第8章 憐憫

 グゥ~~~~!

「……な~んかどこかで聞いた事のある音だよね」
「前にもこういう事があったなぁ」

 玄関まで追いかけて来た総司と近藤が笑いを堪えながら言うと、こちらはブハッと堪えることなく吹き出して笑う平助が、「やっぱお前って面白いよな、蘭。このまま出て行けてたら格好良かったのに、腹を鳴らしてちゃ台無しだわ」と腹を抱えて転がっていた。

「最悪だ……今日は厄日だ……」

 顔を真っ赤にしながらブツブツと言う蘭に、平助の笑い声がますます大きくなる。思わず刀を抜いて斬ってしまおうかとも考えたようだが、平助と目が合った瞬間に向けられた笑顔が、蘭に刀を握らせはしなかった。
 その姿を見て、動いたのは雅。

「もう夕餉の時間やしな。準備は出来てるし、そろそろ食べよか」

 にこにこと提案した雅の言葉に、平助が挙手して言う。

「さんせ~い! なぁ雅さん、俺達もここで食っていいよな?」

 頷きながら「皆はんの分はちゃんと準備してあるんえ」と言った雅は、玄関で立ち尽くす蘭の腕を掴んだ。

「ほれ、あんたも手伝いや。働かざる者食うべからずや」
「いや、私は……」
「ん? 食べるんか? 食べへんのか?」
「……食べます……」

 雅の勢いに押されてそう答えるしか無かった蘭は、戸惑いと共に厨へと引きずり込まれる。

「藤堂はん達は布団を畳んどいてや。お膳を運ぶのも手伝うてな」

 キビキビと指示を出す雅に逆らう事のできない男達も、面倒くさそうに立ち上がった。しかし雅の独断場ではあるものの、その雰囲気はとても和やかなもので、ずっと二階で息を潜めていた子供達もそれを察してドタドタと階段を駆け下りてくる。

「お母ちゃん、俺達もお腹空いたし一緒に食べたい!」
「そやな、皆で食べよか」
「やったぁ!」

 一段と賑やかになったこの空間に、あの殺伐とした雰囲気は存在していない。蘭も結局出て行くきっかけを失ってしまい、八木家だけとはまた違った食事の時間に更なる戸惑いを感じながらも、膳を共にするのだった。
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