時の泡沫
捕り物は無事終わり、枡屋喜右衛門は捕縛。
屯所に戻った私は、早速副長室へと経緯の報告に向かった。
「……という訳で、捕縛完了です。証拠も確保しました。隊士も誰一人欠けずに済んでます」
「そうか、ご苦労だった」
目を泳がせながら言う副長の頬は、先程と変わらず赤いままだ。
捕り物前は、ひょっとして……と思っていたが、未だにこれだけ顔が赤いという事は、別の理由があるのかもしれない。
そう思った私は、まっすぐ副長の目を見つめて言った。
「副長、風邪をひいておられたりします?」
「いや、俺は何ともない」
「本当ですか? 顔が真っ赤になっておられますよ? ちょっと失礼します」
手を副長の額に当てる。慌てて頭を引く副長は、やはり少し熱い。
「い、いや、本当に何でもな……」
「副長、逃げずに計らせてください。風邪は万病のもとですし。私は鍼医でしたが、少しなら医術の心得もあります」
今度はがっしりと副長の頭を押さえ、額をくっつける。
「や、山崎……っ!」
「ほら、やっぱり熱い」
しかも、額から伝わる熱はどんどん上がっているようだ。呼吸も乱れてきているようだし、間近に見える副長の目は潤み始めている。
「熱が上がってきていますね」
額を放し、顔色を確認しようと覗き込む。副長はよほど苦しいのか、何かと葛藤しているような表情にも見えた。
「大丈夫ですか? 少しお休みになられた方が……」
そう言った時。
「……え?」
副長の顔が、鼻先まで近付いた。
「……っ」
驚きで体が硬直し、息を飲んだ瞬間。
「何やってるんですか!」
障子戸が勢いよく開けられ、飛び込んで来た沖田さんが私を副長から剥ぎ取るように引っ張った。余りの勢いに、私の体は沖田さんの腕の中に倒れ込む。
「痛っ! ちょっ……沖田さん!?」
「総司……っ! 助かった!」
飛び跳ねるように立ち上がる副長に、唖然とする。
「山崎は暫く非番にする。総司、任せた!」
そう言うと真っ赤な顔のまま、副長は物凄い勢いで走り去って行った。
「私に倒れかかるくらい体調が悪いのにあんなに走って……大丈夫なんでしょうか」
怒涛の展開にぽかんとする私の疑問に答えたのは、私を後ろから羽交締めにしている状態の沖田さんだった。
「そういう解釈ですか……いえ、土方さんらしくはありませんが、ある意味正常な反応ですよ」
「はい?」
沖田さんの腕に力がこもる。
「土方さんもさすがに動揺を隠しきれないようですね。あの人は後でしっかりからかっておくとして……山崎さん。ここは女子のいる場所ではありませんよ」
いつも耳にしているのとは違う低い声音で言われた言葉に、私の体がビクリと震えた。
「な……っ! 突然何を言っておられるんですか。私は……」
「無駄ですよ。見ましたし触りましたから」
「はぁ!?」
肩越しに振り返ると、見た目はいつも通りのにこにこ笑顔。だがその中身は明らかに違う。
私の中で、危険だと鳴り響く警鐘。
「言い逃れは出来ませんよ。何ならもう一度確認してあげましょうか? 貴方にも分かるように」
「か……くにんって……」
血の気が引いた。
突き刺さるような殺気が全身を包む。慌てて逃げ出そうともがいたが、片手のみで抑え込まれた私の体は逃れられず。
もう一方の手で襟を開き、そのまま晒しを強引にずらされ、胸の膨らみが露わになった。
「やめ……っ!」
強い力で乳房を掴まれ、恐怖に身をすくませた私に沖田さんは――
「こう言う事になる可能性を考えなかったんですか?」
一瞬で消えた殺気に恐るおそる沖田さんを見上げると――その顔は朱に染まっていた。
「怖がらせてすみません。でもきちんと理解して欲しかったんです。貴方が女子だっていう現実を」
着物を直し、向かい合った沖田さんは未だ少し頬を赤らめてはいたものの、いつもの沖田さんに戻っていた。
「私があれでも手加減していたのに気付いていましたか? 本気だったら……相手が複数だったら。どう足掻いても逃げられませんよ?」
「分かって……ます……」
悔しいけれど、認めざるを得ない。
これでも一応男並みに剣術はできる。幼い頃から男達に混じって、香取流棒術の道場に通い続けていたのだから。女子だからと免許皆伝は許されなかったが、それに匹敵する実力はお墨付きだ。しかも男と偽って受けた入隊試験に通っている以上、そこそこにはやっていける自負がある。
だがどんなに剣の腕が上がっても根本的に違う体力、腕力。正直前線ではなく監察方に回されたのは好都合だった。
ただこうして実際に男女の力の差を明白にされるのは、きつい。
「貴方はどうして新選組に入隊したんです? 女の身でここにいるのは、並大抵のことではないでしょう?」
誰もが抱くであろう疑問を投げかけられた私は、打ち明けるしかなかった。
