初出勤から5日が経ち、ようやく訪れた週末。
　まずは1週間頑張った自分へのご褒美にと、ずっとやってみたかった仕事帰りの一杯にチャレンジしてみた。

「実家暮らしじゃなかなか出来ないもんね」

　不動産屋からもらっていた『かぶき町マップ』を見ながら歩いていると、お客の数は少ないながらも雰囲気の良さそうな店を見つけた。

「今夜はここにしてみよう」

　初めての経験にドキドキしながら暖簾をくぐり、カウンターに向かう。女1人のお客は珍しいのか、注目を浴びている事は分かったけれど、ここを乗り越えなきゃ今後やってはいけない。そう思った私は、思い切ってカウンターの中のオヤジさんに言った。

「レモンサワーください」
「はいよ。お嬢ちゃん、最近表通りの米屋で働き始めた子だろ？」
「え？　そうですけど、何でご存知なんですか？」
「かぶき町ってのはそういう町なんだよ。あァ、ツマミは適当に見繕っちまって良いかい？　苦手な食材があれば言っといてくれよ」
「辛過ぎなければ何でも……」
「んじゃ、待ってな」

　そう言われて1分も経たない内に、手際よく準備されたレモンサワーと突き出しがカウンターに置かれる。

「いただきます」

　それらはとても美味しくて、私はすっかりドキドキしていた事を忘れていた。
　そんな私を見て、オヤジさんが言う。

「作ったものをそのまま美味しく食べてくれるってのは嬉しいねェ。誰かさんもこんな風に食べてくれりゃァ良いんだけどよォ」
「客の好みにケチつけてんじゃねぇよ」

　不意に聞こえた声は、カウンターの隅で飲んでいた黒い着流しの男性。よく見れば、彼の席には大きなマヨネーズが置かれている。しかも私の前に置かれた物と同じ突き出しには、とぐろを巻いたマヨネーズがかけられており、私の度肝を抜いた。