第2章 興味
「おい、ちょっと待てよ! こっちが刀を構えてるってのに背中を見せるのか?」
普通の神経ならあり得ない態度に、平助の方が慌ててしまう。以前会った時もそうだったが、蘭の存在は平助たちに戸惑いを与えるばかりだ。
「別に私の勝手だろう。背中だろうが腹だろうが、見せた所で変わりないさ」
「何か総司が怒る気持ち、すっげー分かるな……馬鹿にすんなよっ!」
さすがの平助も、蘭の態度に業を煮やしたらしい。持ち前の機敏性を発揮し、蘭に向かって斬りつけた。
斜めに振り下された刀は、ヒュンッと鋭い音を立てて空を斬る。つまりはそこに、獲物を捕らえた音は無かった。
「くそっ!」
一瞬で刀の軌道を読んだのだろう。蘭は全く後ろを振り向くことなく、更には最小限の動きで平助の刀を避けていた。
「お前……何者なんだよっ! 流派は? ただのスリじゃねぇよな!?」
そのまま背を向けて歩いて行く蘭に、平助が叫ぶ。その問いに、蘭はようやく振り向きながら面倒くさそうに答えた。
「私の名は、蘭。流派なんて物は無い」
「蘭……」
決して忘れぬよう、平助はその名を呼んだ。
「蘭! 流派が無いなら何でお前はそんなに強いんだよ! なぁ、蘭!」
「うるさい」
再び歩き出した蘭は、もう用が無いとばかりに平助の言葉を無視して歩いていく。咄嗟に追いかけようとした平助だったが、一瞬放たれた蘭の殺気に思わず足がすくみ、動けなくなってしまった。
門まで回ってようやく走ってきた総司がやって来た時にはもう、蘭の姿は完全に消えていて。
「平助、あいつは?」
「ごめん。また逃げられた」
「くそっ! 毎度毎度私達を馬鹿にして……次は絶対捕まえてやる!」
一戦も交えず逃がした事に苛立ち、拳を握りしめる総司を見ながら平助は言った。
「あいつ、本当に何者なんだろう? 蘭って名前だけは聞けたけどさ。流派は無いらしいよ。」
「蘭? 女みたいな名前だな。流派が無いって事は、我流って事か? 何にしてもあれだけの手練れ、調べれば誰か知ってるかもしれないよね。名前が分かっただけでもめっけものだ」
二人にとって、今までに会った事も無いような強さと謎を秘めた蘭の存在は、とてつもなく大きな物となり始めている。総司の中にも、蘭という名は深く刻まれた。
「何としてでも正体を暴いてやる! 馬鹿にされっぱなしでは、新選組の名にも傷が付くからね。私は絶対、蘭と言う人物に勝ってみせる……っ!」
力強く誓う総司に、平助も頷く。
「俺だって……ほとんど戦わずして負けを認めるなんてまっぴらごめんだよ。絶対あいつの正体を突き止めて、最後は俺達が笑うんだ!」
「へぇ……珍しくやる気だね」
「何だよそれ! 俺はいつだってやる気だろ!」
次こそ、決して負けはしない。二人の中の、蘭に対する『絶対に勝ってやる』という思いは、大きくなるばかりだった。
だがそんなやる気に満ち満ちた二人の決起を余所に、当の蘭は既に町中を歩いていた。
今はもう誰もついて来ていない為、仕事に没頭できる。――とは思ったのだが、どうやら今の蘭にはやる気が存在していないらしい。
「今日はもう、これで終いにして帰るか」
人の少ない物陰に隠れ、収穫した財布の中身をまとめて額を確認する。その金を見ていてふと蘭の頭を過ぎったのは、先程自分を追ってきた若者達だった。
「新選組とか言ったか……京の治安を守る、ねぇ。あの程度の腕で良いのなら、私を雇った方がよほど良い仕事をするだろうに」
蘭は知らない。京の町では手練れとして知られている新選組の実力を。しかし手合わせをした限り、蘭にとって彼らは未熟以外のなにものでも無いようだ。
「でもまぁ、必死に立ち向かおうとする根性は……認めてやらなくもないか」
クスリと笑い、腰の刀に目をやる。
「次にまみえた時は、もう少し相手をしてやっても良いかもな」
それは、蘭にしては珍しい『興味』という感情。
