時の泡沫2
そんな中やって来てしまった、運命の時。
新選組が必死に戦う中、私もすぐ側で他藩の者達の退却を指示する。彼らの退却が早ければ早い程、新選組がこの場に留まる時間も減るだろうと必死だった。だが、敵の攻撃は増えるばかりで追い詰められていく。
その時だった。
ふと感じた視線。見ると、ほとんど敵の姿がいないはずの草むらに、数人が銃を構え隠れている姿があった。その銃口の先にいるのは……。
「危ないっ!!」
私が飛び出すのと同時に、数発の弾が発射される音が響いた。
焼けつくような痛みは、以前感じた物よりも強く、数も多い。それなのに、目の前にあの人がいるというだけで不思議と怖さは無かった。
ドサリと地面に倒れ、大きな音を立てた私達は、暫く動かず様子を見る。やがて発砲音に気付いた永倉さん達が、草むらに隠れていた数人を斬り倒した為、とりあえずの危機は去った。
皆が駆け寄り、私達を心配してくれる。私が覆いかぶさる形となった局長代理も、体を起こすと私を抱き上げてくれた。
「山崎っ! お前……!」
「大丈夫……でしたか? 怪我は……?」
痛みを我慢しながら、問う。手を当てた傷口からは、じわじわと血が染み出してきているのが分かって。少しでもそれを誤魔化そうと、笑顔を見せた。
「俺はどこも怪我しちゃいねぇよ。それよりもお前は!? 無茶しやがって……」
「大丈……夫です、よ……このくらい……」
だが、局長代理は今にも泣きそうな顔をしている。
「っかやろう! 何でこんな庇い方……っ!」
「それよ……り早く……退却……を……」
脇腹に受けた二発の弾は、多分中に残っているだろう。お陰で出血は少なめだが、この感じはかなり深く刺さっている。悲しいかな、医者としての知識を持ってしまっている自分だ。傷の具合も、この先に何が待ち受けているかも、ある程度想像出来てしまうから。
――私はもう、助からない。
そう、確信してしまった。
「私の事……は置いて……行って下さい。……早く!」
こんな怪我人を連れていては、足手まといになるばかりだ。そんな事になるくらいなら、私はこのままここで朽ち果てる方が良い。そう思って言ったのだが、その場にいた誰もがそれを否定した。
「山崎を置いて行けるはずねぇだろ? 俺達は何処までも一緒だ」
「新選組には、お前一人担ぐ事もできないようなひ弱な輩はいねぇよ」
永倉さんと原田さんが、いつになく真剣な面持ちで言う。局長代理と顔を見合わせ頷くと、私は原田さんの腕に引き取られた。
「暫くこいつを預ける。絶対死なせるなよ!」
「分かってるって」
原田さんに私を預けた副長代理は、私の頬を撫でながら言った。
「すぐにまた、お前を抱きしめてやる。それまでは原田で我慢してろ」
そして踵を返し、退却を阻む敵へと向かって走り出す。
「突破口を開く! お前ら、付いて来い!」
「おう!」
遠ざかる彼の声を必死に聞き取ろうとしていた私だったが、次第に意識は遠のき――。
「無事に……」
そう言いかけた所までは、覚えている。だが気付いた時には、私は畳に横たわらされていた。
「ここ……は……?」
体を動かそうとしたが、思うように動かせない。ぼんやりとしている頭を必死に働かせると、周りからいくつもの呻き声が聞こえてくるのに気付いた。
「誰……やの……?」
天井を向いていた頭を、ゆっくりと横に向ける。するとそこには数え切れないほどの怪我人がおり、痛みと苦しみに呻いていた。
それを見て、意識が覚醒する。何とも言えない異様な昂りが、全身を駆け巡るのが分かった。一種の興奮状態なのだろうか。でも、これなら動ける。私はゆっくりと起き上がると、先ずはすぐ隣に寝ていた者の傷口を見た。その処置は荒く、傷口が膿み始めている。
「怪我人は……誰が処置を?」
今まで寝ていたはずの私が急に起き上がり、話しかけてきた事に驚いたようだったが、その男は丁寧に答えてくれた。
「医務方の者が頑張ってくれていますが、何分人手も薬も足りず、殆どの者が自分で行ったり、側にいる者とお互いを処置しています」
「そうですか……では今から私が診ます。ありったけの薬をここに用意して下さい。早く!」
私が怒鳴ると、丁度部屋に入って来た若者が慌てて薬箱を私に差し出す。それは、井上泰助だった。
「良かった! 気付かれたのですね、山崎さん。傷は痛みませんか?」
「ありがとう。私はもう大丈夫だから、怪我人の処置に当たろう」
「お願いします!」
きっと彼も訳の分からぬまま必死に手伝っていたのだろう。私が動ける事が分かり、ほっとしたらしい。その姿に私はニコリと笑いかけると、早速傷の処置に取り掛かった。
「井上くん、手伝いを頼む」
「はい!」
実際彼はよく働いてくれた。お陰で私はその場から殆ど動く事なく治療が出来、更には彼が簡単な治療を覚える事で、医務方の手が増えたのだ。
とは言え、私の傷口はもう化膿し始めている。途中厠に向かい、密かに傷口を確認したのだが、あの状況ではきちんと消毒も出来なかったのだろう。傷の具合は悪く、自分なりに一応の処置はしてみたものの、動けなくなるのも時間の問題だ。ならば一人でも多くの者を助けておこう。私はただひたすら、治療に明け暮れた。
