時の泡沫
日が昇り、最後の片付けを済ませた私が伏見奉行所に着いたのは、夕焼けに空が赤く染まる頃。中に入る時、もう結わえる事すら出来ないこの髪についてどう説明しようかとビクビクしていたのだが――屯所内では、そんな事など誰も気に留めない程の大事件に大わらわだった。
「局長が狙撃された!?」
それは、私が到着する少し前の事。
軍議の為に二条城に出かけていた局長が帰途の際、伏見街道にて馬上で狙撃されたという。下手人は、今朝方会った御陵衛士の面々を含む計八名。不幸中の幸いと言うべきか、肩に被弾はしたものの、落馬せずここまで戻ることが出来た。
しかし弾は貫通し、肩の骨が砕けているらしい。慌てて局長の元に向かったが、既に外科医が治療を始めていた。
すさまじい痛みがあるはずなのに、局長は気を失わず意識をしっかり保っている。それどころか私の姿を見て、「後学の為に、治療を見ておくと良い」とまで言って下さって。局長の心遣いに感謝しつつお言葉に甘え、私は助手と言う形で外科医の側に置いてもらい、必死に手技を学ぶ。それはあまりにも慌ただしい時間であった為、その時の私は報告すべき今朝の内海さん達の事も髪の事も、すっかり忘れてしまっていたのだった。
治療が終わってほっとしたのか、局長がようやく眠りに就く。撃ち抜かれた痛みだけでなく、治療の痛みにも小さく呻くのみで耐え続けた局長の精神力に、私は心から感嘆していた。
その後、外科医から傷の状態とこれからの処置、薬の説明を受ける。先生が言われるには、弾は貫通していたが、砕けた小さな骨片が肩の内部に広がっている状態の為、手術が必要だとの事だ。
だがここにはそのような治療器具も揃わず、手の施しようがない。迷った末私が提案したのは、現在大坂にいる松本先生の所での療養だった。
「……というわけで、松本先生の所に局長を搬送したく思います。如何でしょうか」
副長室に行き、経過と今後の方針について話をしていると、ようやく私の髪に気付いたらしい。驚いて目を見開きながら、副長は頷いた。
「確かにその方が色々と安心だろうな。ついでだし総司も送り込んでおくか」
「そうですね。京にいてはまた御陵衛士の襲撃を受けないとも限りません。彼らは今我々への復讐に躍起になっています」
「で、こうしてお前も襲われたってか?」
副長が、私の髪に手を伸ばす。散切り頭はさすがに恥ずかしかったが、こんなに短くなってしまった髪はもうどうする事も出来ない。
「襲われたというか、切られたというか……さすがにこの髪は頂けませんよね。頭巾でも被るか、いっそ思い切って剃髪……っ!」
髪を撫でていた手が、不意に私を抱き寄せる。
何も言わず、ただ抱きしめてくれる副長の腕はとても優しい。自分でその場を和ませようと冗談を言っていたつもりだったのに、やはり髪を失ったという事実は受け止めきれていなかったようで。
「側にいてやれなくてすまなかった。……辛かったな」
「……っ!」
こんな時にいけないとは思いながらも、私は副長の腕の中で涙したのだった。
十二月二十日。予定通り局長と沖田さんが下坂する為、朝から屯所内はバタバタしていた。
私も出発直前の診察をしようと、沖田さんの元へと向かう。不動堂村から伏見奉行所までの移動に加え、局長の怪我もあって心労の色が濃く、顔色は悪い。だが松本先生の所に行ってしまえば、もう何も心配ないと元気づけた。
「手紙には、お薬の後必ず甘い物を準備して下さいと書いておきましたからね」
「ありがとうございます。それが一番心配だったんですよ」
「……もう少し他の事も考えましょうね……」
いつものやり取りも、もうしばらくは出来ないかと思うと寂しく思えた。ひょっとしたら、二度と会えないという事もある。実の所沖田さんの病状は、それ程までに進行していた。
「私もこちらが落ち着いたらお見舞いに行きますからね。お土産はやっぱり金平糖ですか?」
「ええ、もちろん!」
青白い顔で笑みを浮かべる沖田さんの儚さに、込み上げるものを感じた私だったが、ぐっとそれを堪えると笑顔を見せた。
「では、お気をつけて。お大事になさって下さいね」
「はい。貴方も……」
