時の泡沫2

「もうお気付きの事と思いますが、新政府軍は最新式の銃火器を基本装備として訓練を受け、指揮官も知識と経験が豊富だと思われます。反面、旧幕軍はそれら全てに劣っており、中でも指揮官の経験が乏しすぎます」

 装備の数と兵の数は勝っているにも関わらず、怪我人ばかりが増えているのは、指揮官の差だと私は踏んでいた。

「接近戦に持ち込むのも難しく、このままでは被害は大きくなるばかりと思われます」
「だったら俺達が無理やりにでも白兵戦に持ち込んでやるさ。その為にこうして俺達が……」
「その考えが、旧幕軍を窮地に追いやるんです。残念ですが、刀や槍の時代はもう終わりなんですよ」

 恐らくもうこの人は気付いているはずだ。それでも未だ認めきれない物があるのだろう。私の言葉に怒りを覚えつつも、必死に抑えようとしている姿が見て取れた。

「だからと言って、すぐにどうこう出来るわけではありません。まずはただ闇雲に突っ込んでいくと言う考えを改めて頂けると、少しは被害が減るのではないかと思います」
「……そう……か……」

 局長代理は、苦虫を噛み潰した様な表情をしながら小さく頷く。

「差し出がましい事を申しました」と私は頭を下げると、永倉さん達の所に顔を出すと言って局長代理の元を離れた。
 今は一人で考える時間を作った方が良さそうだ。そう思って。
 永倉さん達は、私の姿を見るなり嬉しそうに駆け寄ってきてくれた。

「山崎! いやほんと無事で良かったぜ。お前にもしもの事があったら、土方さんが壊れちまうからな」
「一体何があったんですか?」

 心底ホッとした様な表情の永倉さんに、尋ねる。その場にいた原田さんと井上さんも、顔を見合わせ苦笑しているところを見ると、相当の事があったのだろうか。

「奉行所が炎上した時、俺らは外で戦ってただろ? で、一番門に近い場所にいた土方さんが戻ったら、既に中に入る事も出来ねぇくらいに燃え盛ってたらしくてよ」

 確かにあの時の炎上は凄まじく、火の回りも早かった。たまたま火の手が上がった場所から少し離れた場所にいた事で私は助かったのだが、実はかなりの被害を受けている。

「周りが止めるのも聞かず、火の中に突っ込んで行こうとしたんだぜ。すぐに俺達も合流して引き止めたんだけどよ、いつもの土方さんならあり得ない行動だったな」

 原田さんが苦笑いしながら言う程に、取り乱していたという事か。そんなにも心配してくれていたんだと思うと、嬉しい反面申し訳なく思った。

「とは言っても、歳さんは局長代理だからね。本人は出来る限り冷静さを保とうとはしていたから、傍目から見れば隊士を慮っての行動に見えただろう。だが私達のように、昔から彼を知っている者からすると、とんでもなく取り乱しているのが分かったんだよ」

 そう言った井上さんは、穏やかな笑みを浮かべていた。

「歳さんにとって山崎くんは、とてつもなく大きな存在のようだ。彼がこんなにも一人の女性に執着するなんて、私の記憶の中では君が初めてじゃないかな」
「そういやそうだな。どれだけ浮名を流しても、特定の女はいなかったっけ」
「ばっか左之! 余計な事言ってんじゃねぇよ。とにかく土方さんは山崎を大切に想ってるってこった」

 口々に言う彼らの表情はとても優しく、また嬉しそうにも見える。局長代理がどれだけ彼らに信頼され、大切な仲間だと思われているのかが伝わってきて、胸が熱くなった。

「それはありがたいですが、ここでの私は山崎烝ですからね。女扱いはしないで下さいよ」
「分かってるっつーの」

 私の頭をクシャクシャと撫でながら、永倉さんが言う。原田さんと井上さんも、笑顔で大きく頷いてくれた。

「お前も土方さんを支えてやってくれな。……絶対に死ぬなよ」
「はい!」

 私も、力強く頷く。何があろうとも、誰一人欠ける事無くこの戦を終わらせる事が出来ますように。そう、心から願いながら。
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