このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

時の泡沫

 実際それは急務だった。
 あの永井様ですら坂本殺しの下手人を新選組だと疑っており、果ては油小路の一件もあって、新選組解体の話すら出ているという。何としてでも汚名をすすぎ、手柄を立てねばやがて新選組は無くなってしまうかもしれない。焦りと不安の中、私は必死に京の町を駆けずり回り、情報をかき集めた。

 数日かけてようやくまずは海援隊の動きが分かり始め、紀州藩へと注意喚起を進言する。すると会津藩を通じて新選組へと正式に警護の要請が来た。
 早速その日から、山口さんや大石さん等隊士計七人を警護に送り込む。
 警護の対象は、紀州藩士三浦休太郎。場所は油小路沿いの旅籠、天満屋。少し南に下れば、藤堂さん達が絶命したあの場所だ。

「同じ通りだと言うのに、前回は命を奪い、今回は命を救う……か」

 山口さん達を送り出す際何の皮肉かと、私は苦笑いを漏らさずにはいられなかった。そして我々の読み通り、海援隊と陸援隊が動く。

 十二月七日。十六名もの輩が天満屋を襲撃してきたのだ。人数が倍以上の相手に苦戦を強いられはしたものの、何とか三浦さんを守る事は出来た。だがこの戦いで新選組は隊士を二名失い、負傷者四名、三浦さんも頬に傷を受けてしまう。
 天満屋襲撃の一報に、加勢すべく私も数人の隊士を引き連れて紀州藩と合流しながら現場へと向かったが、着いた時には既に戦いは終わっていた。そこからは医務方として怪我人の治療にあたったが、重傷である平隊士の梅戸さんはどうやら山口さんを庇って傷を受けたらしい。珍しく山口さんが蒼白な顔で私の所に駆け寄り、真っ先に治療してくれと頼んできた。幸いな事に重傷ではあったが命に別状は無く、それを伝えるとホッとした表情を見せる。それは、いつもは無表情な山口さんの新たな一面を見た瞬間だった。



 時を置かずして、我々は大きな苦境に立たされる。
 十二月九日。王政復古の大号令が発せられたのだ。要は、大政奉還では何も変わらなかった徳川の存在を、この機会に一掃しようというわけで。この発令をきっかけに、朝廷による天皇中心の国家への復帰が宣言された。
 それだけでも大事なのだが、我々新選組にとってはもっと大きな問題が起きていた。

「新選組を廃止する!?」

 局長室に集められた幹部達が、驚きの声を上げる。私もそれを聞いた時は、まさかこんな形で新選組が無くなる事になるとは、と空いた口が塞がらなかった。
 王政復古が宣言された事により、幕府は消滅。必然的に京都守護職と所司代はお役御免となる。その為、京都守護職お預かりの新選組も廃止という流れになったらしい。

「だが廃止と言っても、消滅するというわけでは無いんだ。我々は今後、新設される『新遊撃隊』の組下となる。正式には『新遊撃隊御雇』だ。中心は見廻組となっている」
「って事は、俺達は佐々木只三郎の手下になれってか? 冗談じゃねぇよ」

 局長の説明を受けて、真っ先に噛み付いたのは永倉さんだった。

「俺達は何の為に今まで新選組として命を張って来たんだよ。大した手柄も立てず、ただ身分が上というだけでのさばってるような輩の下になんて、つけるはずねぇだろうが!」

 永倉さんの言葉に、他の者達も追随して『そうだそうだ』と騒ぎ出す。皆よほど腹に据えかねたのだろう。暫くの間、局長が静止を促しても聞こえない程にざわついていた。
 そんな様子を珍しく静かに見守っていた副長だったが、ある一言をきっかけに立ち上がる。

