第8章 憐憫

「うわっ! 急に何なんだよ雅さ……!」

 驚いて叫び声を上げた平助だったが、雅の表情が真剣な物へと変わった事に気付き口を噤む。先程までとは打って変わって腹の内を探るかのような鋭い眼差しに、平助は緊張して固唾を呑んだ。

「なぁ藤堂はん。一つ聞かせたってな。あんたは蘭の事をどない思とるん?」

 緊張の最中、聞かれたのは蘭の事。

「どないと言われても……すげー強い女の子で、夷人の子で、何か色々と秘密があって……」

 戸惑いながらも真剣に答える平助だったが、本人もイマイチ分かっていないようだ。雅に顔を挟み込まれて自由が利かないため、瞳だけをキョロキョロと動かしながら必死に考えている。

「なんつーか……蘭っていつも不愛想だろ? でもそれは感情の出し方を知らないだけで、本当はすげー繊細な心を持ってる気がすんだよ。もちろん俺の勝手な思い込みかもしんねーけど、なーんか放っておけないんだよな。……これってちゃんと答えになってるか?」

 そう言って平助は、不安そうに上目づかいで雅を見た。その目には一点の曇りも無く、紡がれた言葉に偽りは無い。それを確かめるようにじっと平助を見つめていた雅は、瞼を閉じて小さく息を吐くと、顔を挟み込んでいた手を離して再び優しい笑顔になった。

「充分な答えや。その気持ちを大切にして、蘭を守ったってや。頼りにするしな」
「へ? あぁ、任せとけ!」

 頼りにされたのが嬉しかったのか、満面の笑みを見せる平助。つられて笑みを深める雅だったが、ドタドタと聞こえてきた大きな足音がこの雰囲気をぶち壊した。

「あ~やっぱり平助ってばここにいたんだ。あれからずっと姿が見えないから、ひょっとして蘭に斬られたんじゃないかと楽しみにしてたんだよ」
「……総司、お前ってとことん毒舌だよな……っていうか、楽しみって何だよ!」
「冗談に決まってるだろ?」
「お前の場合、ぜってぇ本気だ」

 歯をむき出しにして怒る平助を、総司が楽しそうにからかう。いつもの見慣れた光景だったが、今日のそれはすぐに打ち切られた。

「てめぇらうるせぇよ! 遊びてぇなら外に行ってろ!」

 後から入ってきた、これ以上なく不機嫌な土方が二人を怒鳴りつける。その後ろには近藤と一の姿があった。

「おや、山崎はんはいてはらへんの?」

 そこに山崎の姿が無い事を不思議に思って雅が尋ねれば、近藤が答える。

「山崎くんは、用事があるとかで外に出て行きましたよ。彼には後程私から仔細伝えますのでご安心ください」

 土方達とは違って丁寧な物言いの近藤に、雅が穏やかに頷いてみせる。ただし誰にも聞こえないくらいの小さな声で、「丞の奴……逃げよったな」と呟きながら。
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