第7章 胸裏

「っぶねっ!」

 咄嗟にかわした土方だったが、蘭の刀の切っ先は着物を掠めていたようで、袴の一部が切り裂かれている。

「何これ、さっきとは全然動きが違うんだけど」

 総司は、土方に近寄りながら苦々しげに言った。

「屋内の戦いに弱いタチって事? それとも私達をからかってたわけ?」

 そして土方が切られた箇所を確認し、蘭を睨みつける。

「何だ、中までは切れてないのか」
「おい、そりゃどういう意味だよ、総司」
「別に~。土方さんが戦闘不能になってくれた方が、私の戦う場面が増えるのになと思っただけですよ。……で、どうするんですか? 何かあいつ、また強くなってるけど」

 ふざけた会話をしながらも、彼らは何とか蘭を倒す方法は無いかと模索していた。
 今まで彼らは、新選組として様々な敵と対峙してきたが、ここまで倒すのに苦労させられた相手などいなかった。だからこそ今回も何としてでも勝ちたい、やり込めたいと思うのは、彼らの意地でもあるのだろう。
 その時、はじめがポソリと言った。

「刀……」
「ん? 何だ? 斎藤」

 戦いの最中、土方がいる時は常に黙して語らず、命令を実行するのみの一が口を開く。それはとても珍しい事の為、土方がすぐに反応した。

「気になる事があるのなら言ってみろ」
「はっ。奴は屋内での戦闘の際、自分の刀を使う事を躊躇して動きが鈍っていたように見えました。あの刀は平助に頼まれて俺が先程砥いだのですが、古い上に手入れが下手ではあったものの、とても大切にされていたようです」
「ってぇ事は、あの刀には相当な思い入れがあるってわけだ。だが以前は派手に使ってなかったか? ……まぁ良い。一つ揺さぶりをかけてみるか。総司、斉藤。同時にいけるな?」
「承知」

 三人の会話は、蘭の耳には届かない程の小さな声。だが彼らの明確な意志だけは、その雰囲気で分かる。

「……来る」

 左右から回り込むように走ってきた総司と一が、同時に刀を振り下ろした。刀の着地点を見極め、敢えて前へと飛び出した蘭に土方が正面から斬りかかる。
 その刀を受け止めた時だった。

「もろてくで」
「しまった……っ!」

 左の腰から、一瞬で消え去った物。
 土方の刀の力を受け流すようにしながら取り返そうとしたが、それは叶わず。蘭の刀は、山崎の手によって奪われていた。

「貴様……っ!」
「すんまへんな、蘭はん」

 突如現れた山崎に向けて、蘭が刀を振り下ろそうとする。だが咄嗟に蘭の刀で受けようとした為か、寸手の所でピタリと止まった。

「くっ……」

 蘭が歯噛みする姿に、土方たちも確信する。

「さっきの弱さは、本当にその刀が理由だったんだ」

 呆れたように言いながら総司は山崎に歩み寄り、彼が奪い取った刀を眺めた。

「……特に変わった物のようには見えないけどね。何か隠された秘密とかがあったりするわけ?」
「返せ」
「や~だね。あんたの弱みになるなら、余計に返せない」

 にやりと笑う総司が蘭の刀を山崎から奪い取り、抜き身にする。

「ちょっ、沖田はん、それはまずい……」
「何でさ。あいつがこれを大事にする理由を、実際に使って調べてみるだけだよ」

 そう言った総司は、刀を蘭に向けた。

「さ~て、どんな斬れ味か……」

 だがその先の言葉は、紡げない。まるで無数の針が突き刺さったような凄まじい殺気に、体が縫い付けられてしまう。それは他の者達も例外ではなく、誰一人その場を動く事が出来なくなってしまった。
 そんな中、殺気を放った張本人の蘭は、悠々と総司の手から刀を取り返して鞘に納める。その時周りの者達が蘭を見つめていた表情は皆同じで、慄然としていた。
 だからこそきっと、平然としているように見える蘭の唇が小さく震えていた事など、誰一人気付いてはいないだろう。

「もう……私の事は放っておいてくれ」

 蘭はそう言うと、門に向かって歩き出した。

「ま……っ!」

 待て! と叫びたいのに。声も体も自由にならない総司や土方達は、蘭がこのまま立ち去るのを見ているしかない。
 ところが。

「蘭!」

 たった一人、蘭の歩みを止められる者が存在していたようだ。振り向きはしないものの、蘭の体はびくりと大きく震えて足が止まる。

「行くなよ、蘭! お前はここにいなきゃだめなんだ!」

 叫びながら玄関から出てきたのは平助。未だ少々痛みが残っているのか、後頭部を押えながらも蘭の所まで歩いて行くと、その肩に手を置いた。

「今、雅さんから話を聞いたんだ。この刀は義理のおやじさんの形見なんだろ?」
「どうしてそれを……!」
「詳しくは知らねーけど、なんか雅さんがお前のおふくろさんの事も知ってるみたいだぜ」

 まさかの話に、蘭からの殺気が完全に消え失せる。お陰で体が自由になった総司達は、流れ出ていた冷や汗をようやく拭う事が出来た。だがその代わりに、今度は蘭の頬を冷や汗が伝う。

「そんなバカな! 騙されるものか。私は……」
「騙してなんぞおらん。おサエちゃんには一度だけやけど会うた事もあるんえ」

 平助の後を追うように玄関から出てきた雅は、何故かほっとしたような笑みを浮かべていた。その表情は、蘭を更に動揺させる。

「何故お前がその名を知っている!? まさか見世の……」
「それは違う。とにかくあんたは八木の用心棒としてここに残らなあかん。それ以外の選択肢は無いと思うてや」

 そう言って、雅は蘭の正面に立った。

「源介兄さんに託された命や。全力で守ったるしな」
「兄……だと……?」

 固まる蘭に手を伸ばし、そっと前髪を避けてやる。初めて見つめ合う事の出来た目は、戸惑いに揺れていた。
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