時の泡沫
予定通り、妾宅にて伊東さんを迎えた局長と副長は、三人で酒を飲みながらお互いの持論を唱えていた。酒の力もあってか、伊東さんはいつも以上に饒舌で、敵ながら感心する事も多かったようだ。
更には今回の坂本暗殺の件も話したと言う。伊東さんは最初から、新選組の犯行説に半信半疑だったらしい。落ちていた刀の鞘に関しては、自分が断言したわけでは無いと言い訳をしていたそうだ。
そして少々呂律が回らなくなり始めた頃合いを見計らって、お開きとなる。さりげなく帰る道順を促し、油小路に差し掛かった所で伊東さんを暗殺。絶命に至らしめた。
その後伊東さんの遺骸を放置したまま、御陵衛士に暗殺の情報を流して待ち伏せる。やって来たのはわずかに七名。内、藤堂さんを含む三名を討ち取ったという。
「平助は逃がすつもりで俺達の方に引き付けたんだが……逃げなかったんだよ、あいつ」
「逃げなかった?」
原田さんが悔しそうに言った言葉を、私は理解出来なかった。首を傾げる私に、苦しみを吐き出すようなため息を吐きながら、永倉さんが説明をしてくれる。
「戦いの最中、服部が叫んだんだ」
――藤堂!貴様こうなる事を分かってて伊東さんを一人で行かせたんだな! 一人は危ないと皆が言うのに、近藤達は約束を違えないと伊東さんを説得し、ここに来る際の武装も反対して……やはり貴様は新選組の間者だったのか!
「その言葉を聞きながら、平助は笑ってた。俺と刀を交えながら言うんだぜ。」
――俺、今でも新選組の仲間でいられてるかなぁ?
「ってよ。俺がどんなに逃げろと言っても、何でか笑顔で刀を向けて来やがるんだ。左之が道を開けても、わざわざ乱戦してる所に突っ込んで行って……」
思い切り畳を拳で殴りつけながら、永倉さんは言った。
「御陵衛士の中で、真っ先に逝っちまった……」
「……っ!」
これでようやく理解した、あの時藤堂さんが言った『幸せになってね』の意味。やはり藤堂さんは、命を捨てる気だったのだ。自らの命を懸けて、新選組を守ろうとしていたのだ。
「藤堂さん……」
思わず涙が溢れそうになった。だがその時目の端に映った副長の顔を見て、堪える。下唇を噛み、必死に自分を抑えようとしている副長の前で、私が泣くわけにはいかない。
「それで、藤堂さんの遺体はどちらに?」
ならばせめて、丁重に埋葬できれば。そう思って言ったのだが、どうやら私の言葉は呼び起こしてしまったらしい。
「そのまま放置してある。残りの御陵衛士をおびき出す餌として、な」
『鬼の副長』という、冷酷無比な男の顔を。
「餌って……そうでなくとも手練れの者ばかりが討ち取られているというのに、またノコノコと姿を現すとは到底思えません」
今回討ち取った三人の内、藤堂さんはもちろんだが、服部さんがかなりの手練れだった。先程通りすがりに平隊士から聞いた話では、負傷者の大部分が服部さんの手によるものだとも聞いている。それほどまでの者が討ち取られているのだ。例えかなりの武装をしてきたとしても、新選組に敵うものではないだろう。
「敵とは言え、遺体をそのまま放置し続けるのは頂けません。町の者達にも覚えが悪く、新選組の評判を落とし兼ねないかと」
「はん、評判なんざ今更だろうが」
私の意見を鼻で笑い、受け流した副長は言った。
「新選組に盾突くとどうなるか、広く知らしめる良い機会だ。御陵衛士の奴らが取りに来るまでそのまま置いておけ。これは命令だ!」
表情の無い冷たい目で私を見る副長に、私は小さくため息を吐く。今まで私がどれだけ深く副長を見続けて来たか、分かっているはずなのに。どんなに隠そうとしていても、私にはその瞳の奥にある感情が見えてしまう。
「分かったな?」
やがて返事をしない私に焦れたのか、更に念押ししてくる副長に私も感情を殺して答えた。
「……承知しました」
と。
私の答えを確認すると、表情を凍らせたままの副長が皆に向かって語り出した。
「御陵衛士の連中に関しては、間違いなく新選組を恨んで何らかの行動を起こすだろう。彼らは土佐や薩長とも繋がりを持っているし、坂本と中岡の暗殺の件を利用して結託する可能性もある」
何か一つ事が起こる毎にその恨みを受けている新選組は、現在かなり厳しい状況にあると考えるべきだろう。新選組という組織に所属しているだけで、いつ後ろから刺されてもおかしくないという事を理解しておかねば、いくら命があっても足りない。
「組下の全ての者に、注意喚起しておけ。どんなに新入隊士を増やしても、育つ間もなく斬られて終いじゃ意味がねぇからな」
「承知」
永倉さんと原田さんが、未だ微妙な面持ちではあったが頷いた。藤堂さんの事は気にかかるが、自分の立場と言う物を分かっているのだろう。
「あとは、近藤さんの警護を今まで以上に強固にしておけ。俺が御陵衛士の者だったら、一日でも早く近藤さんを屠りたいと思うだろうしな」
それにも皆が頷くと、満足したのか副長は話を終える。局長も、今夜は疲れただろうからゆっくり休めという一言を残して部屋に戻った為、我々はここで解散となった。
その後私は副長に村山さんの事を伝え、早朝に遺体を引き取りに行く手配をした。村山さん殺害までの経緯を聞いた副長は、「そうか」と一言言ったきり、あとは口を噤んだままで。この一晩で受けた衝撃の大きさを物語っているその姿に、私もまた胸を痛めたのだった。
更には今回の坂本暗殺の件も話したと言う。伊東さんは最初から、新選組の犯行説に半信半疑だったらしい。落ちていた刀の鞘に関しては、自分が断言したわけでは無いと言い訳をしていたそうだ。
そして少々呂律が回らなくなり始めた頃合いを見計らって、お開きとなる。さりげなく帰る道順を促し、油小路に差し掛かった所で伊東さんを暗殺。絶命に至らしめた。
その後伊東さんの遺骸を放置したまま、御陵衛士に暗殺の情報を流して待ち伏せる。やって来たのはわずかに七名。内、藤堂さんを含む三名を討ち取ったという。
「平助は逃がすつもりで俺達の方に引き付けたんだが……逃げなかったんだよ、あいつ」
「逃げなかった?」
原田さんが悔しそうに言った言葉を、私は理解出来なかった。首を傾げる私に、苦しみを吐き出すようなため息を吐きながら、永倉さんが説明をしてくれる。
「戦いの最中、服部が叫んだんだ」
――藤堂!貴様こうなる事を分かってて伊東さんを一人で行かせたんだな! 一人は危ないと皆が言うのに、近藤達は約束を違えないと伊東さんを説得し、ここに来る際の武装も反対して……やはり貴様は新選組の間者だったのか!
