時の泡沫
「ん……」
ぼんやりと目が覚める。未だ瞼は重く、疲労感は全くと言っていい程抜けてはいない。だが不思議な温かさに包まれているのに気付き、無理やり目を開けるとーー。
「歳三はん……?」
私を抱きかかえるようにして寝ている歳三さんが、そこにいた。
「起きたか?」
私が起きるのを待っていたのか、微笑みながらそう言うと、優しく口付けてくる。角度を変えて何度も啄まれている内に、少しずつ意識がはっきりしてきた。
「何でここにいてはるん? ひょっとしてうち、寝過ごしてしもた!?」
慌てて窓を見るが、未だ外は明るい。ホッと胸を撫で下ろすと、歳三さんはさもおかしそうに笑っていた。
「んな慌てる事ねぇよ。俺も少しばかり時間が出来たからな。ゆっくりすりゃ良いさ」
「もう、驚かさんとって」
ちょっぴりむくれながらそう言って体を起こそうとすると、歳三さんに引き戻され、強く抱き締められた。
「ん……ちょっと、苦しいんやけど」
抱き締めるのを通り越して、締め上げられているんじゃと思しき強さの腕にジタバタするが、その力は緩まない。
「……心配しんでも、逃げたりはしまへんのえ。ほんまどないしはったん?」
思い当たる節があり過ぎて検討も付かない今、本人の答えを待つしかない。苦しいのを我慢しておとなしくすると、歳三さんがフッと小さく息を吐いた。
「すまねぇ……少しの間で良い。こうしていてくれ」
私を抱きしめたまま、でも力は抜いた状態で歳三さんが言う。ああ、温もりが欲しかったんだと悟った私は、思わず笑ってしまった。
「ほんま歳三はんは甘えたやな。でもこれは違うんとちゃいます?」
「別に俺は……っつーか、何が違うんだ?」
「分からへんの? こういう時は、こう、やろ?」
するりと歳三さんの腕から抜け出した私は、歳三さんの頭に腕を回した。耳が心臓の位置に当たるようにしてそっと抱きしめ、頭を撫でる。
「赤子が抱っこやおんぶをせがむんは、母親の心臓の音が聞こえると安心するからなんやて。お腹ん中からずっと聞いてる音やし、それが一番の子守歌なんやろな」
「……俺は赤子じゃねぇっつーの」
「そやったかいな? とりあえず目ぇ瞑って耳を澄ましてみぃな。絶対落ち着くえ」
そこまで言って喋るのを止め、私も目を瞑る。
歳三さんの耳にも、届いているだろうか。こうして触れているだけで、いつもよりほんの少し速くなっている私の鼓動が。いつだって貴方を想っているという、私の心が。
「……どうや? 心地ええ音やったやろ?」
しばしの沈黙の後、私は尋ねた。静かに目を瞑っていた歳三さんが、ゆっくりと目を開けて私を見る。その表情はとても柔らかく、少しは何かが変わったのでは、という希望を持たせた。
ところが、だ。
「そうだな、心地良かった。……柔らかくて」
「……はぁ!?」
前言撤回。何も変わってはいないようだ。わざとらしく胸に耳を押し当ててくる副長の頭を叩いて突き放すと、頬を膨らませてプルプルと睨み付ける。
そんな私を笑いながら見た歳三さんは、私の膨らんだ頬を突きながら言った。
「ありがとよ」
「ひゅ?」
突然の言葉に驚いたと同時に、歳三さんの指が私の頬の空気を抜いた為、間抜けな声になってしまう。
「ぷっ……何だ今の、ひゅ? お前……くくくっ……」
「そやかて歳三はんが……くすくすっ」
「あははははっ」
二人して思い切り笑った。お腹を抱えて腹の底から。涙を浮かべてしまう程に。
まるで子供のように転がり笑った私達は、誰が見てもきっと良い顔をしているだろう。
「平助も村山も、伊東さん達だって皆自分の全てを賭けて戦い、華々しく散って逝ったんだ。未だ生きてる俺達はこれから更に一花、二花咲かせていかなきゃな」
そう言った歳三さんの顔は、とても生き生きと輝いていた。願わくば私もずっとその傍らに寄り添い、戦い続けたい。
「うちも一緒に花を咲かせてみせますえ」
「おうよ、あったりめぇだろ? 最初からお前は頭数に入ってるっての」
ニヤリと笑い、歳三さんが私を抱き寄せる。
「お前がいてこその花だからな。ってなわけで、まずは今ここで一花咲かせてみるか」
「……は?」
「安心しろ。外泊許可は今出したからな」
「……あんたはんはここに何しに来たんやっ!」
再び腹を抱えて笑う歳三さんに顔を真っ赤にして怒りながらも、本当は分かっていた。歳三さんの中に燻っている不安と焦り、そして恐怖に。
それらを打ち消そうと、今最も自分を曝け出せる相手に自分を選んでくれた事を私は幸せに思い、誇りに思ったのだった。
