時の泡沫
戦いが一段落し、残存兵の掃討に当たっていたある日。私は副長室に呼ばれていた。
沖田さんからあの日の事を聞いたようで、私の口から全てを語れと言われ。渋々語った内容は、副長の眉間のシワを極限まで深くさせていた。
「懐いてた芹沢さんが殺され、犯人探しに新選組を利用しようと入り込んでみれば、まさかの内部犯行で。様子を見ていりゃ犯人発見。でも実は想像以上に根が深くて手に負えず、復讐なんてどうでも良くなった、と」
「お見事です。あの長い話を上手い事まとめて下さった。何だか私が単純馬鹿と言われているようにも聞こえるのが気にはなりますが」
「間違い無く猪突猛進単純馬鹿だろうが! ったく、面倒くせぇ……」
ガシガシと頭を掻き毟り、勘弁してくれといった表情だ。
「まぁお前の諜報能力の高さを考えると、手放したくはねぇからな。復讐なんぞ止めて今まで通り働いてくれりゃぁ御の字だがよ……」
副長が、大きく溜息をついた。
「芹沢さんの女だったってのがな……」
「へ?」
「そういう事なんだろ?」
「何でそうなんねん! 芹沢はんにはお梅はんがおってやし。あん中に入ろうとは思わんわ」
考えてもみなかった誤解に、素が出てしまう。
出会ったばかりの頃は、殺伐としていたあの二人。時間と共に愛情が芽生えて行くのが面白いほどハッキリ見えて、私はよく芹沢さんを冷やかしていた。実は新見さんもお梅さんが気に入っていたようだが、お互いしか見えていない二人の世界に入る余地も勇気も無かったらしい。
「うちんとっては、芹沢はんは……そうやな、兄とか父とか、そんな存在やったんえ。恋愛感情は皆無や。そもそも亭主と死別したばっかりやったしな」
「亭主だぁ!?」
「なんやその驚き方は! うちかてええ歳やし、嫁いでて当たり前やろ? 芹沢はんに会うちょっと前に、病で亡くなってしもてん。あちらのお母はんとはあまり折り合い良う無かったし、子供もおらんしで同時に家に帰されてな。それ以来山崎の家とは縁が切れてしもた」
「って事は、山崎烝って名前は……」
「うちの元亭主の名ぁを借りてん」
てへ、と舌を出して首を傾げ、精一杯可愛らしさを演出する。呆れて物が言えない、と言った白けた表情で私を見る副長に、あと一押し足りなかったかと小さく舌打ちすれば、軽く頭を小突かれた。
「そのふざけた性格をよく今まで隠してこれたな。総司と良い勝負のじゃじゃ馬じゃねぇか。で、本当の名は? 年はいくつなんだ? 身上書には三十とあったが、どうせ違うんだろ」
「琴尾と申します。年は二十五」
「随分サバ読んでたな」
「設定を考えるのが面倒で、元亭主の……」
「ああ、もう良い。聞くのも馬鹿らしい」
「せっかく素直に話してるのに」と口を尖らせて恨みがましく呟く私を、副長がため息を吐きながら見つめる。でも何故かその眼差しは柔らかく、包み込んでくれるような温かさがあって。次第に私は気恥ずかしさを覚えた。
「す、すみません。調子に乗って喋り過ぎましたね。身元確認はこれで宜しいでしょうか」
口調を改め、姿勢を正す。
「ん? ああ。そうだな」
「では、今まで通り私は新選組に置いて頂けますか? 芹沢さんの意志を継いで、今まで以上に新選組の為に仕事に邁進する所存ですので」
「んー、どーすっかなぁ……」
今度はニヤニヤと私を見つめる副長。
普段は鬼と恐れられるほどにムッツリとした顔だというのに、こうして目の前にいる副長は百面相が出来そうな程に表情がクルクルと変わっている。実はこれが素の副長なのかもしれないと思うと、何とも言えない気持ちになった。
「ちなみにお前が復讐したくなる程に芹沢さんを慕ってたのは、命を助けられたからってだけか?」
またその話に逆戻り? 面倒だとは思いながらも、返答次第で今後が決まりそうだし、真面目に答えておくのが得策か。
「あの頃の私は、亭主を亡くして心が空っぽな状態でした。お墓を守ることも許されず、実家に戻っても肩身は狭いばかりで。そんな時に出会った芹沢さんは、私の存在を認めてくれました。それがすごく嬉しかったんです」
蘇ってくる、懐かしい思い出。
出会いから半年。その中でも指で数えられる程しか会っていなかったはずなのに。
「喋り過ぎて怒られたり、ふざけ過ぎて鉄扇が飛んできた事もありましたが……」
「お前は芹沢派の総司か!」
ツッコミは気にしない。
「真正面から私を見て、女だからと馬鹿にせず稽古の相手をしてくれて……時には真剣に、新選組や日の本の……これからの世を語ってくれる芹沢さんが……大好き……で……」
「お、おい……」
不意に何かが手の甲に当たる。
「……あれ?」
