第8章 憐憫

 奥の間では、気を失った蘭が布団に寝かされていた。その傍らで平助は、心配そうにオロオロとしている。

「なぁ雅さん、全然起きる気配が無いんだけど、蘭は本当に大丈夫なんだよな?」
「最初は気絶やったけど、今は疲れて眠っとるだけやし騒ぎなや。あんたの声で蘭が起きてまう方が大丈夫やないわ」

 いそいそと座布団の準備をしながら、雅は面倒くさそうに答えた。
 もうすぐ土方達との約束の刻限だ。茶の用意もしなければいけないのに、実は先ほどから何度も同じ質問をし続けている平助に、いら立ちが募っていた。

「でもさぁ、寝返りすらしないなんて……」
「えぇい! 今忙しゅうしとるんやし、ええ加減黙っときなはれ!」
「ひえっ! すみませんっ!」

 シュンとして静かになった平助を横目に、ようやく準備に集中できるとほっとした雅はパタパタと動き回る。だがさすがにきつく言い過ぎたと思ったのかやがて準備が整うと、小さく背中を丸めて固まっている平助の横に座った。

「蘭を心配しとるんは分かるけど、その場の空気は読まなあかんえ。自分の思いばかりを突っ走らせとると、己ばかりか周りのモンまで窮地に追い込んでまう事もあるしな」
「……相変わらず、雅さんの言う事ってよく分かんねぇよ」

 叱られた事に拗ねているのか、口を尖らせながら言う平助は、まるで小さな子供のようだ。そんな姿に雅はクスリと笑って言った。

「要するに、人の邪魔するなっちゅー事や。……まぁその素直さが蘭の心を助けてくれそうなんやけどな」
「結局俺は良いのか? 悪いのか?」
「んー……これからの頑張り次第やね」

 ポンポンと平助の頭を叩く雅の表情は、とても柔らかい。それはまるで息子を見つめる母親のようで、妙なくすぐったさを感じた平助はうっすら頬を赤らめると、雅から視線を逸らして蘭を見た。

「なぁ雅さん、これから皆で蘭の事を話すんだろ?」
「そうや。今のままやったら、新選組は蘭を目の敵にしてまうやろ。他にも蘭を狙う輩は仰山おるのに、新選組まで敵に回ってしもたらこの子はボロボロになってまう」
「話をしたら、蘭は安心して過ごせるようになるのか?」
「……それはうちにも分からんな」
「そっか……」

 眉をハの字にして心底困った顔をする平助に、雅の優しい笑みが向けられる。が、突然蘭を見つめる平助の顔を両手で挟み込むと、グイと強引に自分の方へと向かせた。
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