第7章 胸裏

 総司の目が見開かれ、言葉を失った。
 何度か戦いの中でちらりと見えはしたものの、一瞬の事で気付いていなかった蘭の瞳の色。それを今初めて認識したのだ。

「夷人の子か……?」
「何だと!?」

 総司の言葉に驚き、蘭の手を押さえつけていた土方の手が一瞬緩む。その隙に蘭は自由を取り戻した。

「しまった!」

 と言った時にはもう遅く、蘭は咄嗟に奥の間へと走る。しかし、それ以上前に進む事は出来なかった。

「蘭……」

 そこには、布団に座ってこちらを見ている平助がいた。あれだけの騒ぎだったのだ。目が覚めていてもおかしくはないだろう。
 平助は、蘭を見ながら言った。

「お前って夷人の子だったのか?」
「……っ」

 そう言われた瞬間、ツキリと鋭い痛みを感じた蘭は胸を押さえた。過去に何度も言われ、その度に傷付き、それでも慣れて来ていたはずだったのに。今までになく強い痛みは、まるで蘭の胸を引き裂くかのようで。

「え!? ちょっ……蘭!?」

 ガクリと膝をついた蘭に、平助は慌てて駆け寄った。

「どうしたんだよ? どこか痛いのか? っていうか一体何が起こってんだよ。何で寄ってたかって蘭を追い詰めてんだ?」

 状況が把握できていない平助は、苦しそうにうずくまる蘭の肩を支えるようにしながら中の間を見た。

「なぁ土方さん、何がどうなってんだ? 総司も一も怖い顔して刀を構えてるしさ。蘭が何かしたのか?」

 蘭に触れた手から伝わってくる小さな震えに気付いた平助は、守るように蘭を抱きしめる。

「こんなにまでして一人の女の子を追い詰めるなんて、武士らしくねぇよ。蘭が悪いなら俺も一緒に謝るからさ」
「ふ……」

 腕の中で蘭が小さく息を吐くのが聞こえ、平助は更にしっかりと抱きしめた。

「こいつ震えてるじゃん。どんなに強くたって女の子なんだしさ。もう少し気を遣ってやろうぜ」

「俺が守ってやるからな」と囁きかける平助の姿に、皆が呆気にとられる。全く予想していなかったこの展開に、土方ですら暫く言葉を発する事が出来なかった。
 やがて一番に気を取り直したのは、総司。

「平助、そいつ……目の色が緑だったし、間違いなく夷人の子だよ。会津藩から捕縛しろって命令されてるんだ。その意味、分かるだろ?」
「別に夷人だろうが何だろうが、蘭は蘭だろ? 何か悪さしたんならともかく、夷人の子だからって捕まるのは納得いかねぇよ。」
「……それ、本気?」

 呆れたように言う総司に、平助は訝しげな表情を見せた。

「俺、そんなにおかしな事言ってるか? そりゃ俺達は攘夷を掲げてるけどさ。蘭は普通に日の本で生きてる人間だろ? そもそも全然夷人っぽくねーじゃん」

 そう言って、平助はそっと蘭の髪に触れた。

「夷人ってのは、確か髪の色も違わなかったか? 蘭はこんなに綺麗な黒髪をしてるんだぜ。目の色には気付かなかったけど、顔だって普通に可愛かったしさ」
「……平助……お前今自分が何言ってるのか分かってるのか……?」

 ようやく気を取り直してそう言った土方だったが、その顔は呆れていた。

「お前が無邪気で真っ直ぐな性格ってのは分かってたけどよ。まさか天然の誑しとは……」
「は? 誑し? 誑しってのは土方さんみたいなのを言うんだろ?」

 心底訳が分からないのか、バカバカしいといった風に言い返した平助は、ふと気付く。
 土方の引きつった顔。総司の呆れたような眼差し。一と呼ばれた男の、少し赤らんだ頬。そして……。

「蘭?」

 腕の中で平助を見上げる蘭は、真っ赤な顔をしていた。
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