ぼんやりと目が覚める。未だ瞼は重く、疲労感は全くと言っていい程抜けてはいない。だが不思議な温かさに包まれているのに気付き、無理やり目を開けるとーー。
「歳三はん……?」
私を抱きかかえるようにして寝ている歳三さんが、そこにいた。
「起きたか?」
私が起きるのを待っていたのか、微笑みながらそう言うと、優しく口付けてくる。角度を変えて何度も啄まれている内に、少しずつ意識がはっきりしてきた。
「何でここにいてはるん? ひょっとしてうち、寝過ごしてしもた!?」
慌てて窓を見るが、未だ外は明るい。ホッと胸を撫で下ろすと、歳三さんはさもおかしそうに笑っていた。
「んな慌てる事ねぇよ。俺も少しばかり時間が出来たからな。ゆっくりすりゃ良いさ」
「もう、驚かさんとって」
ちょっぴりむくれながらそう言って体を起こそうとすると、歳三さんに引き戻され、強く抱き締められた。
「ん……ちょっと、苦しいんやけど」
抱き締めるのを通り越して、締め上げられているんじゃと思しき強さの腕にジタバタするが、その力は緩まない。
「……心配しんでも、逃げたりはしまへんのえ。ほんまどないしはったん?」
思い当たる節があり過ぎて検討も付かない今、本人の答えを待つしかない。苦しいのを我慢しておとなしくすると、歳三さんがフッと小さく息を吐いた。
「すまねぇ……少しの間で良い。こうしていてくれ」
私を抱きしめたまま、でも力は抜いた状態で歳三さんが言う。ああ、温もりが欲しかったんだと悟った私は、思わず笑ってしまった。
「ほんま歳三はんは甘えたやな。でもこれは違うんとちゃいます?」
「別に俺は……っつーか、何が違うんだ?」
「分からへんの? こういう時は、こう、やろ?」
するりと歳三さんの腕から抜け出した私は、歳三さんの頭に腕を回した。耳が心臓の位置に当たるようにしてそっと抱きしめ、頭を撫でる。
「赤子が抱っこやおんぶをせがむんは、母親の心臓の音が聞こえると安心するからなんやて。お腹ん中からずっと聞いてる音やし、それが一番の子守歌なんやろな」
「……俺は赤子じゃねぇっつーの」
「そやったかいな? とりあえず目ぇ瞑って耳を澄ましてみぃな。絶対落ち着くえ」
そこまで言って喋るのを止め、私も目を瞑る。
歳三さんの耳にも、届いているだろうか。こうして触れているだけで、いつもよりほんの少し速くなっている私の鼓動が。いつだって貴方を想っているという、私の心が。
「……どうや? 心地ええ音やったやろ?」
しばしの沈黙の後、私は尋ねた。静かに目を瞑っていた歳三さんが、ゆっくりと目を開けて私を見る。その表情はとても柔らかく、少しは何かが変わったのでは、という希望を持たせた。
ところが、だ。
「そうだな、心地良かった。……柔らかくて」
「……はぁ!?」
前言撤回。何も変わってはいないようだ。わざとらしく胸に耳を押し当ててくる副長の頭を叩いて突き放すと、頬を膨らませてプルプルと睨み付ける。
そんな私を笑いながら見た歳三さんは、私の膨らんだ頬を突きながら言った。
「ありがとよ」
「ひゅ?」
突然の言葉に驚いたと同時に、歳三さんの指が私の頬の空気を抜いた為、間抜けな声になってしまう。
「ぷっ……何だ今の、ひゅ? お前……くくくっ……」
「そやかて歳三はんが……くすくすっ」
「あははははっ」
二人して思い切り笑った。お腹を抱えて腹の底から。涙を浮かべてしまう程に。
まるで子供のように転がり笑った私達は、誰が見てもきっと良い顔をしているだろう。
「平助も村山も、伊東さん達だって皆自分の全てを賭けて戦い、華々しく散って逝ったんだ。未だ生きてる俺達はこれから更に一花、二花咲かせていかなきゃな」
そう言った歳三さんの顔は、とても生き生きと輝いていた。願わくば私もずっとその傍らに寄り添い、戦い続けたい。
「うちも一緒に花を咲かせてみせますえ」
「おうよ、あったりめぇだろ? 最初からお前は頭数に入ってるっての」
ニヤリと笑い、歳三さんが私を抱き寄せる。
「お前がいてこその花だからな。ってなわけで、まずは今ここで一花咲かせてみるか」
「……は?」
「安心しろ。外泊許可は今出したからな」
「……あんたはんはここに何しに来たんやっ!」
再び腹を抱えて笑う歳三さんに顔を真っ赤にして怒りながらも、本当は分かっていた。歳三さんの中に燻っている不安と焦り、そして恐怖に。
それらを打ち消そうと、今最も自分を曝け出せる相手に自分を選んでくれた事を私は幸せに思い、誇りに思ったのだった。