第3章 接触
その日は久しぶりの雨だった。
蘭は、雨が好きではない。濡れるのはもちろんだが、傘を差していると相手の懐に手を入れるのも難しくなる。つまりは商売上がったり、というやつだ。
当座の金はあるものの、基本的にはその日暮らしの蘭だけに、雨の日は憂鬱だった。
「ったく、鬱陶しいな……」
傘を差してはいるが、穴だらけの為蘭の着物はずぶ濡れだ。かと言って、新しい物を買うだけの余裕も無い為、これもそろそろどこかで調達するか、と考えていた時――。
「あれは……」
蘭の目が鋭く光った。
視線の先には、一人の町人が歩いている。だがその周囲に、怪しい人影が複数存在していたのだ。その者達は息を潜めて隠れており、町人は気付いていないようだった。
「辻斬り、か?」
気配を消し、しばらく様子を見てみる。
すると、人影の一つがその町人に近付いて行った。その様相は深編み笠を被っており、明らかに怪しい。
「おい、貴様! 八木源之烝に相違ないな?」
「へ、へえ。おたくはんは……?」
「名乗るつもりはない。死ね!」
「ひっ!」
間髪入れずに問答無用で抜かれた刀が、悲鳴を上げて座り込んだ八木を斬るべく振り上げられた瞬間。
バシッ!
派手な音と共に、刀が吹っ飛ぶ。驚いて見ると、刀を弾き飛ばしたのは地面に落ちているボロ傘のようだった。
「一体誰が……?」
隠れていた男達がワラワラと出てくる中、悠々と八木に歩み寄ったのは――蘭。
そしてそのまま男達には一瞥もくれず、八木に手を差し伸べると言った。
「私を雇うなら助けてやるが、どうする?」
その言い様は、まるで友を遊びに誘うかのように楽しそうで。
八木は迷ったが、今はこの者に縋るしか無いと思い、手を伸ばした。
「お頼み申します」
「承知した」
蘭の手が、八木を引っ張り起こす。
「あんたは私が良いと言うまで此処を動くなよ。良いな?」
「へぇ」
八木の返事に口の端を上げると、蘭は八木を自分の後ろにして立ち、ようやく男達に視線を向けて言った。
「そんなわけで、私がお前らの相手だ。――来い」
「馬鹿が……出しゃばらなければ死なずに済んだものを」
蘭の周囲を囲むようにしながら、男達が抜刀する。
未だ明るい昼日中という事もあるのだろうが、その全ての者が深編み笠を被っており、決して顔を見られてはならないという強い意思が感じられた。この者達は例え命乞いをしたとしても、目撃者でもある蘭を決して生きて返そうとはしないだろう。
だがそこでふと気付く。
「しまった。今日は刀を差してなかったな」
こんな雨の日に刀を持ち歩けば、錆びてしまう。そう思い、今日はただ傘だけを持って出かけていた事を、蘭はすっかり忘れていた。
「ふん、丸腰で我らをどう相手するというのだ。だが今更後悔しても遅い。八木と共に冥土へ行け!」
先程八木を斬りつけようとした男はそう言うと、叩き落された刀を拾い上げ、蘭に斬りかかった。
「はぁっ!」
鋭い切っ先が蘭を襲う。だが事も無げにそれを避けた蘭は、振り下ろされた男の腕に手刀を落とすと刀を奪った。
「なっ!」
驚きで声を上げた瞬間にはもう、蘭の膝が男のみぞおちに触れていて。
「ぐぅっ!」
深く入り込んだ膝に、男は沈んだ。
蘭は、雨が好きではない。濡れるのはもちろんだが、傘を差していると相手の懐に手を入れるのも難しくなる。つまりは商売上がったり、というやつだ。
当座の金はあるものの、基本的にはその日暮らしの蘭だけに、雨の日は憂鬱だった。
「ったく、鬱陶しいな……」
傘を差してはいるが、穴だらけの為蘭の着物はずぶ濡れだ。かと言って、新しい物を買うだけの余裕も無い為、これもそろそろどこかで調達するか、と考えていた時――。
「あれは……」
蘭の目が鋭く光った。
視線の先には、一人の町人が歩いている。だがその周囲に、怪しい人影が複数存在していたのだ。その者達は息を潜めて隠れており、町人は気付いていないようだった。
「辻斬り、か?」
気配を消し、しばらく様子を見てみる。
すると、人影の一つがその町人に近付いて行った。その様相は深編み笠を被っており、明らかに怪しい。
「おい、貴様! 八木源之烝に相違ないな?」
「へ、へえ。おたくはんは……?」
「名乗るつもりはない。死ね!」
「ひっ!」
間髪入れずに問答無用で抜かれた刀が、悲鳴を上げて座り込んだ八木を斬るべく振り上げられた瞬間。
バシッ!
派手な音と共に、刀が吹っ飛ぶ。驚いて見ると、刀を弾き飛ばしたのは地面に落ちているボロ傘のようだった。
「一体誰が……?」
隠れていた男達がワラワラと出てくる中、悠々と八木に歩み寄ったのは――蘭。
そしてそのまま男達には一瞥もくれず、八木に手を差し伸べると言った。
「私を雇うなら助けてやるが、どうする?」
その言い様は、まるで友を遊びに誘うかのように楽しそうで。
八木は迷ったが、今はこの者に縋るしか無いと思い、手を伸ばした。
「お頼み申します」
「承知した」
蘭の手が、八木を引っ張り起こす。
「あんたは私が良いと言うまで此処を動くなよ。良いな?」
「へぇ」
八木の返事に口の端を上げると、蘭は八木を自分の後ろにして立ち、ようやく男達に視線を向けて言った。
「そんなわけで、私がお前らの相手だ。――来い」
「馬鹿が……出しゃばらなければ死なずに済んだものを」
蘭の周囲を囲むようにしながら、男達が抜刀する。
未だ明るい昼日中という事もあるのだろうが、その全ての者が深編み笠を被っており、決して顔を見られてはならないという強い意思が感じられた。この者達は例え命乞いをしたとしても、目撃者でもある蘭を決して生きて返そうとはしないだろう。
だがそこでふと気付く。
「しまった。今日は刀を差してなかったな」
こんな雨の日に刀を持ち歩けば、錆びてしまう。そう思い、今日はただ傘だけを持って出かけていた事を、蘭はすっかり忘れていた。
「ふん、丸腰で我らをどう相手するというのだ。だが今更後悔しても遅い。八木と共に冥土へ行け!」
先程八木を斬りつけようとした男はそう言うと、叩き落された刀を拾い上げ、蘭に斬りかかった。
「はぁっ!」
鋭い切っ先が蘭を襲う。だが事も無げにそれを避けた蘭は、振り下ろされた男の腕に手刀を落とすと刀を奪った。
「なっ!」
驚きで声を上げた瞬間にはもう、蘭の膝が男のみぞおちに触れていて。
「ぐぅっ!」
深く入り込んだ膝に、男は沈んだ。