第8章 憐憫

「土方さんが十五、六歳って言ってたから信じてたのに……全然違うじゃんよ」
「なんだ、土方さんって女性を見る目『だけは』確かだと思ってたのに、大した事ないんだ」

 平助と総司に白い目で見られ、土方のこめかみに青筋が立つ。

「悪かったな! ほとんど顔が見えて無かったんだから仕方ねぇだろうが! っつーか総司! どさくさに紛れて変なとこを強調してんじゃねぇよ!」
「まぁまぁ歳。私もお前と同じように、蘭くんを子ども扱いしていたんだ。気にする事は無いさ。しかし……」

 片膝を立てて立ち上がろうとする土方を宥め、苦笑いをする近藤だったが、蘭に視線を向けて言う。

「あの尋常ならざる強さが、一人で生きる為に身に付けざるを得なかったものだとすると……何とも切ないな」

 悲しい表情で蘭を見つめながら言った近藤の言葉に、皆も蘭を見る。蘭の過去を知ってしまった今、眠っている蘭の姿を見て敵意を持つ者は誰一人いなかった。

「何にせよ、今うちらが分かってるんはここまでや。蘭があんたらの敵でも何でも無いっちゅー事は分かったやろ。これからは仲良うしたってや」

 そう言って、雅が蘭の頬に当てていた手を離そうとした時だった。

「……さま……」

不意に蘭の口から紡がれた言葉が、皆の視線を集中させる。

「母さま……」

 夢でも見ているのだろうか。蘭の手が強い力で雅の手を掴むと同時に、眦から涙が零れ落ちた。

「置いていかないで……」

 それは、胸が締め付けられるように悲しい声。だがすぐその口元にギュッと力を込めたという事は、必死に泣くのを我慢しようとしているからなのか。
 たまらず雅は再び手を蘭の頬に当て、そっと撫でてやった。

「大丈夫や。母さまはここにいてるしな。蘭を置いてなんて行かへんよって、安心して寝とき」

 刀を枕元に置き、蘭の頭をポンポンとあやすように叩いてやると、ほっとしたように口元が緩む。そして雅を掴んでいた手の力も抜けていき──。

「側にいてるからな……母さまはここにいてる」

 もう一度雅が言うと今度こそ安心したのか、蘭は小さく微笑むと雅の手を離したのだった。

「……何だよこの茶番。こんなのを見せられたら……気分悪いっての」

 そんな言葉を発しながらも、完全に毒気を抜かれてしまっている総司の表情は、優しくて悲しげだ。それは他の者達も同じであり、土方などは眉間に皺を寄せながら、気まずそうに頭をガリガリと掻いている。
 誰もが思いもよらなかった蘭の素性に驚き、戸惑っていた。
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