期待なんてしない(銀土)
それは、本当に成り行きだった。
フラフラと当てもなく街を歩いていたら土方がいて。何とはなしに声をかけようとしたら、突如現れた刺客に先を越された。
仕方なく助太刀してやったら、何故か土方に文句を言われ。そのまま喧嘩になるかと思いきや、今にも泣き出しそうな顔を見せられた。
慌てて土方の腕を掴み、人気の少ない道へと引っ張り込む。周りに顔が見えないよう抱きかかえてやると、土方は素直に応じて俺の腕に収まりーー。
今に至るというわけだ。
「こいつは一体どういう状況なんだろねェ」
しばらく様子を見ていたが、身動ぎもせず俺の腕の中にいる土方に困った俺が呟く。すると土方の手が、ゆっくり俺の背に回された。と同時にチリ、と焼けるような痛みが背中を走る。
「バカが……」
一瞬俺の体が痛みで硬直したからだろう。腕の中の土方が、くぐもった声で言った。
「ハァ!? 誰が馬鹿だって?」
「テメェに決まってんだろーが」
「……ッ」
再びチリ、と背中を走った痛み。その原因が何なのか、俺には最初から分かっている。
「俺をかばって、こんな傷作りやがって……」
顔を上げ、俺を睨んだ土方の口元は小さく震えていた。
「テメェなんざにかばわれなきゃなんねーほど、俺は軟弱じゃねェんだよ!」
怒りに任せて怒鳴りながらも、俺の傷口を撫でる手の優しさに戸惑う。
「別に軟弱だなんて思ってねーよ。単なる偶然。成り行きだっつーの」
「成り行きだろうが何だろうが、傷を負うような事してんじゃねーよ!」
「分かったから、傷口触んないでくんない? 痛いんだけど」
「うるせーよ!」
「……土方?」
いつもとは違う反応の土方に、ますますわけが分からない。しかも今度は傷口を避けて俺にしがみついてきたわけで。もう完全にお手上げだった。
「なァ……なんかあったのか? お前らしくねーぞ」
よほど何かを溜め込んでいるのか、口元どころか全身が震えていることに気付いた俺は、土方の背中をポンポンと叩く。
「とりあえず俺の傷は大した事ねーから。何なら消毒してくんない? 自分じゃ手当しにくい場所だしな」
俺が言うと、これには素直に頷いた。
「んじゃ、頼むわ」
土方を離して上半身を晒せば、常備している救急セットを取り出した土方が黙々と手当をする。手際よく傷口の処置を終えた土方は、背中越しに言った。
「もう、傷を増やすんじゃねーぞ」
その声音は、胸が締め付けられるほどに切ないもので、思わず心臓が跳ねる。まさかと思いながらも、ゆっくりと振り向いて見た土方の瞳は潤んでいた。
「土方……」
名を呼びはしたものの、続く言葉が見つからない。だが一つだけはっきりしているのは、これ以上コイツにこんな顔をさせちゃァいけねェって事だ。
「肝に銘じておくわ。でも……お前もな」
土方の頬にうっすらと浮かぶ筋を、指でなぞる。そもそも俺が下手を打ったのは、刺客の刀が土方の頬を掠めたのを見て激昂し、我を失ったから。
それが何故なのかなんて、土方は気付いちゃいねェだろうけどよ。
バカにされたと思ったのか、土方の顔がカァッと赤くなる。そんな土方を見て、こみ上げるものを必死に抑え込んだ俺は、「んじゃ、帰るわ」と踵を返した。
きっとこのまま側にいたら、全てをブチまけちまう。
「お疲れさーん」
手をヒラヒラと振りながら歩み去る俺を、土方は止めようとはしない。角を曲がってお互いの姿が完全に姿が見えなくなると、当たり前のようにヤツの気配も遠退いて行った。
「別に期待なんて……してねーよ」
そう呟いた俺の心に、チクリと痛みが走る。それは背中の傷など比べ物にならないほどに、鋭く深く感じられた。
〜了〜
