。ついでに走るのもお断りや」
「はぁい、残念。山崎さんってば体力無いですもんねぇ」
「なんやてー! 監察方の底力、見せたるわー!」
「あはははは。自分から走ってるじゃ無いですかー」
のせられてつい走り出した私は結局、屯所まで走って帰る事となる。もちろん沖田さんの並走付きで。
その後沖田さんは副長室に呼ばれ、何やら言い争っていたようだが、それは私のあずかり知らぬ事。
とりあえず今回の件は、一旦保留にしておこう。時がきっと、解決してくれると思うから。
解決……するのかなぁ……。