膝に置いた自分の手を見ると、続けざまにパタパタッと雫が弾けた。
沖田さんからあの日の事を聞いたようで、私の口から全てを語れと言われ。渋々語った内容は、副長の眉間のシワを極限まで深くさせていた。
「懐いてた芹沢さんが殺され、犯人探しに新選組を利用しようと入り込んでみれば、まさかの内部犯行で。様子を見ていりゃ犯人発見。でも実は想像以上に根が深くて手に負えず、復讐なんてどうでも良くなった、と」
「お見事です。あの長い話を上手い事まとめて下さった。何だか私が単純馬鹿と言われているようにも聞こえるのが気にはなりますが」
「間違い無く猪突猛進単純馬鹿だろうが! ったく、面倒くせぇ……」
ガシガシと頭を掻き毟り、勘弁してくれといった表情だ。
「まぁお前の諜報能力の高さを考えると、手放したくはねぇからな。復讐なんぞ止めて今まで通り働いてくれりゃぁ御の字だがよ……」
副長が、大きく溜息をついた。
「芹沢さんの女だったってのがな……」
「へ?」
「そういう事なんだろ?」
「何でそうなんねん! 芹沢はんにはお梅はんがおってやし。あん中に入ろうとは思わんわ」
考えてもみなかった誤解に、素が出てしまう。
出会ったばかりの頃は、殺伐としていたあの二人。時間と共に愛情が芽生えて行くのが面白いほどハッキリ見えて、私はよく芹沢さんを冷やかしていた。実は新見さんもお梅さんが気に入っていたようだが、お互いしか見えていない二人の世界に入る余地も勇気も無かったらしい。
「うちんとっては、芹沢はんは……そうやな、兄とか父とか、そんな存在やったんえ。恋愛感情は皆無や。そもそも亭主と死別したばっかりやったしな」
「亭主だぁ!?」
「なんやその驚き方は! うちかてええ歳やし、嫁いでて当たり前やろ? 芹沢はんに会うちょっと前に、病で亡くなってしもてん。あちらのお母はんとはあまり折り合い良う無かったし、子供もおらんしで同時に家に帰されてな。それ以来山崎の家とは縁が切れてしもた」
「って事は、山崎烝って名前は……」
「うちの元亭主の名ぁを借りてん」
てへ、と舌を出して首を傾げ、精一杯可愛らしさを演出する。呆れて物が言えない、と言った白けた表情で私を見る副長に、あと一押し足りなかったかと小さく舌打ちすれば、軽く頭を小突かれた。
「そのふざけた性格をよく今まで隠してこれたな。総司と良い勝負のじゃじゃ馬じゃねぇか。で、本当の名は? 年はいくつなんだ? 身上書には三十とあったが、どうせ違うんだろ」
「琴尾と申します。年は二十五」
「随分サバ読んでたな」
「設定を考えるのが面倒で、元亭主の……」
「ああ、もう良い。聞くのも馬鹿らしい」
「せっかく素直に話してるのに」と口を尖らせて恨みがましく呟く私を、副長がため息を吐きながら見つめる。でも何故かその眼差しは柔らかく、包み込んでくれるような温かさがあって。次第に私は気恥ずかしさを覚えた。
「す、すみません。調子に乗って喋り過ぎましたね。身元確認はこれで宜しいでしょうか」
口調を改め、姿勢を正す。
「ん? ああ。そうだな」
「では、今まで通り私は新選組に置いて頂けますか? 芹沢さんの意志を継いで、今まで以上に新選組の為に仕事に邁進する所存ですので」
「んー、どーすっかなぁ……」
今度はニヤニヤと私を見つめる副長。
普段は鬼と恐れられるほどにムッツリとした顔だというのに、こうして目の前にいる副長は百面相が出来そうな程に表情がクルクルと変わっている。実はこれが素の副長なのかもしれないと思うと、何とも言えない気持ちになった。
「ちなみにお前が復讐したくなる程に芹沢さんを慕ってたのは、命を助けられたからってだけか?」
またその話に逆戻り? 面倒だとは思いながらも、返答次第で今後が決まりそうだし、真面目に答えておくのが得策か。
「あの頃の私は、亭主を亡くして心が空っぽな状態でした。お墓を守ることも許されず、実家に戻っても肩身は狭いばかりで。そんな時に出会った芹沢さんは、私の存在を認めてくれました。それがすごく嬉しかったんです」
蘇ってくる、懐かしい思い出。
出会いから半年。その中でも指で数えられる程しか会っていなかったはずなのに。
「喋り過ぎて怒られたり、ふざけ過ぎて鉄扇が飛んできた事もありましたが……」
「お前は芹沢派の総司か!」
ツッコミは気にしない。
「真正面から私を見て、女だからと馬鹿にせず稽古の相手をしてくれて……時には真剣に、新選組や日の本の……これからの世を語ってくれる芹沢さんが……大好き……で……」
「お、おい……」
不意に何かが手の甲に当たる。
「……あれ?」
膝に置いた自分の手を見ると、続けざまにパタパタッと雫が弾けた。
