時の泡沫

「私には……成し遂げたい事があるんです。それを叶えるためには力と情報が必要でした」
「何故女子の貴方にそんな物がいるんです? そもそも我々新選組が身につけるのは人を斬る力ですよ。貴方のような方に必要だとは思えませんが?」
「とにかく強くなりたいんです。その気持ちだけでは新選組にはいられませんか?」
「気持ちはともかく、貴方は女子です。ここは女人禁制なのですよ」
「だから……男になったんや!」

 核心を突かれ、冷静さを失ってしまった。

「男として入隊試験を通ってるんや! 少なくとも今までしくじらんとやれてます。お願いです沖田さん。この事は胸の内に閉まってお見逃し下さい! 今まで以上に働いて、お役に立ちますし」

 頭を畳に擦り付ける。私は本懐を遂げるまで、ここにいなくてはいけない――絶対に。
 その為だったらどんな事でも……。

 暫しの沈黙。そして聞こえたため息。

「はぁ……困りましたねぇ。でも貴方がいなくなっちゃうと、監察方が困っちゃいそうだしなぁ」

 これは……と希望を感じて顔を上げると、沖田さんは悪戯っ子のような笑みを浮かべている。

「それに貴方がいると、色々と面白い土方さんを見られそうですしね」

 慌てる土方さんの姿は傑作でしたねー、と、からかう気満々の沖田さんに、張り詰めていた緊張の糸が解れた。

「多分今の所貴方が女子だと気付いてるのは、体を拭いながら寝てしまっていた貴方を見つけて、布団に寝かせた土方さんと、偶然そこを通りがかった私だけでしょう」

 沖田さんの話からようやく見えた事の経緯に、自分がいかに気を抜いてしまっていたかが分かり後悔が募った。でも今更どうする事も出来ない。

「貴方は今まで以上に男として気を張って過ごしなさい。何かあったらすぐ私の所に来るように」
「分かりました。ありがとうございます沖田さん」
「ただし、これ以上多くの人に貴方の事がばれるような事があれば……分かっていますね?」
「肝に銘じておきます」

 私が女だという事はばれてしまったけれど、何とかここに残る事は出来そうだ。改めて気を引き締めながらもまた今まで通り隊務に勤しんで……。

「あ、今度は一日限定七個の芋羊羹がいいなぁ」

 隊務……。

「ね? 山崎さん」
「な……っ! 何で私がそんな事を……っ」
「んー? 聞こえなかったなぁー。私ってば甘い物を食べてないと、口が滑っちゃいそうでねー」
「……明日早速行かせてもらいまっす」

 どこまで腹黒いんだか、この人は。
 鬼の副長より質が悪いし、これはどう足掻いても歯が立ちそうにない。どうやら私は一番厄介な人に借りを作ってしまったようだ。

「それじゃ、私は土方さんとも話をつけてきますねー。明日のおやつが楽しみ楽しみ」

と満面の笑みで部屋から出る沖田さんの姿を、私はうんざりした表情で見ていた。

「あ、忘れてた!」
「はい!?」

 振り向きざまに叫ぶ沖田さんにビクリとしてしまう。さっさと行ってくれれば良いのに、更に何かを要求する気か?

「名前」
「え?」
「貴方の本当の名を聞いてませんでした。教えて下さいよ」

 期待に胸を膨らませる子供のような目。それは何故か棘のように、私の心にチクリと突き刺さった。

「こ……」

 言いかけて、止める。

「山崎烝。他に名はありません」
「そうですか……分かりました」

 私が口を割らない事を理解したのだろう。少し残念そうに沖田さんは出て行く。
 足音が遠のき、完全に沖田さんの気配が感じられなくなった事を確認した私は、しばし副長を待ったものの戻る様子が無かった為、そっと副長室を後にしたのだった。



 暫く後、監察方の部屋で休んでいると涙目の沖田さんがやってきた。頭をさすっているところを見ると、副長に拳骨でも食らったのだろうか?

「何をやらかしたんですか?沖田さん」
「聞いて下さいよ山崎さん。土方さんってば酷いんですよ。いくら私が山崎さんの乳を何度か揉んだからって……」

 最後まで言わせず張っ倒す。

「って~! 山崎さんまで酷いっ!」
「何度かって、どういう事ですか! まさか私が寝ている間に何度も……!?」
「別にいやらしい事はしてませんよ。確認作業の一環だったんですから。手でこうやって触ってみないと……」
「何が確認作業ですか! そんなの全く必要無いです! っていうかその手の動き、いやらしいからやめてください!」
「ええ~? 触ってみないと、本物と偽物の区別なんてつかないし、思ってもみないものがそこにあると、調べてみたくなるじゃないですか。何ていうか……未知の探求? わぁ、何か私ってば凄くないですか?」

 キラキラとした目で私を見る沖田さんに、頭が痛くなる。
 引きつるこめかみを押さえながら、私は言った。

「……もう良いから出てって下さい。わざわざからかいに来たんですか?」
「その通り」
「出てけーっ!!」

 このままでは心身共に休めない。これは女がどうとか以前に、沖田総司という存在が危険過ぎる。
 新選組に身を置いている以上、男として沈着冷静かつ有能な存在でありたいと思っているのに、今まで築き上げてきた物を崩されてしまいそうだ。

「屯所で休むより、外におった方がよっぽど気ぃ休まるわ……」

 その事に気付いた私は、部屋の外でわざとらしくべそをかいている沖田さんと目を合わせないようにしながら、その場を去るのだった。
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