それは魔法(土銀)

『世の中には、名を呼ぶ事で魔法をかけられる人間がいる』

 そう松陽先生に聞かされた事があったのを思い出したのは、土方と二人きりになって名を呼ばれた時だった。

「銀時」

 優しく紡がれた俺の名は、耳から心へと伝わり、思わず泣きそうになる。

「どうした? 銀時」

 新八、神楽、バァさんや他の奴らにも、幾度と無く呼ばれている名の筈なのに。どうしてコイツに呼ばれると、こんなにも切なさを覚えてしまうのか。

「……何でもねーよ」

 見つめられて恥ずかしくなり、フイと目をそらす。一瞬視界の端に映った土方の顔は、傷付いているように見えた。

「こっち向けよ」
「嫌だ」
「俺を見ろ」
「だからイヤ……」
「銀時」

 再び紡がれた俺の名は、氷のように冷たい。
 本気で怒らせたか!? と焦って土方に視線を戻せば、ニヤリと意地悪く笑った顔があった。

「ビクつくくらいなら、最初からこっち向いてろっての」
「……うるせェ」

 吐息を感じる間も無く重ねられた唇は、俺の全身に甘い痺れを与える。これなら魔法をかけられるわけだと、妙に納得出来た。

「お前ってば実は、ホグ○ーツとかを卒業したクチ?」
「は? 何言ってんだ?」

 呆れたように言う土方を見てふと思う。俺もこの魔法を使えるのだろうかと。

「なァひじ……十四郎」
「は……?」

 いつもは苗字でしか呼ばぬ俺が、初めて下の名を呼ぶ。その瞬間、土方は顔を真っ赤にして固まってしまった。

「とーしろー」

 もう一度名を呼びながら顔を覗き込めば、慌てて視線を逸らす。

「な、何だよいきなり」
「こっち向けよ」
「んな必要ねーだろ」
「銀さんの事、見てくんないの?」
「見なきゃいけねー理由でもあんのかよ」
「……十四郎」

 少し怒りながら呼ぶと、顔を真っ赤にしながら困ったように俺を見る土方。立場が逆転したかと思うとおかしくて、思わず笑いながら俺は言った。

「効果あり、か」

 そう言えば先生は、こうも言ってたよな。

『ただしその魔法はお互いが、たった一人の大切な相手に巡り会った時にしか、効かないんですよ』

 あの時は、意味が分からなかったけれど。

「俺たち二人とも、お互いだけの魔法使いってわけだ」
「あん? さっきから一体何だっつーんだよ」
「別にィ。……十四郎って良い名前だなと思っただけ」
「ぜってェ違う事考えてただろ」
「んな事ねェよ。俺はお前の事しか……」
「だったら良い」

 未だ顔は赤いままだが、小さく上がった口の端は土方の心を表していて。

「魔法だろうが科学だろうが、何でも良いさ」

 そう言った土方は、俺の頬に手を当てた。

「てめェが俺だけを見てるならな。……愛してるぜ、銀時」 

 重ねられた唇が、とても心地良い。そして勿論、その唇から紡がれた俺の名前も。
 嬉しくて、自然と頬が緩んでしまう。

ーー今自分が感じている物が伝われば……。

 そう願いながら、俺は愛しい者の名を呼んだ。

「俺もだよ。……十四郎」

〜了〜
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