「こうなったら王政復古を唱えた者達を、新選組が倒して撤回させようじゃないか!」
「馬鹿野郎!」

 それは、身が竦む程に強い恫喝。その証拠に、今までの喧騒がピタリと止まった。

「それこそ奴らの思う壺だって事が分からねぇのか? 奴らの狙いは、俺達を挑発して戦いを仕掛けさせる事だ。奴らは今朝廷を味方につけてる状態なんだぞ。俺達が戦いを仕掛ければ、それは朝敵としてみなされちまうって事を理解しろ」

 副長が幹部の者達を睨むように見渡す。だが、誰一人納得できないと言った表情だ。

「だからって、見廻組の下ってのは……」
「我々の身分を考えると、こればかりはどうしようもない。すまんが耐えてくれ」

 皆の気持ちが分かっている為、局長が申し訳なさそうに頭を下げる。口々に不満を訴えていた者達も、局長に頭を下げられてしまっては、それ以上何も言えない。

「これは全て、徳川慶喜公直々のご命令との事。思うところはあろうが堪えてくれ」

 再び頭を下げて言う局長に、皆は複雑な表情を見せながらも頷くしかなかった。そしてこの瞬間より我々新選組は『新遊撃隊御雇』として、京の町を警護する任務に勤しむ事となる。

 ところが、だ。
 そこは流石の新選組。このまま黙って言われるがままのはずもなく。

「『新遊撃隊御雇』の名前を返上?」

 続いていた咳を思わず忘れ、沖田さんが叫んだ。
 朝食後の検診の為、妾宅に来て真っ先に聞かれたのがこの話題。何てったって屯所の中は今、少ない人数しかいないにも関わらず異様な盛り上がりを見せている。道を挟んだこの妾宅にも騒ぐ声が聞こえていたた為、何があったのか沖田さんも気になって仕方なかったらしい。

「確か命が下って未だ数日でしたよね?」
「私も聞いて驚きましたよ。何か問題でも起こして、返上させられたって話かと思ったら……」

 それは昨夜、十二月十二日の深夜から十三日未明にかけて起きた出来事。
 新選組改め新遊撃隊御雇は、徳川慶喜公が大坂に下っている間の二条城の留守を任されることとなった。私は別の任務に着いていた為後から聞いた話なのだが、実際詰めてみると内容に様々な食い違いがあった上、水戸藩と争いを起こしてしまったという。
 その時の口論の中から、結局は全てにおいて『身分』を基準とし、これまで実際に命を賭けて幕府の屋台骨を支えてきた『新選組』を正当に評価しようという考えは存在しないという事に気付いたのだという。
 それならば、今後は自分達の力で、自分達の信じる道を突き進む方が良いではないか。

 同じ徳川を守るでも、身分に縛られるのではなく、自分達の意志で動くなら命も惜しまず戦える。そう思った局長は、その場でその思いを公言したらしい。

「我々は『新遊撃隊御雇』を返上し、『新選組』に戻らせて頂きたい」

と。勿論そこにいた隊士は全ての者が賛同したという。その勢いで上に掛け合い、再び『新選組』を名乗る事を許されたそうだ。

「局長もかなり思い切ったことをなさいますよね。下手をすると、身分の剥奪だってありえたはずです。副長も側にいたはずなんですが、止めなかったんでしょうか」

 往診箱を片付けながら私が言うと、沖田さんは笑いながらこう答えた。

「土方さんが止めるはずないじゃないですか。新選組を名乗りたいのは、誰よりあの人でしょうし。そもそも土方さんは以前から、身分にばかりこだわる佐々木さんを毛嫌いしてますからね。佐々木さんの下に付くと聞いた時は、屈辱だったと思いますよ」

 なるほど、言われてみれば納得だ。やはり沖田さんは、副長と言う人間をよく分かっていると思う。

「じゃあ今頃はきっと、ざまぁみろと高笑いしているかもしれませんね」
「然もありなん、ですよ」

 二人で目を合わせて吹き出すと、私は天井を見上げて副長に思いを馳せた。
94/98ページ
良かった👍