新選組が必死に戦う中、私もすぐ側で他藩の者達の退却を指示する。彼らの退却が早ければ早い程、新選組がこの場に留まる時間も減るだろうと必死だった。だが、敵の攻撃は増えるばかりで追い詰められていく。
その時だった。
ふと感じた視線。見ると、ほとんど敵の姿がいないはずの草むらに、数人が銃を構え隠れている姿があった。その銃口の先にいるのは……。
「危ないっ!!」
私が飛び出すのと同時に、数発の弾が発射される音が響いた。
焼けつくような痛みは、以前感じた物よりも強く、数も多い。それなのに、目の前にあの人がいるというだけで不思議と怖さは無かった。
ドサリと地面に倒れ、大きな音を立てた私達は、暫く動かず様子を見る。やがて発砲音に気付いた永倉さん達が、草むらに隠れていた数人を斬り倒した為、とりあえずの危機は去った。
皆が駆け寄り、私達を心配してくれる。私が覆いかぶさる形となった局長代理も、体を起こすと私を抱き上げてくれた。
「山崎っ! お前……!」
「大丈夫……でしたか? 怪我は……?」
痛みを我慢しながら、問う。手を当てた傷口からは、じわじわと血が染み出してきているのが分かって。少しでもそれを誤魔化そうと、笑顔を見せた。
「俺はどこも怪我しちゃいねぇよ。それよりもお前は!? 無茶しやがって……」
「大丈……夫です、よ……このくらい……」
だが、局長代理は今にも泣きそうな顔をしている。
「っかやろう! 何でこんな庇い方……っ!」
「それよ……り早く……退却……を……」
脇腹に受けた二発の弾は、多分中に残っているだろう。お陰で出血は少なめだが、この感じはかなり深く刺さっている。悲しいかな、医者としての知識を持ってしまっている自分だ。傷の具合も、この先に何が待ち受けているかも、ある程度想像出来てしまうから。
――私はもう、助からない。
そう、確信してしまった。
「私の事……は置いて……行って下さい。……早く!」
こんな怪我人を連れていては、足手まといになるばかりだ。そんな事になるくらいなら、私はこのままここで朽ち果てる方が良い。そう思って言ったのだが、その場にいた誰もがそれを否定した。
「山崎を置いて行けるはずねぇだろ? 俺達は何処までも一緒だ」
「新選組には、お前一人担ぐ事もできないようなひ弱な輩はいねぇよ」
永倉さんと原田さんが、いつになく真剣な面持ちで言う。局長代理と顔を見合わせ頷くと、私は原田さんの腕に引き取られた。
「暫くこいつを預ける。絶対死なせるなよ!」
「分かってるって」
原田さんに私を預けた副長代理は、私の頬を撫でながら言った。
「すぐにまた、お前を抱きしめてやる。それまでは原田で我慢してろ」
そして踵を返し、退却を阻む敵へと向かって走り出す。
「突破口を開く! お前ら、付いて来い!」
「おう!」
遠ざかる彼の声を必死に聞き取ろうとしていた私だったが、次第に意識は遠のき――。
「無事に……」
そう言いかけた所までは、覚えている。だが気付いた時には、私は畳に横たわらされていた。
「ここ……は……?」
体を動かそうとしたが、思うように動かせない。ぼんやりとしている頭を必死に働かせると、周りからいくつもの呻き声が聞こえてくるのに気付いた。
「誰……やの……?」
天井を向いていた頭を、ゆっくりと横に向ける。するとそこには数え切れないほどの怪我人がおり、痛みと苦しみに呻いていた。
それを見て、意識が覚醒する。何とも言えない異様な昂りが、全身を駆け巡るのが分かった。一種の興奮状態なのだろうか。でも、これなら動ける。私はゆっくりと起き上がると、先ずはすぐ隣に寝ていた者の傷口を見た。その処置は荒く、傷口が膿み始めている。
「怪我人は……誰が処置を?」
今まで寝ていたはずの私が急に起き上がり、話しかけてきた事に驚いたようだったが、その男は丁寧に答えてくれた。
「医務方の者が頑張ってくれていますが、何分人手も薬も足りず、殆どの者が自分で行ったり、側にいる者とお互いを処置しています」
「そうですか……では今から私が診ます。ありったけの薬をここに用意して下さい。早く!」
私が怒鳴ると、丁度部屋に入って来た若者が慌てて薬箱を私に差し出す。それは、井上泰助だった。
「良かった! 気付かれたのですね、山崎さん。傷は痛みませんか?」
「ありがとう。私はもう大丈夫だから、怪我人の処置に当たろう」
「お願いします!」
きっと彼も訳の分からぬまま必死に手伝っていたのだろう。私が動ける事が分かり、ほっとしたらしい。その姿に私はニコリと笑いかけると、早速傷の処置に取り掛かった。
「井上くん、手伝いを頼む」
「はい!」
実際彼はよく働いてくれた。お陰で私はその場から殆ど動く事なく治療が出来、更には彼が簡単な治療を覚える事で、医務方の手が増えたのだ。
とは言え、私の傷口はもう化膿し始めている。途中厠に向かい、密かに傷口を確認したのだが、あの状況ではきちんと消毒も出来なかったのだろう。傷の具合は悪く、自分なりに一応の処置はしてみたものの、動けなくなるのも時間の問題だ。ならば一人でも多くの者を助けておこう。私はただひたすら、治療に明け暮れた。