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時の泡沫

 禁門の変、どんどん焼けと大きな被害の爪痕を残しながらも、京の日々は過ぎて行く。公武合体策により力を盛り返したかのように見えていた幕府は、その奢りからか影で綻びを見せ始めていた。

 そんな中新選組はと言うと、局長を初めとする一部の者が江戸で隊士募集を行っていた。

「そろそろ勧誘組が戻る頃ですよね」

 沖田さんが、団子の串を咥えながら言う。今朝は巡察当番だったようで、帰りに買ってきたらしい。買い物が出来るほどに何も無い巡察だったというのは、平和の証だが……。

「ああそうだな……って、今は仕事中だ! ここに来るなら団子じゃなくて緊張感持ってきやがれ!」

 わざわざ副長室で食べる必要もあるまいて。私が報告に来る時は、ほぼ間違いなくこの二人の争いを見せられるのだからたまったものでは無い。
 呼ばれもしないのに副長室に入り浸る沖田さんの副長への愛情(?)は半端ない物なのだろうが、時と場合によると思う。

「副長。沖田さんに付き合っていると、話が進みません。存在しない程でお願いします」
「そうしてくれ」
「いつもながらひっどいなぁ。私、泣いちゃいますよー」

 チャキ……。
 纏わり付いてこようとする沖田さんに苦無を突きつけ、牽制する。そして「冗談なのになぁ……」といじけながら部屋を出て行くまでが一連のお約束で。
 先日の一件以来、私達の関係は何とも奇妙な物になっているように感じていた。

「話を戻します。藤堂さんが勧誘しました伊東さんにつきましては、人当たりの良い論客との話が最も多いです。北辰一刀流に長け文武両道。入隊後は間違いなく才を発揮するでしょう」
「ふん、お前がそこまで言うからには、余程の策士だな」
「ええ。ですが……」

 続きを言う事に迷いがあった。

「良い。続けろ」

副長に促され「ここからは私見ですが……」と続ける。

「伊東さんは確かに知識が豊富で見解の広い方です。が、彼は尊皇攘夷派であると同時に倒幕派と思われます」
「するってぇと、俺達佐幕派とは相入れねぇな」
「私自身が話をしたわけでは無いので、あくまでこれは周囲の噂からの情報としてご理解下さい」
「いや、ありがてぇ。既に近藤さんは伊東さんに傾倒しちまってるみたいだからな。俺は距離を保って見ておくか」

 藤堂さんが伊東さんに白羽の矢を立てたと聞いてすぐ、副長の命で諜報に動いていた。だが、知れば知る程不安が募る。

「局長は江戸で御典医の松本良順先生とお会いになり、新たな思想に触れておられます。伊東さんとの交流が深まれば、見解に更なる広がりを見せるかと……後は宜しくお願い致します」
「おう、任せろ」

 全てを察したかのような副長の返事は、心強かった。

「では私はこれで」
「いや、ちょっと待て」
「はい?」

 立ち上がりかけた所を制止され、座り直す。

「未だ何かご用でしょうか?」
「あぁ、話は変わって例の件だが……」
「例の件と申しますと?」

 咄嗟に思い出せず、首を捻った。そんな私に副長は苦笑いを隠せない。

「まず一つは隠れ家。忙しくしていて遅くなっちまったが、漸く手配が出来たんでな。今日から好きに使え。これが地図と鍵だ。知ってるのは俺とお前だけで、鍵の予備は俺だけが持っているから、他のヤツは入れねぇよ」
「はい、ありがとうございます」
「もう一つは……まだ答えは出ねぇか?」

 言われてハッとする。考えてなかったわけじゃ無い。むしろあれから意識するばかりで、考えすぎて困っているくらいだ。ただ、結論が出せない。

「すみません……私にも未だ分からないんです」
「分からないってこたぁねぇだろ? 好きか嫌いか。単純な事だ」
「なっ……! そんなん副長が単純過ぎるんや。こういうのは奥が深いねん。ほんま女心が分からんお人やな」
「んだとぅ!? 俺に惚れてる女は五萬といるんだぜ。女心の分からないヤツがモテるかよ?」
「自分『が』惚れてる女の前で言う台詞ちゃうやんな」
「……ちっ」

 あれ以来二人きりの時は、隊務の話を除いて素の自分でいさせてくれていた。その為か、間違いなく此処は居心地が良い。

「意外と女子の扱いが下手なお人やったりして」
「お前が……そうさせてんだよ」

 言いながら、副長の手が私の頬に触れる。その一瞬でこの場の空気が変わった。副長の切なげな瞳が、私を捉えて離さない。

「琴尾……」

 私の名を紡いだ唇がゆっくりと近付いてくる。そして副長の吐息を直に感じた時――。

「ひっじかったさぁん!」

 スパーン!
 勢いよく障子戸が開き、副長が慌てて私から離れた。

「総司! てめぇ人の部屋にいきなり入ってくんな!」
「あれぇ? 山崎さん、まだお話中だったんですか? 土方さんってば、山崎さんにお仕事させ過ぎですよ。ちょっとは息抜きしなきゃ。行きましょう」
「え? ちょっ……」
「おい! 総司!」
「じゃあちょっと出掛けてきまーす」

 強引に腕を掴まれ、引っ張られる。バランスを崩しながらも何とか立ち上がった私は、沖田さんの後を追うしかない。

「おい! まだ話は終わっちゃ……」

と副長の声が遠のいて行く中、私の意思などお構いなしに、あれよあれよと言う間に私は屯所の外へと連れ出されたのだった。
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良かった👍