時の泡沫2

 体が、熱い。
 痛くて、苦しくて、堪らない。
 誰か……助けて。

「……お」

 誰かいるの?

「……とお……」

 誰? これは誰の声?

「琴尾!」
「……っ!」

 ハッと気付くと、先程までとは違う天井がそこにあった。ぼんやりした意識の中、誰かに抱きしめられている事に気付き、ゆっくりと視界を巡らせると――。

「琴尾! ああ……気が付いたか。すげぇ魘され方をしてたから、心配しちまったぜ」
「きょく……ちょだ……り……?」
「近藤さんと合流したから今はまた副長だ。それにここには今誰もいねぇ。歳三で良い」
「としぞ……は……っ!」

 名を呼ぼうとしたが、痛みに体が硬直する。全身を襲う気怠さと熱さに、傷を見ずとも悪化しているのが分かった。

「こ……こは……?」
「京屋だ。これから船で江戸に向かうため、一旦皆京屋に移った」
「江戸……?」

 京屋とは、新選組が大坂に来た際に使っている定宿だ。それにしても江戸に向かうとは一体……?

「お前が寝ている間に色々と動いたんだよ。徳川慶喜公の采配で薩長を叩くとのお達しが出た直後、その慶喜公はこっそり江戸に御帰還だ。敵前逃亡かと思いきや、江戸で決戦のご意向だとよ」
「な……んだか……慌ただし……ですね……」

 ざっくりとした説明だったが、これは相当混乱したはずだ。
 上の者には見えている物も、下の者にはさっぱりなのはいつもの事。この怪我が無ければ、私が駆けずり回って情報を集める事が出来たのに、と悔やまれてならない。

「船に……はいつ……?」
「今日はすぐに動ける奴らばかりが先に出航した。永倉達にそっちは任せてある。明日は俺と近藤さん、そしてお前のように負傷している隊士が出航する予定だ」

 なるほど、京屋がやけに静かに感じられたのは、元気な者達が先発で出て行ったからか。静かだと思える位に、動ける者が残っていたという事実が嬉しかった。

「……うちも……乗ってええん……?」
「あったりまえだろうが! お前は新選組の隊士なんだ! 俺達の仲間なんだからよ!」
「な……かま……」

 新選組の仲間。そう言われ、くすぐったいような、泣きたくなるような感情に襲われる。思えば入隊した当時は、ただ芹沢さんの復讐をする為に利用する事しか考えていなかったのに。気が付けば、骨の髄まで新選組に染まっていた。全ての隊士が大切で、守りたい仲間。そしてそこには、私にとって唯一無二の存在もある。

「うれし……な……」

 痛みで少し引きつってしまったかもしれないけれど、私は心からの笑みを浮かべた。

「でも……無理はあか……ん……うちはもう……」

 夢幻ゆめうつつの中、聞こえていた言い争い。
 明日の船に乗せるのは、既に動けない、もしくは動けなくなる可能性の高い重傷患者と死者『以外』となっていた。その事から、京屋にて出航を待つ傷病者を診て回っていた幕軍から派遣された医者によって、私は乗船者からはずされたらしい。だが歳三さんは、その軍医にくってかかったのだ。

「こいつは新選組にとって唯一無二の医者だ! 御殿医の松本良順も認めた存在なんだよ! 先に江戸に戻ってる松本先生の所まで送り届けて当然だろうが!」

 その凄まじい剣幕に軍医が閉口していた所までは、何となく覚えている。こうして歳三さんが乗船を促す以上、許可は出たのだろう。

「傷口……見たんやろ……?」

 着物越しでもわかる、いつもとは違う肌の感覚。撃たれてからもう数日が経過しているはずだ。化膿の段階をとっくに通り越し、壊死し始めているのかもしれない。

「安心しろ。軍医にきちんと手当てをさせたからな」

 その時、歳三さんの眉間に一瞬皺が寄った。それで私は全てを察する。

「そ……か、おおきに……ごめんな……」

 多分きっと、容赦のない診断を受けているだろう。それを聞かされた歳三さんの心情を思うと、申し訳なさで一杯になった。
8/13ページ
良かった👍