フラフラと当てもなく街を歩いていたら土方がいて。何とはなしに声をかけようとしたら、突如現れた刺客に先を越された。
仕方なく助太刀してやったら、何故か土方に文句を言われ。そのまま喧嘩になるかと思いきや、今にも泣き出しそうな顔を見せられた。
慌てて土方の腕を掴み、人気の少ない道へと引っ張り込む。周りに顔が見えないよう抱きかかえてやると、土方は素直に応じて俺の腕に収まりーー。
今に至るというわけだ。
「こいつは一体どういう状況なんだろねェ」
しばらく様子を見ていたが、身動ぎもせず俺の腕の中にいる土方に困った俺が呟く。すると土方の手が、ゆっくり俺の背に回された。と同時にチリ、と焼けるような痛みが背中を走る。
「バカが……」
一瞬俺の体が痛みで硬直したからだろう。腕の中の土方が、くぐもった声で言った。
「ハァ!? 誰が馬鹿だって?」
「テメェに決まってんだろーが」
「……ッ」
再びチリ、と背中を走った痛み。その原因が何なのか、俺には最初から分かっている。
「俺をかばって、こんな傷作りやがって……」
顔を上げ、俺を睨んだ土方の口元は小さく震えていた。
「テメェなんざにかばわれなきゃなんねーほど、俺は軟弱じゃねェんだよ!」
怒りに任せて怒鳴りながらも、俺の傷口を撫でる手の優しさに戸惑う。
「別に軟弱だなんて思ってねーよ。単なる偶然。成り行きだっつーの」
「成り行きだろうが何だろうが、傷を負うような事してんじゃねーよ!」
「分かったから、傷口触んないでくんない? 痛いんだけど」
「うるせーよ!」
「……土方?」
いつもとは違う反応の土方に、ますますわけが分からない。しかも今度は傷口を避けて俺にしがみついてきたわけで。もう完全にお手上げだった。
「なァ……なんかあったのか? お前らしくねーぞ」
よほど何かを溜め込んでいるのか、口元どころか全身が震えていることに気付いた俺は、土方の背中をポンポンと叩く。
「とりあえず俺の傷は大した事ねーから。何なら消毒してくんない? 自分じゃ手当しにくい場所だしな」
俺が言うと、これには素直に頷いた。
「んじゃ、頼むわ」
土方を離して上半身を晒せば、常備している救急セットを取り出した土方が黙々と手当をする。手際よく傷口の処置を終えた土方は、背中越しに言った。
「もう、傷を増やすんじゃねーぞ」
その声音は、胸が締め付けられるほどに切ないもので、思わず心臓が跳ねる。まさかと思いながらも、ゆっくりと振り向いて見た土方の瞳は潤んでいた。
「土方……」
名を呼びはしたものの、続く言葉が見つからない。だが一つだけはっきりしているのは、これ以上コイツにこんな顔をさせちゃァいけねェって事だ。
「肝に銘じておくわ。でも……お前もな」
土方の頬にうっすらと浮かぶ筋を、指でなぞる。そもそも俺が下手を打ったのは、刺客の刀が土方の頬を掠めたのを見て激昂し、我を失ったから。
それが何故なのかなんて、土方は気付いちゃいねェだろうけどよ。
バカにされたと思ったのか、土方の顔がカァッと赤くなる。そんな土方を見て、こみ上げるものを必死に抑え込んだ俺は、「んじゃ、帰るわ」と踵を返した。
きっとこのまま側にいたら、全てをブチまけちまう。
「お疲れさーん」
手をヒラヒラと振りながら歩み去る俺を、土方は止めようとはしない。角を曲がってお互いの姿が完全に姿が見えなくなると、当たり前のようにヤツの気配も遠退いて行った。
「別に期待なんて……してねーよ」
そう呟いた俺の心に、チクリと痛みが走る。それは背中の傷など比べ物にならないほどに、鋭く深く感じられた。
〜了〜
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