時の泡沫

 その副長だが、今は大阪城周辺にいるはずだ。
 二条城にて新選組の名に戻った後、慶喜公を大阪城まで護衛する事になったという話までは伝え聞いている。その後に関しての情報は、今この段階では届いていなかった。
 次の報告は早馬によって翌十四日に届けられる。だがそれは正直、届いて欲しくなかった報告だった。

「現在新選組は、永井様に従い大坂天満宮に着陣。この後伏見奉行所周辺を鎮撫せよとの命により、不動堂村のこの屯所を引き払えとの事です」
「はぁ~~~!?」

 ガランとしている屯所内に、私の声が響き渡る。報告の為に真っ先に戻った吉村さんに、思わず私は詰め寄った。

「屯所を引き払えって……未だここに来て半年ですよね? いつまでに移転しろと?」
「副長が言われるには、十六日」
「そんな無茶な……!」

 吉村さんの話では、大坂から急いで局長達も戻っている最中のようだが、それにしても急すぎる。今残っている人数で、どれだけ荷物をまとめられるだろう。

「で、この移転の算段をつけるのは……?」
「もちろん山崎さん御指名です」
「……ですよねぇ……」

 がっくりと肩を落とす私に、吉村さんも同情してくれてはいるようだ。

「それだけ山崎さんが信頼されているという事ですよ。頑張って下さい」
「そう言うなら、吉村さんも手伝って下さいよ」
「あ、私は未だ監察の仕事が残っていますので」
「……裏切り者……」

 じゃ、そういう事で! と逃げるように屯所を出ていく吉村さんを、私は恨みがましい目で見送った。

「吉村さん、人格変わってはるやん」

 ぼそりと呟いてはみたが、誰一人同意してくれる者がいないのは少々寂しい。とは言え、決まってしまった事は仕方がないと大きくため息を吐いた私は、屯所に残っている隊士を集めて仔細を伝え、少しでも早く荷物をまとめられるよう屯所内を駈けずり回った。
 そしていよいよ、十六日の移転当日。
 寝る間を惜しんで荷物をまとめ、半ば屍のようになった隊士達が迎えたのは、これまた休む間もなく駆け戻ってきたボロボロの隊士達。

「今敵に襲撃されたら、確実に新選組を潰せるな……」

と思わずにはいられない程に疲れ切った面々に発破をかけ、最後の気力を振り絞り、何とか大まかに荷物を運び出す事が出来た。
 途中お孝さんが気を利かせて握り飯の差し入れをしてくれなかったら、屍の山が出来ていたかもしれない。さすがは局長の選んだ女性。私は心からお孝さんに感謝した。

 ちなみにそのお孝さんはというと、同時に妾宅も引き払わなければならない為、局長が既に転居先を手配していたそうだ。どうやら吉村さんが、私に移転の話をしたその足で転居先に挨拶に行っていたらしい。局長のお孝さんへの思いの強さと、吉村さんの行動力に、複雑な思いを抱きながらも感心してしまった。
 そして、沖田さん。
 もちろん彼も伏見へと床を移した。本当ならあまり無理をさせたくは無かったのだが、今回ばかりは致し方ない。真っ先に沖田さんの部屋を一つ作りに行き、安静を保てる環境を作っておいた。今頃はきっと、移動に疲れて寝ている事だろう。
 そんな私は、未だ運び出し切れていない小物や、最後の掃除の為にこれから数日不動堂村に留まる事となっていた。皆を送り出し、数人の隊士と共に片付けを続けはしたが、翌十七日の夜になっても全ては片付かず。ひとまず隊士達は伏見奉行所に向かわせ、この日の夜は私一人が不動堂村に残った。

「さすがに疲れた……」

 誰もいなくなった事を確認し、大広間に大の字に寝転ぶ。人っ子一人いないこの場所は、静かでとても寂しい。残されているのはほぼ捨てる物ばかりとなり、生活感も失われた。

「こんなにええ屯所やったのに、勿体ないこっちゃ」

 ゴロリと俯せに転がり、頬杖をついて庭を眺める。今夜も月は明るく、庭が一望できそうな程だ。

「初めてここに来た日も、こんな風に明るかってやな……」

 ふとあの日の事を思い出し、気恥ずかしさと同時に懐かしさを覚える。
 あれから未だ、半年だ。そのたった半年の間に、たくさんの命が失われ、時代も大きく動いていった。そしてきっとこれからも、更に時代は加速していくのだろう。伏見への移転は、真の意味で新選組が時代を追い続ける為の第一歩になるはずだ。何故か、そんな気がしていた。
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