時の泡沫2
「歳さん、このままじゃいけない。我々も退却しよう」
「くそっ! 仕方ねぇ……一旦引いて立て直す!」
さすがの局長代理も、異を唱える事は出来ない。
「私が大砲で援護する。皆を逃がしてくれ」
「だが、源さん……」
「たまには私にもかっこつけさせてくれよ。なぁに、すぐに追いかけるさ」
「源さん……分かった、頼む!」
井上さんが砲手に指示を出し、退却の援護を始めた。自らも、放棄された大砲を扱い応戦する。私も軽傷者の傷を手当てしながら、頃合いを見て退却しようと様子を伺っていると……。
「源さんっ!!」
局長代理の叫び声が聞こえた。その切羽詰まった声に慌てて振り返ると、視線の先に銃弾を受けて地面に頽れる井上さんの姿があった。
「井上さんっ!」
慌てて駆け寄り、手当てを試みようと手を伸ばす――が。
傷口を見ずとも分かってしまった、既に事切れている井上さんの体に、動けなくなった。
数発受けた弾の内の一発は、井上さんの心臓を貫いていた。多分即死だったのだろう。その表情に苦しみは無く、ひょっとしたら弾が当たった事すら気付いていなかったかもしれない。
「源さん……」
よろよろと膝を付き、井上さんの体に手を当てる局長代理の表情が一瞬くしゃりと歪んだ。だが、すぐに気を取り直したのだろう。
「これ以上被害を増やす前に退却しろ! 死者は捨て置け! 負傷者は出来る限り連れて行くんだ!」
そう叫ぶと、ぐっと歯を食いしばり、鬼の表情で敵を見つめる。
「すまねぇな、源さん……あんたの仇は必ず取ってやる!」
仲間の死を悼む暇すら与えられないこの状況に、更なる覚悟を決めたようだ。震える握り拳には、井上さんへの強い思いが感じられた。
「死者は捨て置けとは言ったが、源さんは新選組の組長だからな。敵に首を持って行かれたら晒されちまう。山崎、頼めるか?」
「もちろんです」
目を合わせて頷く。局長代理が手ずから介錯をした井上さんの御首を私が受け取ると、彼はすぐに前方へと指示を与えに走り去った。
布にくるんだ御首はずっしりと重く、本当の意味での命の重みを感じさせられて。
「……お疲れ様でした、井上さん。貴方は誠の武士でしたよ」
私はそう言って、心の中で手を合わせたのだった。
その後御首は、井上さんの甥御であり、局長の刀持ちである井上泰助が運びたいと言ってきた。弱冠十二歳の彼には重過ぎるだろうと、他の者に任せるよう言ったのだが、これだけは譲れないとの強い意志を見せられ、任せる事となる。
だがその退却の途中にも、追撃は続いた。追っ手だけなら未だしも、合流してくる新政府軍の動きは予測が出来ず。仕方なく応戦体制を取るも、旧幕軍の傷口は開くばかりだ。
しかし、「とにかく何としてでも大坂まで引くぞ。新選組は殿として戦う。そこで仕切り直しだ!」との局長代理の言葉に、新選組の者達が孤軍奮闘する。その働きは凄まじく、敵の銃撃もまるで弾の方が避けているのではと錯覚してしまう程だった。
「くそっ! 仕方ねぇ……一旦引いて立て直す!」
さすがの局長代理も、異を唱える事は出来ない。
「私が大砲で援護する。皆を逃がしてくれ」
「だが、源さん……」
「たまには私にもかっこつけさせてくれよ。なぁに、すぐに追いかけるさ」
「源さん……分かった、頼む!」
井上さんが砲手に指示を出し、退却の援護を始めた。自らも、放棄された大砲を扱い応戦する。私も軽傷者の傷を手当てしながら、頃合いを見て退却しようと様子を伺っていると……。
「源さんっ!!」
局長代理の叫び声が聞こえた。その切羽詰まった声に慌てて振り返ると、視線の先に銃弾を受けて地面に頽れる井上さんの姿があった。
「井上さんっ!」
慌てて駆け寄り、手当てを試みようと手を伸ばす――が。
傷口を見ずとも分かってしまった、既に事切れている井上さんの体に、動けなくなった。
数発受けた弾の内の一発は、井上さんの心臓を貫いていた。多分即死だったのだろう。その表情に苦しみは無く、ひょっとしたら弾が当たった事すら気付いていなかったかもしれない。
「源さん……」
よろよろと膝を付き、井上さんの体に手を当てる局長代理の表情が一瞬くしゃりと歪んだ。だが、すぐに気を取り直したのだろう。
「これ以上被害を増やす前に退却しろ! 死者は捨て置け! 負傷者は出来る限り連れて行くんだ!」
そう叫ぶと、ぐっと歯を食いしばり、鬼の表情で敵を見つめる。
「すまねぇな、源さん……あんたの仇は必ず取ってやる!」
仲間の死を悼む暇すら与えられないこの状況に、更なる覚悟を決めたようだ。震える握り拳には、井上さんへの強い思いが感じられた。
「死者は捨て置けとは言ったが、源さんは新選組の組長だからな。敵に首を持って行かれたら晒されちまう。山崎、頼めるか?」
「もちろんです」
目を合わせて頷く。局長代理が手ずから介錯をした井上さんの御首を私が受け取ると、彼はすぐに前方へと指示を与えに走り去った。
布にくるんだ御首はずっしりと重く、本当の意味での命の重みを感じさせられて。
「……お疲れ様でした、井上さん。貴方は誠の武士でしたよ」
私はそう言って、心の中で手を合わせたのだった。
その後御首は、井上さんの甥御であり、局長の刀持ちである井上泰助が運びたいと言ってきた。弱冠十二歳の彼には重過ぎるだろうと、他の者に任せるよう言ったのだが、これだけは譲れないとの強い意志を見せられ、任せる事となる。
だがその退却の途中にも、追撃は続いた。追っ手だけなら未だしも、合流してくる新政府軍の動きは予測が出来ず。仕方なく応戦体制を取るも、旧幕軍の傷口は開くばかりだ。
しかし、「とにかく何としてでも大坂まで引くぞ。新選組は殿として戦う。そこで仕切り直しだ!」との局長代理の言葉に、新選組の者達が孤軍奮闘する。その働きは凄まじく、敵の銃撃もまるで弾の方が避けているのではと錯覚してしまう程だった。