第7章 胸裏
屋敷に着くまでの間、二人は一言も発することなく歩き続けた。
玄関に入ると、子供達が走り寄ってくる。その場の空気など読まぬ子供達は、早速蘭にまとわりついた。
「お姉ちゃんお帰り! あんな、藤堂はんが寝とるから静かにせなあかんで」
勇之助が、口元にしーっと指を当てながら蘭に言う。だが実は、自分達が煩くしている事には気付いていないようだ。
「平助の様子はどうだ?」
表情を変えぬまま、蘭は問うた。
「んっとな、頭を打ってこぶが出来とったけど大丈夫やって。藤堂はんは普段からよう怪我しとるし、こんくらい平気やって山南はんが言いよった」
為三郎が笑いながら答えると、蘭はホッと息を吐く。その様子に、雅は小さく微笑みながら言った。
「あんたも疲れたやろ。藤堂はんは奥の間に寝てはるし、様子を見たら部屋で少し休みや」
「え~? 俺達お姉ちゃんと遊ぼう思うとってんけど」
「あんたらは勝手に外で遊んできぃ。蘭は一仕事してきたんやで」
「ちぇ~っ。しゃぁないな。また遊んでや」
頬を膨らませながらも、素直に外へ駆けて行く子供達。そんな二人に蘭は小さく「すまない」と呟くと、奥の間に向かった。
「もし藤堂はんが起きてはったら、声かけてや。お茶を持って行くしな」
「……承知した」
そのまま振り返らず、奥の間を目指す。
締め切られた襖をそっと開けると、中には平助が一人眠っていた。襖を閉め、平助の横に静かに座る。 顔を覗き込んでみると、どうやら熟睡しているらしく、その表情はとても幸せそうだ。
「まるで子供だな」
よほど良い夢でも見ているのか、時折「にへへへへ……」と気持ちの悪い笑い声を出す平助に、蘭は思わず噴き出してしまう。
「寝ても覚めてもおかしな奴だ」
困ったように言う蘭の口元は、とても優しい笑みを浮かべていた。だがすぐにその表情はかたくなる。
「私のせいですまなかった……やはり私はここにいてはいけない」
そう言って蘭はちらりと床の間を見る。そこには蘭の刀が置かれていた。立ち上がり、刀を持って鞘から抜くと、驚くほど綺麗に研がれている。
「元はこんなに綺麗だったんだな。知らなかった」
いつも自分で磨いてはいたが、こんな風に一点の曇りもない状態など見た事はなかったから。無数にあった小さな刃こぼれも目立たなくなっており、砥いだ者の腕に感心しながら、蘭は刀を鞘に納めた。
「感謝する、平助」
刀を腰に差し、小さく頭を下げて礼を言うと蘭は部屋を出た。そのまま屋敷を出るつもりだったようだが、もちろんそう簡単に事が運ぶはずもなく、中の間まで茶を運んできていた雅が無言で蘭を制止する。だがそれを無視して玄関に向かおうとする蘭に、雅はわざとらしくため息を吐きながら言った。
「あんたはうちらに雇われとるんや。契約を反故にするんか?」
「そもそもお前たちが強引に進めてしまった話だ。私が頼んだわけじゃない」
冷たく言い放つ蘭だったが、それを受け流すように雅は笑みを浮かべる。
「たとえ強引やとしても、一度引き受けたらやり遂げなあかん。それが出来んのやったら……今この場であんたの身柄を会津に渡してもええんやで」
「……それが本音か……」
雅の言葉に、蘭の気が一瞬にして変わった。恐ろしいまでの殺気を放ち、
「私は誰にも捕まる気はない。邪魔立てするのなら、お前『達』を斬ってでも出て行く」
と言うと、雅の後ろにある人影を睨みつけながら、蘭は刀に手をかける。
そこにいたのは、土方。彼は蘭の殺気を物ともせず、雅を背にして蘭の正面に立った。
玄関に入ると、子供達が走り寄ってくる。その場の空気など読まぬ子供達は、早速蘭にまとわりついた。
「お姉ちゃんお帰り! あんな、藤堂はんが寝とるから静かにせなあかんで」
勇之助が、口元にしーっと指を当てながら蘭に言う。だが実は、自分達が煩くしている事には気付いていないようだ。
「平助の様子はどうだ?」
表情を変えぬまま、蘭は問うた。
「んっとな、頭を打ってこぶが出来とったけど大丈夫やって。藤堂はんは普段からよう怪我しとるし、こんくらい平気やって山南はんが言いよった」
為三郎が笑いながら答えると、蘭はホッと息を吐く。その様子に、雅は小さく微笑みながら言った。
「あんたも疲れたやろ。藤堂はんは奥の間に寝てはるし、様子を見たら部屋で少し休みや」
「え~? 俺達お姉ちゃんと遊ぼう思うとってんけど」
「あんたらは勝手に外で遊んできぃ。蘭は一仕事してきたんやで」
「ちぇ~っ。しゃぁないな。また遊んでや」
頬を膨らませながらも、素直に外へ駆けて行く子供達。そんな二人に蘭は小さく「すまない」と呟くと、奥の間に向かった。
「もし藤堂はんが起きてはったら、声かけてや。お茶を持って行くしな」
「……承知した」
そのまま振り返らず、奥の間を目指す。
締め切られた襖をそっと開けると、中には平助が一人眠っていた。襖を閉め、平助の横に静かに座る。 顔を覗き込んでみると、どうやら熟睡しているらしく、その表情はとても幸せそうだ。
「まるで子供だな」
よほど良い夢でも見ているのか、時折「にへへへへ……」と気持ちの悪い笑い声を出す平助に、蘭は思わず噴き出してしまう。
「寝ても覚めてもおかしな奴だ」
困ったように言う蘭の口元は、とても優しい笑みを浮かべていた。だがすぐにその表情はかたくなる。
「私のせいですまなかった……やはり私はここにいてはいけない」
そう言って蘭はちらりと床の間を見る。そこには蘭の刀が置かれていた。立ち上がり、刀を持って鞘から抜くと、驚くほど綺麗に研がれている。
「元はこんなに綺麗だったんだな。知らなかった」
いつも自分で磨いてはいたが、こんな風に一点の曇りもない状態など見た事はなかったから。無数にあった小さな刃こぼれも目立たなくなっており、砥いだ者の腕に感心しながら、蘭は刀を鞘に納めた。
「感謝する、平助」
刀を腰に差し、小さく頭を下げて礼を言うと蘭は部屋を出た。そのまま屋敷を出るつもりだったようだが、もちろんそう簡単に事が運ぶはずもなく、中の間まで茶を運んできていた雅が無言で蘭を制止する。だがそれを無視して玄関に向かおうとする蘭に、雅はわざとらしくため息を吐きながら言った。
「あんたはうちらに雇われとるんや。契約を反故にするんか?」
「そもそもお前たちが強引に進めてしまった話だ。私が頼んだわけじゃない」
冷たく言い放つ蘭だったが、それを受け流すように雅は笑みを浮かべる。
「たとえ強引やとしても、一度引き受けたらやり遂げなあかん。それが出来んのやったら……今この場であんたの身柄を会津に渡してもええんやで」
「……それが本音か……」
雅の言葉に、蘭の気が一瞬にして変わった。恐ろしいまでの殺気を放ち、
「私は誰にも捕まる気はない。邪魔立てするのなら、お前『達』を斬ってでも出て行く」
と言うと、雅の後ろにある人影を睨みつけながら、蘭は刀に手をかける。
そこにいたのは、土方。彼は蘭の殺気を物ともせず、雅を背にして蘭の正面に立った。