時の泡沫2
始まりは、一発の砲撃だった。
鳥羽街道を北上していた旧幕軍を、薩摩軍が塞ぐ形でしばし睨み合っていたのだが、夕刻という事もあり次第に空も暗くなり始め、痺れを切らした幕府の大目付である滝沢具挙が強行突破を敢行したのだ。
それを皮切りに薩摩軍からも一斉砲撃が開始され、両軍入り乱れての激しい戦闘が始まった。
もちろんそれは、伏見に布陣していた新選組にも伝わる。
砲撃音と立ち上る噴煙により開戦を知った我々は、すぐに伏見奉行所を開門。間近に布陣していた新政府軍に対して白兵戦を仕掛ける事となった。
「者ども、かかれ~~~っ!」
局長代理の声に、皆が一斉に駆け出す。
「皆さん、ご武運を!」
その姿を私は門の中から見送った。局長代理命令により、医務方としてここで怪我人を受け入れろとの指示だったから。
「俺も立場上、一番後ろにいるわけだしな。ここから叫べば声も届くぜ」
それは、出陣直前に言われたもの。真剣な面持ちで言った彼は、私の反論を許さなかった。
「俺の命令は局長命令と同じだ。ここは任せた!」
常に側にいる、と。生き死にを共に、と誓ったばかりだと言うのに、もうそれを違えてしまうのか。
反論は出来ずとも目で異を唱えると、彼は小さく笑みを浮かべて言った。
「お前の言いたい事は分かっている。だがこれは、俺達が生き延びる為の選択だ。お前はここにいて、俺の帰る場所を守っておいてくれ。お前がここにいれば、俺はどんな事をしてでも生き延びて帰る」
こんな風に言われてしまえば、もう何も言えない。私は、頷く事しか出来なかった。
そして今、まさに彼らを送り出したところだ。
やがて聞こえてくる、止まることを知らない砲撃音。戦う者達の叫び声。
四半刻も経たずして、ひっきりなしに運び込まれる怪我人は、その戦いの激しさを物語っている。私はその怪我を見ながら、この戦いが旧幕軍にとって不利な事を読み取っていた。
怪我人の大半は、銃によるものか、砲撃の余波からのもの。つまりは、刀による傷がほとんど無いのだ。小瀬川の戦いでも目の当たりにしてきたが、やはり新政府軍の戦い方は、今まで我々が関わってきたものとは比べ物にならないくらい、時代の先を行っている。このままではきっと……負ける。
この事を、何とか局長代理に伝えなければ。焦る気持ちを抑えながら、必死に怪我人の治療に当たっていた時だった。
ドウンッ!!
耳をつんざくような大きな音と共に、地面が激しく揺れた。
「何!?」
驚いて外に飛び出す。すると私の目に飛び込んできたのは――。
「奉行所が……」
屋根に大きな穴を開け、激しく燃え始めた奉行所の姿だった。何処からともなく飛んでくる砲弾が、更に奉行所を炎上させる。思いもよらぬ攻撃に一時は放心状態となった私だったが、頬に触れた熱風が意識を取り戻させた。
このままでは、ここにいる者達の命が危ない。
「動ける者は手を貸して! 怪我人を運び出す!」
同じく放心状態となっていた者達に声をかけ、熱風吹きすさぶ中を私は駆けずり回った。一人でも多くの者を助ける為に。この場所を任せてくれている、あの人の為に。
やがて深夜になると、淀城に向かうよう伝令が届いた。冬の寒さの中、皮肉にも燃え続ける奉行所の炎で暖を取る形となっていた我々は、急ぎ淀城へと向かう事となる。その伝令より戦況を聞いたのだが、思っていた以上に被害は甚大らしい。新選組も、抜刀して勇敢に戦ってはいたようだが、新政府軍の機銃装備の前には歯が立たなかったそうだ。
「皆どうか無事でいて……」
淀城に向かう道すがら、私は皆の無事を祈り続けた。
