第7章 胸裏
「こいつはもう戦意喪失しとる。ピストルを下ろしや」
構えを解かず、ゆっくりと近付いてくる蘭に向かって山崎は言う。だがその言葉に耳を貸すことなく、蘭はピストルを男のこめかみに当てた。
「痛い、だろう?」
男を見下ろしながら冷たい声で言う蘭に、男だけでなく山崎までもが凍りつく。
「ピストルってのは、相手の命の重みを感じる事無く命を奪える武器だ。だから私は今ここでお前を撃ち殺しても、罪の意識を感じなくて済む。……この意味、分かるな?」
口の端を上げ、鼻で笑う蘭に大の男二人は何も言えなかった。返事が無いのを見て、蘭の指がゆっくりと撃鉄を起こす。それがどのような結果となるかを悟り、震え出す男を見て山崎が慌てて言った。
「蘭はん、殺したらあかん! 新選組がきちんと取り調べるさかい、こいつは……」
ガチッ!
山崎の言葉が終わる前に、引き金が引かれる。だがその音は、とても乾いていた。
「残りの弾は抜いたままだ。こいつは金で雇われただけの検分役だろう。殺す価値も無い」
「あ……あ……」
かすり傷とは言え痛みを知り、更に命を落とすかもしれない恐怖まで味わった男は、放心状態だ。
「この程度で怯えるくらいなら、もう二度と関わるな。もしまた私の前に姿を現すような事があれば……」
「ひぃっ! お助け……っ!」
許しを請いながら必死で自分にしがみついてくる男に、山崎は憐みを覚えた。それと同時に蘭と言う人間の恐ろしさを肌で感じてしまう。
「歩けるか? 屯所まで来てもらうし、知っとる事全部話したってや。きっとこわ~い鬼が手ぐすね引いて待っとるわ」
「さっさと連れて行ってくれ! こんな化け物の近くより、鬼の居る新選組の方がよっぽどマシだ!」
「いや、化け物て……そら蘭はんは強いけど、そないな言い方せんでも」
怖がる気持ちは分からなくもないが、その言い方はさすがに酷いと思った山崎が、困ったように言う。だが男の口は止まらなかった。
「そもそもこいつは存在自体を許されていないんだ! この日の本の国にいーー」
「それ以上言うたら許さんえ」
男の言葉を遮った声の主は、雅。その顔は怒りに満ちており、蘭とはまた違った意味で恐ろしかった。
「蘭を追いかけて屯所を出た藤堂はんが、怪我して先に戻って来はったのに、蘭の姿が無かったから迎えに来たんえ。蘭、うちに帰ろな」
雅はそう言うと、黙り込んでいた蘭を強引に自分の後ろへと引っ張った。そして男の襟を掴み、その顔を睨み付ける。
「あんたの身柄は会津藩に預けるしな。取り調べには出来る限りの荒くれもんを頼んであるし、覚悟しときや」
「ちょ……雅姐。こいつは新選組が……」
「さっき屯所にしょっ引いた輩も、会津藩に引き渡す手筈になっとる。土方はんも了承済みや」
そう言われてしまうともう、山崎には何も言えない。
「屯所までは責任もって連れてってや。うちは先に蘭を連れて帰るよって」
「雅姐……一体何が起きてるんや? 蘭はんは……」
「ほな頼むえ、烝」
強引に話を打ち切った雅は、蘭を引っ張るようにしながら八木邸へと歩き出した。
手を引かれた蘭は無言のまま、雅の手を振りほどく事も無く歩いて行く。その姿に山崎も思うところがあったのか、それ以上声をかけようとはしなかった。
構えを解かず、ゆっくりと近付いてくる蘭に向かって山崎は言う。だがその言葉に耳を貸すことなく、蘭はピストルを男のこめかみに当てた。
「痛い、だろう?」
男を見下ろしながら冷たい声で言う蘭に、男だけでなく山崎までもが凍りつく。
「ピストルってのは、相手の命の重みを感じる事無く命を奪える武器だ。だから私は今ここでお前を撃ち殺しても、罪の意識を感じなくて済む。……この意味、分かるな?」
口の端を上げ、鼻で笑う蘭に大の男二人は何も言えなかった。返事が無いのを見て、蘭の指がゆっくりと撃鉄を起こす。それがどのような結果となるかを悟り、震え出す男を見て山崎が慌てて言った。
「蘭はん、殺したらあかん! 新選組がきちんと取り調べるさかい、こいつは……」
ガチッ!
山崎の言葉が終わる前に、引き金が引かれる。だがその音は、とても乾いていた。
「残りの弾は抜いたままだ。こいつは金で雇われただけの検分役だろう。殺す価値も無い」
「あ……あ……」
かすり傷とは言え痛みを知り、更に命を落とすかもしれない恐怖まで味わった男は、放心状態だ。
「この程度で怯えるくらいなら、もう二度と関わるな。もしまた私の前に姿を現すような事があれば……」
「ひぃっ! お助け……っ!」
許しを請いながら必死で自分にしがみついてくる男に、山崎は憐みを覚えた。それと同時に蘭と言う人間の恐ろしさを肌で感じてしまう。
「歩けるか? 屯所まで来てもらうし、知っとる事全部話したってや。きっとこわ~い鬼が手ぐすね引いて待っとるわ」
「さっさと連れて行ってくれ! こんな化け物の近くより、鬼の居る新選組の方がよっぽどマシだ!」
「いや、化け物て……そら蘭はんは強いけど、そないな言い方せんでも」
怖がる気持ちは分からなくもないが、その言い方はさすがに酷いと思った山崎が、困ったように言う。だが男の口は止まらなかった。
「そもそもこいつは存在自体を許されていないんだ! この日の本の国にいーー」
「それ以上言うたら許さんえ」
男の言葉を遮った声の主は、雅。その顔は怒りに満ちており、蘭とはまた違った意味で恐ろしかった。
「蘭を追いかけて屯所を出た藤堂はんが、怪我して先に戻って来はったのに、蘭の姿が無かったから迎えに来たんえ。蘭、うちに帰ろな」
雅はそう言うと、黙り込んでいた蘭を強引に自分の後ろへと引っ張った。そして男の襟を掴み、その顔を睨み付ける。
「あんたの身柄は会津藩に預けるしな。取り調べには出来る限りの荒くれもんを頼んであるし、覚悟しときや」
「ちょ……雅姐。こいつは新選組が……」
「さっき屯所にしょっ引いた輩も、会津藩に引き渡す手筈になっとる。土方はんも了承済みや」
そう言われてしまうともう、山崎には何も言えない。
「屯所までは責任もって連れてってや。うちは先に蘭を連れて帰るよって」
「雅姐……一体何が起きてるんや? 蘭はんは……」
「ほな頼むえ、烝」
強引に話を打ち切った雅は、蘭を引っ張るようにしながら八木邸へと歩き出した。
手を引かれた蘭は無言のまま、雅の手を振りほどく事も無く歩いて行く。その姿に山崎も思うところがあったのか、それ以上声をかけようとはしなかった。