どうやらずっと一人で生きてきた蘭に、小さな変化が起こり始めているようだった。
普通の神経ならあり得ない態度に、平助の方が慌ててしまう。以前会った時もそうだったが、蘭の存在は平助たちに戸惑いを与えるばかりだ。
「別に私の勝手だろう。背中だろうが腹だろうが、見せた所で変わりないさ」
「何か総司が怒る気持ち、すっげー分かるな……馬鹿にすんなよっ!」
さすがの平助も、蘭の態度に業を煮やしたらしい。持ち前の機敏性を発揮し、蘭に向かって斬りつけた。
斜めに振り下された刀は、ヒュンッと鋭い音を立てて空を斬る。つまりはそこに、獲物を捕らえた音は無かった。
「くそっ!」
一瞬で刀の軌道を読んだのだろう。蘭は全く後ろを振り向くことなく、更には最小限の動きで平助の刀を避けていた。
「お前……何者なんだよっ! 流派は? ただのスリじゃねぇよな!?」
そのまま背を向けて歩いて行く蘭に、平助が叫ぶ。その問いに、蘭はようやく振り向きながら面倒くさそうに答えた。
「私の名は、蘭。流派なんて物は無い」
「蘭……」
決して忘れぬよう、平助はその名を呼んだ。
「蘭! 流派が無いなら何でお前はそんなに強いんだよ! なぁ、蘭!」
「うるさい」
再び歩き出した蘭は、もう用が無いとばかりに平助の言葉を無視して歩いていく。咄嗟に追いかけようとした平助だったが、一瞬放たれた蘭の殺気に思わず足がすくみ、動けなくなってしまった。
門まで回ってようやく走ってきた総司がやって来た時にはもう、蘭の姿は完全に消えていて。
「平助、あいつは?」
「ごめん。また逃げられた」
「くそっ! 毎度毎度私達を馬鹿にして……次は絶対捕まえてやる!」
一戦も交えず逃がした事に苛立ち、拳を握りしめる総司を見ながら平助は言った。
「あいつ、本当に何者なんだろう? 蘭って名前だけは聞けたけどさ。流派は無いらしいよ。」
「蘭? 女みたいな名前だな。流派が無いって事は、我流って事か? 何にしてもあれだけの手練れ、調べれば誰か知ってるかもしれないよね。名前が分かっただけでもめっけものだ」
二人にとって、今までに会った事も無いような強さと謎を秘めた蘭の存在は、とてつもなく大きな物となり始めている。総司の中にも、蘭という名は深く刻まれた。
「何としてでも正体を暴いてやる! 馬鹿にされっぱなしでは、新選組の名にも傷が付くからね。私は絶対、蘭と言う人物に勝ってみせる……っ!」
力強く誓う総司に、平助も頷く。
「俺だって……ほとんど戦わずして負けを認めるなんてまっぴらごめんだよ。絶対あいつの正体を突き止めて、最後は俺達が笑うんだ!」
「へぇ……珍しくやる気だね」
「何だよそれ! 俺はいつだってやる気だろ!」
次こそ、決して負けはしない。二人の中の、蘭に対する『絶対に勝ってやる』という思いは、大きくなるばかりだった。
だがそんなやる気に満ち満ちた二人の決起を余所に、当の蘭は既に町中を歩いていた。
今はもう誰もついて来ていない為、仕事に没頭できる。――とは思ったのだが、どうやら今の蘭にはやる気が存在していないらしい。
「今日はもう、これで終いにして帰るか」
人の少ない物陰に隠れ、収穫した財布の中身をまとめて額を確認する。その金を見ていてふと蘭の頭を過ぎったのは、先程自分を追ってきた若者達だった。
「新選組とか言ったか……京の治安を守る、ねぇ。あの程度の腕で良いのなら、私を雇った方がよほど良い仕事をするだろうに」
蘭は知らない。京の町では手練れとして知られている新選組の実力を。しかし手合わせをした限り、蘭にとって彼らは未熟以外のなにものでも無いようだ。
「でもまぁ、必死に立ち向かおうとする根性は……認めてやらなくもないか」
クスリと笑い、腰の刀に目をやる。
「次にまみえた時は、もう少し相手をしてやっても良いかもな」
それは、蘭にしては珍しい『興味』という感情。
どうやらずっと一人で生きてきた蘭に、小さな変化が起こり始めているようだった。