時の泡沫
「沖田さん、約束の物をお持ちしましたよ」
出先から戻って早々に声をかけた。
「待ってましたよ、山崎さん!」
スパーン! と勢いよく障子戸を開け放ち、飛び出してきたのは副長助勤の沖田総司。目を輝かせて差し出してきた手に、私が乗せてやったのは――
「ほんと苦労したんですよ。先着十名、お一人様限定五個の豆大福」
「やったぁ! ありがとうございまーふ!」
礼を言い終わらぬ内に包みを開けてかぶりついてるこの男が、新選組隊内で一、二を争う剣豪であるというのだから、世の中本当に分からないものだ。
「喜んでいらっしゃるところ申し訳ないのですが、もうこんな頼みは願い下げですよ。いくら私の行き先に店があると言っても、こんな事に並ばされていてはかないません。予定を早めて朝からイの一番に並ばねばならぬこちらの都合も……って聞いてるんですか? 沖田さん!」
いや、明らかにこちらの話なんぞ聞いてはいまい。頬袋でもあるんじゃなかろうかと思ってしまうようなぷっくり笑顔で、幸せそうに大福を食べ続けている。
「大福の共食い……」
「ふぇー? はひかひひまひた?(何か言いました?)」
口に物を入れたまま喋るなと教えられなかったのだろうか。いつもの事だが、この人の上役らしからぬ態度には脱力するばかりだ。
「……いえ、もう結構です。とりあえず渡しましたからね」
まともに付き合ってなどいられない。私は呆れながら沖田さんの部屋を後にした。
後ろから「お茶! み、水…っ!」といううめき声が聞こえた気がしないでも無いけれど。
「幻聴幻聴。気のせい気のせい」
ここは壬生にある新選組の屯所。
腕自慢の荒くれ者達が集うこの場所で、私、山崎烝は監察方に所属していた。
壬生に生まれ、大坂で鍼医をしていた事からこの辺りの地理に長けており、それなりに人心掌握の心得もあるという点に新選組の幹部連中は一目置いたらしい。
現在の私は、諸士調役兼監察という役職を与えられている。
「副長、入っても宜しいですか?」
「山崎か? 入れ」
「失礼します」
部屋に入ると、副長の土方歳三は文机に向かっていた。
書いているのは会津藩への書状だろうか? まぁ私には知る必要の無い事だが。
「報告が遅ぇじゃねぇか」
「すみません。野暮用に時間を取られました」
「……また総司か」
「保護者として、ちゃんと手綱を引いておいて頂けると助かるんですけどね」
苦々しい表情でため息をつく副長を見て、先程の沖田さんの件について少しだけ気が晴れる。自分ばかりあの人の気まぐれに振り回されるのはごめんだ。
「で、どうだった?」
だがすぐに気を取り直し、副長としての顔で報告を求めてくるのは立派なものだと思う。
「やはり枡屋に間違い無いです。店主の枡屋喜右衛門は長州の間者ですね」
「そうか……何か目に見える証拠はあるか?」
「何度か大きな荷車を見かけています。荷を運びこむ際の警戒の仕方と車の沈み具合は、明らかに異常でした」
「相当な重量の物を運んでるとなれば……武器弾薬、か」
「そう捉えて間違い無いかと」
「なるほどな、ご苦労だった。あとは島田に任せよう。お前は暫く体を休めて次の命令に備えとけ」
「承知しました」
満足げに頷いた副長は、もう私の事など眼中には無いかのように奥の部屋へと視線を向け、「島田はいるか!」と叫ぶ。きっと頭の中は捕り物の算段で埋め尽くされているのだろう。
私は小さく頭を下げると、副長に背を向けて自分の部屋へと戻った。
監察方に当てがわれた部屋は、基本皆出払っている事が多い。今もここには自分しかおらず、とても静かだ。
こうなれば、自然と言葉遣いも素に戻る。
「あ~もう、キツかったぁ!」
布団も敷かずに畳に大の字になる。
「こうして体を伸ばして横になれるんは何日ぶりやろ? ほんま人使い荒いしなー」
今回の探索は、尻尾を掴むのにかなり骨が折れた。それだけに達成感はあるけれど、疲労はかなり蓄積している。
「できれば湯船に浸かりたいとこやけど、沸かす元気はないしなぁ。しゃぁない、とりあえず軽く汗だけ拭って寝よか」
欠伸をしながらも、たらいに湯を張り、手拭いを準備して再び部屋に戻る。細心の注意を払って周囲の気配を確認すると、私は帯を解いた。
