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時の泡沫

 それから時々、暇があると私は芹沢さんの所に足を運び、他愛ない話をしたり、護身に良かろうと剣術の手解きを受けたりしていた。
 中でも剣術は私が少し嗜んでいた事もあったからか、割と本格的な手解きで。懐剣等、女でも扱いやすい短い獲物の扱いの指南も受けた。

 とは言っても少しずつ、壬生浪士組改め新選組の仕事が増えてきていたようで、会える機会は減っていき。お梅さんが一緒に住むようになってからは、ますます顔を合わせる事がなくなっていた。



 そして、やってきたあの悪夢の夜――。



 その日私はどうしても断れぬ呼び出しがあり、遠出していた。
 本来ならあり得ないのだが不幸が重なり、帰りが真夜中になってしまった上に共もおらず、不安な道のりだった。しかも激しい雨に見舞われ、散々である。

 濡れ鼠になりながらも小走りに家路を急いでいると、不意に怒鳴り声が聞こえた気がした。驚いて辺りを見回すが人影は無い。と言うより、傘の内側で正に風前の灯火となっている提灯の灯りでは、足元しか見えていないのだ。
 どうしようかと息を潜めていると、再び聞こえた叫び声と刀がぶつかり合う音。これは……誰かが斬り合いをしている!?
 その時気付いた。

「新選組の屯所、この先やんな……」

 瞬間、体が震えた。
 咄嗟に提灯の火を消し、身動ぎもせずに様子を伺う。暫くすると、闇に紛れて数人の男が走り去るのが分かった。出てきたのはやはり芹沢さんのいる屯所。
 まさか……と恐るおそる向かってみる。
 門の外からそっと中を伺うと、男が一人、刀を振り下ろしているのが見えた。雨の音しか聞こえない静寂の中、暗闇に慣れてきた私の目に薄っすらと見える影姿。

「ヒィ~ッ! 誰かぁ! 賊が芹沢先生達を……っ!!」

 突如、屯所の中に悲鳴があがった。
 灯りが灯され、バタバタと慌ただしい足音が聞こえてくる。その灯りで一瞬浮かび上がった男の姿が、先程の影姿をより鮮やかに記憶に焼き付けた。
 と同時に男が私のいる門に向かってきたため、慌てて門の横に避け、隠れるようにしゃがみこむ。雨音と闇の深さが助けてくれたのか、男は私に気付く事なく走り去ったのだった。

 数日後。風の噂で経緯を知った。
 あの日の少し前に、新見さんが亡くなっていた事。
 芹沢さん達を殺したのが長州だって事。
 そこに至るまでに芹沢さんがやらかしてきた数々の暴挙についても全て、噂で知った。
 私が知っている真実は、芹沢さんが亡くなったと言う事と、彼を殺した人物の影姿のみ。
 私は、自分が見た物しか信じない。芹沢さんがどうして殺されたのか、真実を知りたい。できる事なら仇を取りたい。

――新選組に入れば。

 我ながら安直かと思いはしたけれど、他には何も考えられなかった。
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良かった👍