「その言葉を聞きながら、平助は笑ってた。俺と刀を交えながら言うんだぜ。」
――俺、今でも新選組の仲間でいられてるかなぁ?
「ってよ。俺がどんなに逃げろと言っても、何でか笑顔で刀を向けて来やがるんだ。左之が道を開けても、わざわざ乱戦してる所に突っ込んで行って……」
思い切り畳を拳で殴りつけながら、永倉さんは言った。
「御陵衛士の中で、真っ先に逝っちまった……」
「……っ!」
これでようやく理解した、あの時藤堂さんが言った『幸せになってね』の意味。やはり藤堂さんは、命を捨てる気だったのだ。自らの命を懸けて、新選組を守ろうとしていたのだ。
「藤堂さん……」
思わず涙が溢れそうになった。だがその時目の端に映った副長の顔を見て、堪える。下唇を噛み、必死に自分を抑えようとしている副長の前で、私が泣くわけにはいかない。
「それで、藤堂さんの遺体はどちらに?」
ならばせめて、丁重に埋葬できれば。そう思って言ったのだが、どうやら私の言葉は呼び起こしてしまったらしい。
「そのまま放置してある。残りの御陵衛士をおびき出す餌として、な」
『鬼の副長』という、冷酷無比な男の顔を。
「餌って……そうでなくとも手練れの者ばかりが討ち取られているというのに、またノコノコと姿を現すとは到底思えません」
今回討ち取った三人の内、藤堂さんはもちろんだが、服部さんがかなりの手練れだった。先程通りすがりに平隊士から聞いた話では、負傷者の大部分が服部さんの手によるものだとも聞いている。それほどまでの者が討ち取られているのだ。例えかなりの武装をしてきたとしても、新選組に敵うものではないだろう。
「敵とは言え、遺体をそのまま放置し続けるのは頂けません。町の者達にも覚えが悪く、新選組の評判を落とし兼ねないかと」
「はん、評判なんざ今更だろうが」
私の意見を鼻で笑い、受け流した副長は言った。
「新選組に盾突くとどうなるか、広く知らしめる良い機会だ。御陵衛士の奴らが取りに来るまでそのまま置いておけ。これは命令だ!」
表情の無い冷たい目で私を見る副長に、私は小さくため息を吐く。今まで私がどれだけ深く副長を見続けて来たか、分かっているはずなのに。どんなに隠そうとしていても、私にはその瞳の奥にある感情が見えてしまう。
「分かったな?」
やがて返事をしない私に焦れたのか、更に念押ししてくる副長に私も感情を殺して答えた。
「……承知しました」
と。
私の答えを確認すると、表情を凍らせたままの副長が皆に向かって語り出した。
「御陵衛士の連中に関しては、間違いなく新選組を恨んで何らかの行動を起こすだろう。彼らは土佐や薩長とも繋がりを持っているし、坂本と中岡の暗殺の件を利用して結託する可能性もある」
何か一つ事が起こる毎にその恨みを受けている新選組は、現在かなり厳しい状況にあると考えるべきだろう。新選組という組織に所属しているだけで、いつ後ろから刺されてもおかしくないという事を理解しておかねば、いくら命があっても足りない。
「組下の全ての者に、注意喚起しておけ。どんなに新入隊士を増やしても、育つ間もなく斬られて終いじゃ意味がねぇからな」
「承知」
永倉さんと原田さんが、未だ微妙な面持ちではあったが頷いた。藤堂さんの事は気にかかるが、自分の立場と言う物を分かっているのだろう。
「あとは、近藤さんの警護を今まで以上に強固にしておけ。俺が御陵衛士の者だったら、一日でも早く近藤さんを屠りたいと思うだろうしな」
それにも皆が頷くと、満足したのか副長は話を終える。局長も、今夜は疲れただろうからゆっくり休めという一言を残して部屋に戻った為、我々はここで解散となった。
その後私は副長に村山さんの事を伝え、早朝に遺体を引き取りに行く手配をした。村山さん殺害までの経緯を聞いた副長は、「そうか」と一言言ったきり、あとは口を噤んだままで。この一晩で受けた衝撃の大きさを物語っているその姿に、私もまた胸を痛めたのだった。