出先から戻って早々に声をかけた。
「待ってましたよ、山崎さん!」
スパーン! と勢いよく障子戸を開け放ち、飛び出してきたのは副長助勤の沖田総司。目を輝かせて差し出してきた手に、私が乗せてやったのは――
「ほんと苦労したんですよ。先着十名、お一人様限定五個の豆大福」
「やったぁ! ありがとうございまーふ!」
礼を言い終わらぬ内に包みを開けてかぶりついてるこの男が、新選組隊内で一、二を争う剣豪であるというのだから、世の中本当に分からないものだ。
「喜んでいらっしゃるところ申し訳ないのですが、もうこんな頼みは願い下げですよ。いくら私の行き先に店があると言っても、こんな事に並ばされていてはかないません。予定を早めて朝からイの一番に並ばねばならぬこちらの都合も……って聞いてるんですか? 沖田さん!」
いや、明らかにこちらの話なんぞ聞いてはいまい。頬袋でもあるんじゃなかろうかと思ってしまうようなぷっくり笑顔で、幸せそうに大福を食べ続けている。
「大福の共食い……」
「ふぇー? はひかひひまひた?(何か言いました?)」
口に物を入れたまま喋るなと教えられなかったのだろうか。いつもの事だが、この人の上役らしからぬ態度には脱力するばかりだ。
「……いえ、もう結構です。とりあえず渡しましたからね」
まともに付き合ってなどいられない。私は呆れながら沖田さんの部屋を後にした。
後ろから「お茶! み、水…っ!」といううめき声が聞こえた気がしないでも無いけれど。
「幻聴幻聴。気のせい気のせい」
ここは壬生にある新選組の屯所。
腕自慢の荒くれ者達が集うこの場所で、私、山崎烝は監察方に所属していた。
壬生に生まれ、大坂で鍼医をしていた事からこの辺りの地理に長けており、それなりに人心掌握の心得もあるという点に新選組の幹部連中は一目置いたらしい。
現在の私は、諸士調役兼監察という役職を与えられている。
「副長、入っても宜しいですか?」
「山崎か? 入れ」
「失礼します」
部屋に入ると、副長の土方歳三は文机に向かっていた。
書いているのは会津藩への書状だろうか? まぁ私には知る必要の無い事だが。
「報告が遅ぇじゃねぇか」
「すみません。野暮用に時間を取られました」
「……また総司か」
「保護者として、ちゃんと手綱を引いておいて頂けると助かるんですけどね」
苦々しい表情でため息をつく副長を見て、先程の沖田さんの件について少しだけ気が晴れる。自分ばかりあの人の気まぐれに振り回されるのはごめんだ。
「で、どうだった?」
だがすぐに気を取り直し、副長としての顔で報告を求めてくるのは立派なものだと思う。
「やはり枡屋に間違い無いです。店主の枡屋喜右衛門は長州の間者ですね」
「そうか……何か目に見える証拠はあるか?」
「何度か大きな荷車を見かけています。荷を運びこむ際の警戒の仕方と車の沈み具合は、明らかに異常でした」
「相当な重量の物を運んでるとなれば……武器弾薬、か」
「そう捉えて間違い無いかと」
「なるほどな、ご苦労だった。あとは島田に任せよう。お前は暫く体を休めて次の命令に備えとけ」
「承知しました」
満足げに頷いた副長は、もう私の事など眼中には無いかのように奥の部屋へと視線を向け、「島田はいるか!」と叫ぶ。きっと頭の中は捕り物の算段で埋め尽くされているのだろう。
私は小さく頭を下げると、副長に背を向けて自分の部屋へと戻った。
監察方に当てがわれた部屋は、基本皆出払っている事が多い。今もここには自分しかおらず、とても静かだ。
こうなれば、自然と言葉遣いも素に戻る。
「あ~もう、キツかったぁ!」
布団も敷かずに畳に大の字になる。
「こうして体を伸ばして横になれるんは何日ぶりやろ? ほんま人使い荒いしなー」
今回の探索は、尻尾を掴むのにかなり骨が折れた。それだけに達成感はあるけれど、疲労はかなり蓄積している。
「できれば湯船に浸かりたいとこやけど、沸かす元気はないしなぁ。しゃぁない、とりあえず軽く汗だけ拭って寝よか」
欠伸をしながらも、たらいに湯を張り、手拭いを準備して再び部屋に戻る。細心の注意を払って周囲の気配を確認すると、私は帯を解いた。