時の泡沫2

 次に目覚めた時。私は戸板に寝かされていた。
 ゆらゆらと揺れる感覚から、多分ここは船の上なのだろう。空が見えるという事は、甲板だろうか? 周りには荷物が置かれており、それが風よけの役目を果たしてはくれていたが、凍てつくような寒さに思わず身震いした。
 だが、体は燃えるように熱い。もう体を起こす事も出来ず、目だけで周囲を確認すると、人の姿はほぼ皆無に近かった。この寒さでは、理由が無ければ皆船内に籠るだろう。
 そんな中でたった一人、海を見つめて立ち尽くしている男がいた。

「歳……」

 もう、囁くような声しか出ないのに。歳三さんはすぐに振り返り、私に駆け寄ってくれた。

「気が付いたか!」
「いつ……船……」
「三日前だ。すまねぇな、こんな所にしかお前を寝かせてやれなくて」
「ん……分かって……る……」

 船内に私を置く事は出来なかったのだろう。脇腹の傷の腐敗が進み、壊疽を起こしているような人間を、室内に置いておく事など出来まい。

「明日には横浜に着く。あと少し我慢してくれ。すぐに治療してもらうからな」
「……ごめ……な……」

 せっかく歳三さんがこんなにも私を心配してくれているのに。酷く冷静な私が、自らに囁くのだ。

 ――時は満ちた、と。

 もう、私に明日は来ない。
 今こうして意識がある事が、奇跡なのだと分かっている。だから……

「歳三……はん……」
「何だ?」
「海……見たい……」

 私は無理を承知でせがんだ。その言葉に、歳三さんがそっと私を抱き上げてくれる。
 ゆっくりとした歩みで甲板を進み、海の見える場所へと連れて行ってくれた歳三さんは、小さく震えていた。

「おおきに……」

 礼を言い、眼下に広がる海を見た。それはとても大きくて、力強い。でも不思議と優しさを感じる景色。

「海って……綺麗やな……」
「そうだな……」

 私の呟きに、歳三さんが同意してくれる。だがその声は、少し掠れていた。
 本当にこの人は、優し過ぎるなと思う。今も必死に泣くのを我慢しているのだろう。鬼の副長も形無しだ。
 そんな彼に、私は何が残せるだろう。これから先、きっと想像を絶するような過酷な戦いに身を投じるであろう彼に、私は何が出来る? 考えて、悩んで、彼の為に出来る事を見つけたいのに。もう、その時間すら残されていない。だって私の体はもう、命を手放そうとしているから。
 だから……海の波間に浮かぶ泡沫を見ながら、私は最後の力を振り絞って、言った。
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