第7章 胸裏

「お前に与えられている選択肢は、二つだ」

 そう言って、土方は蘭を見つめる。その目は、どんな小さな反応からでも蘭の情報を読み取ろうとしているらしく、鋭い物だった。

「一つ、八木家用心棒として此処に留まり、常に八木の者達の側にいる」

 それを聞いて、雅が大きく頷く。

「一つ、会津藩に身を委ねる。このどちらかだ」
「どちらも断る」

 土方の言葉に、蘭は冷たく言い放った。

「私が選ぶのは『お前達と出会う前の生活に戻る』だ。八木も会津も新選組も、私はこれ以上関わる気はない」

 蘭の刀を握る手に力が入る。と同時に蘭が唇を噛み締めたのが分かった。

「蘭……ほんまに気付いてへんかったんやな」

 雅に言われ、蘭が抜刀する。すると一斉に前後から足音が聞こえてきた。

「いくら気配を消していたとはいえ、あんたが私達の存在に気付いてなかったとは驚きだよ」

 いつの間にか平助の側にしゃがみこんでいた総司に言われ、蘭が舌打ちする。改めて確認すると、奥の間には総司が、玄関には見覚えの無い男が一人立っていた。そして外にも数人待機しているようだ。

「今近藤さんが相手をしている会津藩の人間が、捕縛した輩と一緒に、お前も連れて行くと言っているらしい。八木家の用心棒を続ける意志があるなら良いが、そうでなければ即刻捕縛しろとの命が下っている」
「そうそう、ついでに言うと、抵抗するなら斬っちゃっても良いってさ」

 嬉しそうに言う総司に「勝手な事を言うな!」と土方が注意をしたが、聞こえないふりをしている。

「で、お前はどちらを選ぶ? 用心棒を続けるか、捕まるか」

 改めて土方に問われた蘭は、更に強く唇を噛み締めて項垂れるように下を向いた。そして小さく呟く。

「あれ程気を抜くなと言われていたのに……たった一度の過ちが死を招くと教えられていたのに……。でもせめて私は……」

 すうっと大きく息を吸い込み、前を向いた蘭は、前髪に隠れた目で土方を睨みながら言った。

「足掻く」

 その言葉に、新選組の者達から一斉に殺気が噴き出す。雅は慌てて玄関の方へと走ったが、その表情は辛そうだった。
 中へと走り込んできた男とすれ違い様に何か言葉を交わしたようだったが、それがどのような結果になるかは分からない。

「蘭……」

 新選組の者達に蘭が囲まれる姿を見ながら、雅は祈る事しか出来なかった。

「早う……早う届いて……!」

 殺気渦巻く室内で、真っ先に蘭に刀を向けたのは総司。狭い室内で刀を交えるには、突きの方が有利だ。総司は真っ先に中の間へと走り込み、蘭に向けて刀を突き出した。だがそれを蘭は軽くひらりとかわしてしまう。
 そのまま蹴りを入れられそうになったが、「おっと、さすがにもうその手は食わないよ!」と飛び下がった。

 そこへ玄関から走り込んできた男が横薙ぎに刀を払ってきたため、今度は蘭が飛び下がる。だが着地点に土方が走り込み、蘭の体を受け止めた。
 咄嗟に蘭は手の刀を逆手に持ち替え、土方に突き立てようとした。ところが何故か、蘭の動きが一瞬止まる。その隙を見逃さず、男が目の前に刀を突きつけてきた事で、蘭は身動きが取れなくなった。
 結果刀を取り上げられ、手を後ろにとられてしまった蘭は、初めての敗北を味わう事となる。

「何これ? 納得いかないんだけど」

 だがこの結果に総司は納得がいかないらしい。これまで散々自分をコケにしていた蘭が、こんなにあっさりと負けるなど考えもしていなかったのだろう。

「わざと負けたわけ? それとも今までのあんたは別人?」

 蘭の正面に立ち、睨みつける総司。だが蘭はフイと顔をそむけてしまう。その姿に総司が切れた。

「ちゃんとこっちを見て答えろよ!」
「やめ……っ!」

 総司の手が乱暴に蘭の前髪をかき上げながら額を押え、持ち上げる。そこに現れたのは……

「あんた、その目……!」
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