君が大人になる日まで(銀新)【完結】
空が赤く染まり、そろそろ星の瞬きが見えてきそうな頃。
「帰ったぞー」
銀時が引き戸を開け、万事屋に入る。
いつもなら声を聞きつけた子供たちが玄関まで迎えに来てくれるのだが……何故か今日は誰の姿も見えなかった。
「新八、神楽、いねェのか?」
静まり返った廊下を歩いて奥の部屋へと進むと、部屋は薄暗く誰かが居る気配もない。
「ったく、こんな時間までお子ちゃまたちがどこ行ってんだ。お父さんはそんな不良を育てた覚えはありませんよ!」
わざとらしく大きなため息を吐く銀時だが、その顔はどこか寂しげだ。
以前は当たり前のように一人で暮らしていたこの場所で、誰かが自分を迎えてくれるようになってからどのくらい経つだろう。
それが当たり前になってしまっていた事に気付かされ、複雑な感情を抱きながら銀時は後頭部を掻く。
「さすがに暗ェな。電気点けるか」
こんな動作すらも前回はいつだったか覚えていないくらいに、誰かが側にいたのだなと思いながらスイッチに手をかけた時、ふと何かが聞こえた気がした。
「……誰かいるのか?」
神経を尖らせて気配を探る。その音は、社長椅子の辺りから聞こえているようだった。
電気は点けずに警戒しながら回り込み、その正体を確認すると――。
「どうしてこうなった?」
思わず銀時が呆れたように言う。その視線の先には、社長椅子に突っ伏すようにして眠る新八の姿があった。
「何やってんだか」
とりあえず起こしてみるかと、顔を覗き込みながら頬を突く。
「おーい、新八くーん。こんなトコで寝てたら風邪ひきますよォ」
耳元で囁いてみたが、「うーん」と唸りはするものの目を覚ます気配のない新八。
「新八! 生きてるかっ!」とふざけて本体のメガネを動かしてみても同じ反応ということは、よほど眠りが深いのだろう。
「参ったなァ、このまま放っておくわけにもいかねェし、ソファにでも連れてってやっか」
出来る限り衝撃を与えないようにと気を配りながら、新八を両腕で抱き上げる。年だけで言えば一回り下の子供だと思っていたが、こうして腕の中で眠る新八はずっしりと重く、大人と遜色は無かった。
「どうせ姫抱っこするなら、銀さん的には可愛いお姉ちゃんの方が嬉しいんですけど」
そんな事を言いながらも銀時の表情は優しい。大切な物を扱うように新八を運ぶとソファに寝かせ、自らもソファの端に腰を下ろした。
運んでいる時にずれてしまった眼鏡をそっと外してやると、元々童顔の新八だが更に幼さが際立つ。
「可愛い顔して寝てんな」
クスリと笑った銀時は、新八の頬にかかる髪をそっと指で流してやった。
むず痒かったのかほんの少し眉をしかめたが、すぐにまた穏やかな寝顔に戻る。
そんな新八を見つめながら、銀時は呟いた。
「こうして見りゃまだまだケツの青いガキだってのに、いっちょ前の面していつも俺の側にいるから……」
大人として情けないとは思いながらもつい、その存在を求めてしまう。
一緒に笑ってバカやって、背中を預けて戦って。追い詰められ、諦めてしまいそうになった時も、新八の真っ直ぐな瞳が背中を押してくれた。
それが銀時にとって、どれほど心強かったか。
「大切にしてェよなァ」
押し入れから毛布を取り出してかけてやると、今度は気持ち良さそうな顔を見せる新八。眠りながらも表情豊かなのがおかしくて、思わず笑みがこぼれた。
「だから俺はお前を……」
ゆっくりと新八に顔を近付ける。規則正しい寝息を肌に感じてしばし迷った銀時だったが、クッと顔を逸らしてため息を吐くと、新八の額に口付けた。その代わりに指で新八の唇をなぞりながら言う。
「……早く大人になれよ、新八」
