第8章 憐憫

 そんな中、近藤が思い立ったように言う。

「話は分かりましたが、それならば彼女が狙われているのは、彼女の母君の足抜けが原因という事ですか? 十年以上も見世が追っ手を差し向け続けるものなのでしょうか。しかも長崎から京までとは……」

 たった一人の遊女を捕らえる為に、そしてその子供の命を狙って見世がそこまでするだろうか。確かに近藤の言うように、それには違和感を覚える。

「そこの所まではうちにも分からん。せやけど狙われている事は間違い無さそやな。でもここにおったら安全やろ? もちろん自らの強さもあってやけど、新選組が側におるんやし」

「な?」と満面の笑みを見せる雅に、近藤が小さく笑って頷く。

「なるほど、最初からそのつもりでしたか」
「そういう訳や無いんやけど流れと言うか、必然的と言うか。頼りにしてるしな、近藤はん」
「我々の庇護を必要としてもらえるかは分かりませんが、彼女の強さは我々にとっても良い刺激になりそうですしね。出来る限りの事は致しましょう」
「おおきに」

 二人は和やかに話を進めていくが、それ以外の者達はというと何とも複雑な表情をしている。局長の近藤が進める話に異を唱える事は無いが、蘭を素直に受け入れるには、未だ時間が必要なようだった。

 ──平助を除いては。

「じゃあさ、近藤さん。これからはもう蘭に攻撃を仕掛けたりしなくて良いって事か?」
「ああ、敵でも間者でも無いようだしな。だがスリなど京の治安を乱すような事をするなら、捕縛する必要が出て来てしまうぞ」
「分かってるって! 良かったよ、蘭が悪い奴じゃ無いって事がはっきりしてさ。俺ってやっぱり見る目があるんだなぁ」

 平助のにこにこ顔に、渋い顔を見せる土方と総司。そんな彼らの姿を苦笑いしながら見ていた一が、ぼそりと言った。

「では今後新選組は、彼女をどのように扱っていくのでしょう」

 蘭を庇護するというのであれば、誰かが側に張り付いている事になる。だが、八木にすら人員を割けない事がある新選組に、自分達よりも強い人間の為に避ける人材などありはしない。

「だったらいっそのこと、新選組に入隊させるとかは?」

 名案とばかりに目を輝かせて言った平助に、皆の視線が集中する。ただしそれは、とても冷たい物ばかりだ。

「え……? そんなに睨まれるような意見か?」
「冗談じゃ無いっての。何でこいつを入隊させるなんて、すっ呆けてふざけた馬鹿馬鹿しい事この上ない天地がひっくり返ってもあり得ないようなもうそのまま切腹して欲しい意見を出せるんだよ」
「……総司……一息で言える限りの悪口雑言吐いたよね……」
「私としては罵詈讒謗ばりざんぼうのつもりだったんだけど」
「もっと悪いっての!」

 二人の言い争いに、やれやれといった空気が流れる中。もそり、と布団が小さく動いたのに最初に気付いたのは、土方だった。

「お前ら黙れ」
「は? 何だよいきなり」

 平助と総司が同時に土方を見ると、その目が蘭を凝視している。視線の鋭さから状況を察した二人も黙り込んだ。
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