第3章 接触

「着きましたえ。ここですわ」

 八木に付いて来た蘭だったが、辿り着いた場所を見て頬が引き攣る。

「何の因果だ? これは……」

 今蘭の目の前にあるのは、燦然と輝く『新選組』の文字。
 頭をクラクラさせながら玄関まで行くと、中から隊士と思しき若者が数人出てくる。八木の知り合いと思われたのか、皆がとても丁寧に頭を下げながらすれ違って行った。

「賑やかでっしゃろ? ここはわての屋敷であると同時に、会津藩お預かりの新選組の屯所でもありますんや。ああ、ちょっとここで待っとくれやす」

 八木が屋敷の中へと入って行く。すると再び数人の若者が今度は慌ただしく、挨拶もそこそこに飛び出して行った。

「すんまへんな。先程の怪しい者達の事を伝えましてん。新選組は仕事が早うて助かりますわ」

 にこにこと八木が手招きをする。蘭がそれに素直に従うと、中の間へと通された。

「お恥ずかしい話どすが、他の部屋が汚れてますよって、ここでお待ちいただけますやろか」
「分かった」

 別に蘭にとって、汚れなど気にすることではない。むしろこの屋敷は、自分の塒から比べれば綺麗過ぎる程だ。屯所として使われていながら、それなりに手入れを欠かしていないのだろう。部屋を見渡しながら、蘭は素直に感心していた。

「お待っとさんどす」

 やがて戻ってきた八木が蘭の目の前に置いたのは、一分金が四枚(10万円前後)。

「先ほどお尋ねしましたら、心ばかりで良いと言うてはりましたが……わても相場が分からんので、こちらでいかがですやろか?」
「随分多いな。こんなに良いのか?」
「ほんまはもっとお出ししたいところなんえ。七人もの賊から守って頂いたんやし、受け取って貰えますやろか」
「では、ありがたく」

 蘭はそれを受け取ると、もう用は済んだとばかりに立ち上がった。

「私はこれで」
「あの……っ」

 八木が声をかけようとしたが振り向こうともせず、そそくさと慌てたように玄関で草履を履く。そして顔を上げた時。

「あ~~~~っ!!」

 目の前で耳をつんざくような叫び声があがり、蘭は嘆息してガクリと肩を落とした。
 叫び声の主は――平助。

「間に合わなかったか……」

 蘭が急いでいたのは、遠くに平助の声が聞こえたからだった。

「な、何でお前がここにいるんだよっ!」

 大声で騒ぐ平助に蘭は一瞥をくれると「用は済んだ。帰る」と言いながらさっさと出て行こうとする。
 しかし、だ。

「ちょっと待てよ、蘭!」

 予想通り蘭は引き止められてしまった。しかも今回は、仲間が何人もいるようだ。

「おい、そいつは誰だ?」

 ぞろぞろとやって来た男達は、平助とかなり親しいようで。蘭の見た限りでは、アクの強そうな者ばかりだ。その中にはもちろん、総司の姿もあった。

「何であんたがここにいるのさ。私と勝負しようってんなら、いつでも受けてやるけど」

 蘭を見た瞬間、前に飛び出て牙を剥く総司に、皆がギョッとした。
 次はもう少し相手をしても良いと思っていたはずの蘭だったが、こうも剥き出しに敵意を向けられると、やはり面倒くさいという気持ちが勝ってしまう。結局蘭は例の如く、何も答える事なく皆に背を向けて歩き出した。
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