自分の想いを伝えるには未だ、新八が幼過ぎると思ったのだろうか。愛おしい者を見る眼差しでありながら、その表情は苦しそうにも見えた。
「それまでは、良い保護者でいてやるさ」
唇から指を放して優しくポンポンと新八の頭を叩いた銀時は、ソファから立ち上がる。そして窓の外と時計を確認して言った。
「暫く起きそうにねェし、今夜はこのままお泊りコースかね。お妙に連絡しといてやっか。まァ神楽も喜ぶだろ。ってーか神楽の奴、こんな時間まで一体どこほっつき歩いてやがんだよ……」
様子を見に行くつもりか、ぶつぶつと言いながら玄関に向かう銀時。
やがてその姿が見えなくなると、眠っていたはずの新八の手が静かに動いた。額に手を当てた新八の顔は、見事に真っ赤になっている。
「そろそろ銀さんが帰る頃だから、驚かそうと思って隠れてる内に寝ちゃってたみたいだけど……今のって……」
意識が浮上したのは、銀時の唇が額に触れる直前だった。
一瞬何が起こったのか分からなかったが、額に触れた唇と自らの唇をなぞる銀時の指からは、言葉に出来ない程の切ない想いが伝わって来ていて。だからこそ何も言えず、ただ寝たふりをしている事しかできなかった。
銀時の姿が見えなくなっても、先ほどから続いている早鐘のような鼓動は静まらない。
「大人になれって言ってたけど……銀さんの言う大人ってどこからを言うんだろう。僕が大人になったら、銀さんは……」
先を想像してしまっている自分に驚きながらも、それを待ち望んでいる事は間違いない。この時まで知らなかった、自分自身の想いにまでも気付いてしまった新八は、恥ずかしさに身悶えした。
「早く……大人にならなくちゃ」
真っ赤な顔を毛布で隠しながら新八が言う。
その声はとても小さい物でありながら、強い意志と決意が込められているようだった。
~了~
「帰ったぞー」
銀時が引き戸を開け、万事屋に入る。
いつもなら声を聞きつけた子供たちが玄関まで迎えに来てくれるのだが……何故か今日は誰の姿も見えなかった。
「新八、神楽、いねェのか?」
静まり返った廊下を歩いて奥の部屋へと進むと、部屋は薄暗く誰かが居る気配もない。
「ったく、こんな時間までお子ちゃまたちがどこ行ってんだ。お父さんはそんな不良を育てた覚えはありませんよ!」
わざとらしく大きなため息を吐く銀時だが、その顔はどこか寂しげだ。
以前は当たり前のように一人で暮らしていたこの場所で、誰かが自分を迎えてくれるようになってからどのくらい経つだろう。
それが当たり前になってしまっていた事に気付かされ、複雑な感情を抱きながら銀時は後頭部を掻く。
「さすがに暗ェな。電気点けるか」
こんな動作すらも前回はいつだったか覚えていないくらいに、誰かが側にいたのだなと思いながらスイッチに手をかけた時、ふと何かが聞こえた気がした。
「……誰かいるのか?」
神経を尖らせて気配を探る。その音は、社長椅子の辺りから聞こえているようだった。
電気は点けずに警戒しながら回り込み、その正体を確認すると――。
「どうしてこうなった?」
思わず銀時が呆れたように言う。その視線の先には、社長椅子に突っ伏すようにして眠る新八の姿があった。
「何やってんだか」
とりあえず起こしてみるかと、顔を覗き込みながら頬を突く。
「おーい、新八くーん。こんなトコで寝てたら風邪ひきますよォ」
耳元で囁いてみたが、「うーん」と唸りはするものの目を覚ます気配のない新八。
「新八! 生きてるかっ!」とふざけて本体のメガネを動かしてみても同じ反応ということは、よほど眠りが深いのだろう。
「参ったなァ、このまま放っておくわけにもいかねェし、ソファにでも連れてってやっか」
