今日の営業先は、スナックお登勢。
　注文内容の確認も兼ねて、私はお登勢さんと話をしていた。

「そろそろこの町にも慣れたかい？」
「はい、おかげさまで」
「そうかい」

　お登勢さんは、見てくれは少し怖そうだけれど、実は人情にとても厚い人だ。私の関わった数々のお店からも、お登勢さんの評判は聞いていた。

「気にかけて下さってありがとうございます」
「別に特別な事をしているわけじゃないさ」

　ごく自然と袖に手を入れ、タバコを取り出したお登勢さんだが、思い出したように再びタバコを袖の中にしまう。きっと、以前私がタバコの煙でむせた事を思い出したのだろう。

「すみません」

　私のせいで我慢をさせてしまったことが申し訳なくて、頭を下げた。すると後ろから、間延びした声が聞こえてくる。

「気にすんなって。ババアが禁煙する良いきっかけなるんじゃねェの？」
「ーー坂田さん！」

　振り向くとそこには、坂田さんが立っていた。

「銀ちゃんで良いっつったろ？」
「あ……ごめんなさい」
「別に俺ァ、謝って欲しいわけじゃねェよ」

　少し困ったような顔をして言う坂田さんに、どう接して良いか分からずオロオロしてしまう。そんな私の為に助け舟を出してくれたのは、お登勢さんだ。

「呼び方なんざ、自然に慣れていくもんさ。それより銀時。アンタは何しにここに来たんだい？」
「んなもん答えは一つだろ。腹減ったんだけど、何かねェ？」
「馬鹿言ってんじゃないよ。家賃を払ってない奴に食わせる飯なんて、これっぽっちも無いね」
「どうせ客なんて来ねェんだ。仕込みのモンが腐る前に、俺が食ってやるよ」
「煽ったところで無駄さ。どうしても食いたきゃ、優花里を店まで送るくらいの事はしてみせな！」

　そう言ってお登勢さんは坂田さんを怒鳴りつけると、勢いで何故か私まで一緒に店から追い出されてしまった。
　仕事の話は済んだものの、怒涛の展開について行けず呆然としていると、坂田さんが言う。

「店まで送るわ」

　私の返事を待つことなく、坂田さんは私の職場に向かって歩き出した。慌ててその背中を追えば、坂田さんがゆっくりと振り向く。

「ババアの奴、相変わらず食えねェな」

　そう言った彼の表情は、とても複雑そうだった。