その言葉を最後に、沖田さんは出発する。私は姿が見えなくなるまで屯所から皆を見送った。きっとまた、皆が笑顔で相見える日が来る事を祈りながら。
「局長が狙撃された!?」
それは、私が到着する少し前の事。
軍議の為に二条城に出かけていた局長が帰途の際、伏見街道にて馬上で狙撃されたという。下手人は、今朝方会った御陵衛士の面々を含む計八名。不幸中の幸いと言うべきか、肩に被弾はしたものの、落馬せずここまで戻ることが出来た。
しかし弾は貫通し、肩の骨が砕けているらしい。慌てて局長の元に向かったが、既に外科医が治療を始めていた。
すさまじい痛みがあるはずなのに、局長は気を失わず意識をしっかり保っている。それどころか私の姿を見て、「後学の為に、治療を見ておくと良い」とまで言って下さって。局長の心遣いに感謝しつつお言葉に甘え、私は助手と言う形で外科医の側に置いてもらい、必死に手技を学ぶ。それはあまりにも慌ただしい時間であった為、その時の私は報告すべき今朝の内海さん達の事も髪の事も、すっかり忘れてしまっていたのだった。
治療が終わってほっとしたのか、局長がようやく眠りに就く。撃ち抜かれた痛みだけでなく、治療の痛みにも小さく呻くのみで耐え続けた局長の精神力に、私は心から感嘆していた。
その後、外科医から傷の状態とこれからの処置、薬の説明を受ける。先生が言われるには、弾は貫通していたが、砕けた小さな骨片が肩の内部に広がっている状態の為、手術が必要だとの事だ。
だがここにはそのような治療器具も揃わず、手の施しようがない。迷った末私が提案したのは、現在大坂にいる松本先生の所での療養だった。
「……というわけで、松本先生の所に局長を搬送したく思います。如何でしょうか」
副長室に行き、経過と今後の方針について話をしていると、ようやく私の髪に気付いたらしい。驚いて目を見開きながら、副長は頷いた。
「確かにその方が色々と安心だろうな。ついでだし総司も送り込んでおくか」
「そうですね。京にいてはまた御陵衛士の襲撃を受けないとも限りません。彼らは今我々への復讐に躍起になっています」
「で、こうしてお前も襲われたってか?」
副長が、私の髪に手を伸ばす。散切り頭はさすがに恥ずかしかったが、こんなに短くなってしまった髪はもうどうする事も出来ない。
「襲われたというか、切られたというか……さすがにこの髪は頂けませんよね。頭巾でも被るか、いっそ思い切って剃髪……っ!」
髪を撫でていた手が、不意に私を抱き寄せる。
何も言わず、ただ抱きしめてくれる副長の腕はとても優しい。自分でその場を和ませようと冗談を言っていたつもりだったのに、やはり髪を失ったという事実は受け止めきれていなかったようで。
「側にいてやれなくてすまなかった。……辛かったな」
「……っ!」
こんな時にいけないとは思いながらも、私は副長の腕の中で涙したのだった。
十二月二十日。予定通り局長と沖田さんが下坂する為、朝から屯所内はバタバタしていた。
私も出発直前の診察をしようと、沖田さんの元へと向かう。不動堂村から伏見奉行所までの移動に加え、局長の怪我もあって心労の色が濃く、顔色は悪い。だが松本先生の所に行ってしまえば、もう何も心配ないと元気づけた。
「手紙には、お薬の後必ず甘い物を準備して下さいと書いておきましたからね」
「ありがとうございます。それが一番心配だったんですよ」
「……もう少し他の事も考えましょうね……」
いつものやり取りも、もうしばらくは出来ないかと思うと寂しく思えた。ひょっとしたら、二度と会えないという事もある。実の所沖田さんの病状は、それ程までに進行していた。
「私もこちらが落ち着いたらお見舞いに行きますからね。お土産はやっぱり金平糖ですか?」
「ええ、もちろん!」
青白い顔で笑みを浮かべる沖田さんの儚さに、込み上げるものを感じた私だったが、ぐっとそれを堪えると笑顔を見せた。
「では、お気をつけて。お大事になさって下さいね」
「はい。貴方も……」
その言葉を最後に、沖田さんは出発する。私は姿が見えなくなるまで屯所から皆を見送った。きっとまた、皆が笑顔で相見える日が来る事を祈りながら。
