時の泡沫

「何で芹沢はんを斬ったんや?」

 怒りと悲しみで混乱する中、私は目の前の沖田さんを睨む。

「芹沢はんは新選組の事をほんまに大切に思てはったんえ。それやのによりにもよって仲間に斬られるなんて……」

 手から血が滴り落ちるほどに、苦無を握りしめた。

「ずっと下手人は長州の輩と思てたんや……芹沢はんの葬儀をこっそり覗きに来た時、局長の涙を見て新選組は信じられるて……いつか一緒に長州を討てるて思うてた。その為なら新選組に命を捧げる覚悟でおった。でも監察に回されて内情が見えてくると、嫌でも色々聞こえてきますわな。内部の粛清いう事は分かったけれど、襲撃した人物が誰かまでは分からんかったんや」

 ギリリと歯を食い縛り、叫ぶ。

「あん時見た影姿は、間違いなくあんたやった。何でや沖田はんっ! 何で芹沢はんを殺したんや!?」

 熱風に煽られ、火の粉を被りながら私達は睨み合う。いや、睨んでいるのは私だけか。沖田さんの目は、哀しみを湛えているようにも見えた。

「芹沢先生の事は……仕方なかったんです」
「仕方ない?」
「あの人はやり過ぎた。だから斬ったんですよ。貴方もいくらかは知っているんじゃないですか? 芹沢先生のやってきた事を」
「それは……」

 知っては、いる。でも見てはいないから。

「例えそれが事実やったとしても、うちは納得いかんのや! 芹沢はんは、新選組の為に汚れ役を買ってくれとったんくらい分かるやろ? あんたらはしっかり恩恵を受けとったんと違うんか? なのに都合が悪うなったら斬り捨てて、どんだけ汚い――」
「だったらどうだと言うんですか」」

 ゾクリ。

 それは一瞬の出来事。私の言葉を遮るように沖田さんが言った言葉は、針のように鋭く冷たい。その表情は人斬りと呼ぶにふさわしい冷徹さを纏い、目にするだけで血の気が引き、全身を鳥肌が覆った。

「何も知らない癖に、好き放題言ってくれますねぇ。幹部でも一部しか事実を知らないから、貴方にも情報が行き渡らなかったのは仕方ないのかも知れませんが……」

 ゆらりと沖田さんが動き、喉元に刀を突きつけられた。

「我々は武士として、為すべきことをしただけです」
「……っ」
「貴方が芹沢先生とどういう関係かは知りませんが、私達に仇なすと言うなら今ここで斬りますよ」

 沖田さんは本気だ。浴びせられる殺気には、間違いなく敵意と殺意が込められている。

 ――怖い。

 入隊してからこれまで、何度も敵から殺意を向けられた。だがこんなにも恐怖を覚えた事は無い。芹沢さんが助けてくれたあの時ですら、ここまでの怖さは感じていなかったはず。
 間違いなく今、私はこの人に殺されるだろう。ありがたく無い確信を持ってしまったその時。

 ――芹沢はんはこの人と対峙した時、怖なかったんやろか?

 不意に思った。そして同時に何故か浮かんできたのは、芹沢さんのつまらなそうな顔。

「何がおかしいんですか?」
「え?」
「笑ってるじゃないですか」

 私が……笑ってる?
 どうやら恐怖で足が竦んでいたにも関わらず、芹沢さんを思い出して無意識に笑っていたらしい。

「窮地に立たされとんのに、うちも大概やな……」

 意を決して全身に力を込め、クルリと回転するように突き付けられた刀から逃れる。咄嗟の事で対応しきれなかった沖田さんから間合いを取ると、私は言った。

「ちょっと聞いてええやろか?」
「何でしょう?」

 一触即発の程の中、質問を投げかける。
 ずっと知りたかった、真実一つ。

「芹沢はんは……どんな風に逝ったん?」
「最後まで足掻いて戦って……笑って逝きましたよ」
「そっか……笑ろてはったんや」

 確認したかった、真実一つ。

「殺さなあかんかった理由は?」
「さっきも言ったでしょう。素行の悪さが原因ですよ。かなり強引に様々な悪行を為すので、さすがにお上からも叱責されてしまって」
「ほんまにそれだけですの? 裏の表向きな話ではなく、裏の裏を知りたいねん」

 確かに芹沢さんの悪行の記録は公式の文書に残っていた。それが全て真実なら、新選組お預かりの会津藩も黙ってはいまい。だが、暗殺まで指示をするだろうか?
 そこで私は未だ誰にも明かしていない、とある情報を口にした。

「有栖川宮家が関係しとるのはほんまなん?」
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良かった👍