出来る限り衝撃を与えないようにと気を配りながら、新八を両腕で抱き上げる。年だけで言えば一回り下の子供だと思っていたが、こうして腕の中で眠る新八はずっしりと重く、大人と遜色は無かった。
「どうせ姫抱っこするなら、銀さん的には可愛いお姉ちゃんの方が嬉しいんですけど」
そんな事を言いながらも銀時の表情は優しい。大切な物を扱うように新八を運ぶとソファに寝かせ、自らもソファの端に腰を下ろした。
運んでいる時にずれてしまった眼鏡をそっと外してやると、元々童顔の新八だが更に幼さが際立つ。
「可愛い顔して寝てんな」
クスリと笑った銀時は、新八の頬にかかる髪をそっと指で流してやった。
むず痒かったのかほんの少し眉をしかめたが、すぐにまた穏やかな寝顔に戻る。
そんな新八を見つめながら、銀時は呟いた。
「こうして見りゃまだまだケツの青いガキだってのに、いっちょ前の面していつも俺の側にいるから……」
大人として情けないとは思いながらもつい、その存在を求めてしまう。
一緒に笑ってバカやって、背中を預けて戦って。追い詰められ、諦めてしまいそうになった時も、新八の真っ直ぐな瞳が背中を押してくれた。
それが銀時にとって、どれほど心強かったか。
「大切にしてェよなァ」
押し入れから毛布を取り出してかけてやると、今度は気持ち良さそうな顔を見せる新八。眠りながらも表情豊かなのがおかしくて、思わず笑みがこぼれた。
「だから俺はお前を……」
ゆっくりと新八に顔を近付ける。規則正しい寝息を肌に感じてしばし迷った銀時だったが、クッと顔を逸らしてため息を吐くと、新八の額に口付けた。その代わりに指で新八の唇をなぞりながら言う。
「……早く大人になれよ、新八」
自分の想いを伝えるには未だ、新八が幼過ぎると思ったのだろうか。愛おしい者を見る眼差しでありながら、その表情は苦しそうにも見えた。
「それまでは、良い保護者でいてやるさ」
唇から指を放して優しくポンポンと新八の頭を叩いた銀時は、ソファから立ち上がる。そして窓の外と時計を確認して言った。
「暫く起きそうにねェし、今夜はこのままお泊りコースかね。お妙に連絡しといてやっか。まァ神楽も喜ぶだろ。ってーか神楽の奴、こんな時間まで一体どこほっつき歩いてやがんだよ……」
様子を見に行くつもりか、ぶつぶつと言いながら玄関に向かう銀時。
やがてその姿が見えなくなると、眠っていたはずの新八の手が静かに動いた。額に手を当てた新八の顔は、見事に真っ赤になっている。
「そろそろ銀さんが帰る頃だから、驚かそうと思って隠れてる内に寝ちゃってたみたいだけど……今のって……」
意識が浮上したのは、銀時の唇が額に触れる直前だった。
一瞬何が起こったのか分からなかったが、額に触れた唇と自らの唇をなぞる銀時の指からは、言葉に出来ない程の切ない想いが伝わって来ていて。だからこそ何も言えず、ただ寝たふりをしている事しかできなかった。
銀時の姿が見えなくなっても、先ほどから続いている早鐘のような鼓動は静まらない。
「大人になれって言ってたけど……銀さんの言う大人ってどこからを言うんだろう。僕が大人になったら、銀さんは……」
先を想像してしまっている自分に驚きながらも、それを待ち望んでいる事は間違いない。この時まで知らなかった、自分自身の想いにまでも気付いてしまった新八は、恥ずかしさに身悶えした。
「早く……大人にならなくちゃ」
真っ赤な顔を毛布で隠しながら新八が言う。
その声はとても小さい物でありながら、強い意志と決意が込められているようだった。
~了~
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