屯所に戻った私は、早速副長室へと経緯の報告に向かった。
「……という訳で、捕縛完了です。証拠も確保しました。隊士も誰一人欠けずに済んでます」
「そうか、ご苦労だった」
目を泳がせながら言う副長の頬は、先程と変わらず赤いままだ。
捕り物前は、ひょっとして……と思っていたが、未だにこれだけ顔が赤いという事は、別の理由があるのかもしれない。
そう思った私は、まっすぐ副長の目を見つめて言った。
「副長、風邪をひいておられたりします?」
「いや、俺は何ともない」
「本当ですか? 顔が真っ赤になっておられますよ? ちょっと失礼します」
手を副長の額に当てる。慌てて頭を引く副長は、やはり少し熱い。
「い、いや、本当に何でもな……」
「副長、逃げずに計らせてください。風邪は万病のもとですし。私は鍼医でしたが、少しなら医術の心得もあります」
今度はがっしりと副長の頭を押さえ、額をくっつける。
「や、山崎……っ!」
「ほら、やっぱり熱い」
しかも、額から伝わる熱はどんどん上がっているようだ。呼吸も乱れてきているようだし、間近に見える副長の目は潤み始めている。
「熱が上がってきていますね」
額を放し、顔色を確認しようと覗き込む。副長はよほど苦しいのか、何かと葛藤しているような表情にも見えた。
「大丈夫ですか? 少しお休みになられた方が……」
そう言った時。
「……え?」
副長の顔が、鼻先まで近付いた。
「……っ」
驚きで体が硬直し、息を飲んだ瞬間。
「何やってるんですか!」
障子戸が勢いよく開けられ、飛び込んで来た沖田さんが私を副長から剥ぎ取るように引っ張った。余りの勢いに、私の体は沖田さんの腕の中に倒れ込む。
「痛っ! ちょっ……沖田さん!?」
「総司……っ! 助かった!」
飛び跳ねるように立ち上がる副長に、唖然とする。
「山崎は暫く非番にする。総司、任せた!」
そう言うと真っ赤な顔のまま、副長は物凄い勢いで走り去って行った。
「私に倒れかかるくらい体調が悪いのにあんなに走って……大丈夫なんでしょうか」
怒涛の展開にぽかんとする私の疑問に答えたのは、私を後ろから羽交締めにしている状態の沖田さんだった。
「そういう解釈ですか……いえ、土方さんらしくはありませんが、ある意味正常な反応ですよ」
「はい?」
沖田さんの腕に力がこもる。
「土方さんもさすがに動揺を隠しきれないようですね。あの人は後でしっかりからかっておくとして……山崎さん。ここは女子のいる場所ではありませんよ」
いつも耳にしているのとは違う低い声音で言われた言葉に、私の体がビクリと震えた。
「な……っ! 突然何を言っておられるんですか。私は……」
「無駄ですよ。見ましたし触りましたから」
「はぁ!?」
肩越しに振り返ると、見た目はいつも通りのにこにこ笑顔。だがその中身は明らかに違う。
私の中で、危険だと鳴り響く警鐘。
「言い逃れは出来ませんよ。何ならもう一度確認してあげましょうか? 貴方にも分かるように」
「か……くにんって……」
血の気が引いた。
突き刺さるような殺気が全身を包む。慌てて逃げ出そうともがいたが、片手のみで抑え込まれた私の体は逃れられず。
もう一方の手で襟を開き、そのまま晒しを強引にずらされ、胸の膨らみが露わになった。
「やめ……っ!」
強い力で乳房を掴まれ、恐怖に身をすくませた私に沖田さんは――
「こう言う事になる可能性を考えなかったんですか?」
一瞬で消えた殺気に恐るおそる沖田さんを見上げると――その顔は朱に染まっていた。
「怖がらせてすみません。でもきちんと理解して欲しかったんです。貴方が女子だっていう現実を」
着物を直し、向かい合った沖田さんは未だ少し頬を赤らめてはいたものの、いつもの沖田さんに戻っていた。
「私があれでも手加減していたのに気付いていましたか? 本気だったら……相手が複数だったら。どう足掻いても逃げられませんよ?」
「分かって……ます……」
悔しいけれど、認めざるを得ない。
これでも一応男並みに剣術はできる。幼い頃から男達に混じって、香取流棒術の道場に通い続けていたのだから。女子だからと免許皆伝は許されなかったが、それに匹敵する実力はお墨付きだ。しかも男と偽って受けた入隊試験に通っている以上、そこそこにはやっていける自負がある。
だがどんなに剣の腕が上がっても根本的に違う体力、腕力。正直前線ではなく監察方に回されたのは好都合だった。
ただこうして実際に男女の力の差を明白にされるのは、きつい。
「貴方はどうして新選組に入隊したんです? 女の身でここにいるのは、並大抵のことではないでしょう?」
誰もが抱くであろう疑問を投げかけられた私は、打ち明けるしかなかった。