鳥羽街道を北上していた旧幕軍を、薩摩軍が塞ぐ形でしばし睨み合っていたのだが、夕刻という事もあり次第に空も暗くなり始め、痺れを切らした幕府の大目付である滝沢具挙が強行突破を敢行したのだ。
それを皮切りに薩摩軍からも一斉砲撃が開始され、両軍入り乱れての激しい戦闘が始まった。
もちろんそれは、伏見に布陣していた新選組にも伝わる。
砲撃音と立ち上る噴煙により開戦を知った我々は、すぐに伏見奉行所を開門。間近に布陣していた新政府軍に対して白兵戦を仕掛ける事となった。
「者ども、かかれ~~~っ!」
局長代理の声に、皆が一斉に駆け出す。
「皆さん、ご武運を!」
その姿を私は門の中から見送った。局長代理命令により、医務方としてここで怪我人を受け入れろとの指示だったから。
「俺も立場上、一番後ろにいるわけだしな。ここから叫べば声も届くぜ」
それは、出陣直前に言われたもの。真剣な面持ちで言った彼は、私の反論を許さなかった。
「俺の命令は局長命令と同じだ。ここは任せた!」
常に側にいる、と。生き死にを共に、と誓ったばかりだと言うのに、もうそれを違えてしまうのか。
反論は出来ずとも目で異を唱えると、彼は小さく笑みを浮かべて言った。
「お前の言いたい事は分かっている。だがこれは、俺達が生き延びる為の選択だ。お前はここにいて、俺の帰る場所を守っておいてくれ。お前がここにいれば、俺はどんな事をしてでも生き延びて帰る」
こんな風に言われてしまえば、もう何も言えない。私は、頷く事しか出来なかった。
そして今、まさに彼らを送り出したところだ。
やがて聞こえてくる、止まることを知らない砲撃音。戦う者達の叫び声。
四半刻も経たずして、ひっきりなしに運び込まれる怪我人は、その戦いの激しさを物語っている。私はその怪我を見ながら、この戦いが旧幕軍にとって不利な事を読み取っていた。
怪我人の大半は、銃によるものか、砲撃の余波からのもの。つまりは、刀による傷がほとんど無いのだ。小瀬川の戦いでも目の当たりにしてきたが、やはり新政府軍の戦い方は、今まで我々が関わってきたものとは比べ物にならないくらい、時代の先を行っている。このままではきっと……負ける。
この事を、何とか局長代理に伝えなければ。焦る気持ちを抑えながら、必死に怪我人の治療に当たっていた時だった。
ドウンッ!!
耳をつんざくような大きな音と共に、地面が激しく揺れた。
「何!?」
驚いて外に飛び出す。すると私の目に飛び込んできたのは――。
「奉行所が……」
屋根に大きな穴を開け、激しく燃え始めた奉行所の姿だった。何処からともなく飛んでくる砲弾が、更に奉行所を炎上させる。思いもよらぬ攻撃に一時は放心状態となった私だったが、頬に触れた熱風が意識を取り戻させた。
このままでは、ここにいる者達の命が危ない。
「動ける者は手を貸して! 怪我人を運び出す!」
同じく放心状態となっていた者達に声をかけ、熱風吹きすさぶ中を私は駆けずり回った。一人でも多くの者を助ける為に。この場所を任せてくれている、あの人の為に。
やがて深夜になると、淀城に向かうよう伝令が届いた。冬の寒さの中、皮肉にも燃え続ける奉行所の炎で暖を取る形となっていた我々は、急ぎ淀城へと向かう事となる。その伝令より戦況を聞いたのだが、思っていた以上に被害は甚大らしい。新選組も、抜刀して勇敢に戦ってはいたようだが、新政府軍の機銃装備の前には歯が立たなかったそうだ。
「皆どうか無事でいて……」
淀城に向かう道すがら、私は皆の無事を祈り続けた。