第7章 胸裏
「そんな事よりお前さ……こんなに綺麗な顔をしてるのに、髪の毛で隠すなんて勿体ないよな。きちんと整えたら、すげぇ可愛くなるのに」
「かわ……っ?」
髪の影になり、瞳の色には気付かなかったらしい平助の言葉が、全く予想もしていなかった内容だったためか、蘭は固まってしまった。
そうでなくとも、褒められるという事に慣れていないのに。不意打ちのように言われた言葉は、蘭の心を嵐のように掻き乱す。
「わ……私は……」
平助からすると、思った事をそのまま口にしただけなのかもしれない。だが蘭にとっては、世界がひっくり返るほどの衝撃だったようだ。
挙動不審になりながら、平助に顔を見られないよう頭を上げてキョロキョロと辺りを見回す。そこで視界に入った、先程自分の横に置いたピストルに手を伸ばした。動揺の為、数回掴み損ねはしたものの、目の前まで持って行けばさすがと言うべきか、落ち着いて確認が出来る。
「スミスアンドウェッソンの一型、か」
弾倉を外して弾を抜き取り、再び元に戻して撃鉄を起こす。狙いを定めて引き金を引くと、ガチリと冷たい音がした。
「弾を込めておいた方が良かったか?」
「いやぁ、そんなもんの使い方まで知っとるとは、さすが蘭はん」
銃口の先に姿を現したのは、山崎だ。例の如く、隠れてこちらを見ていたらしい。もちろん平助は気付いていなかった。
「山崎くん……いつからいたの?」
「ついさっきや。村のモンに呼ばれて急いで来てみたら、なんや見てて恥ずかしゅうなる光景に出くわしてしもてな。なかなか出てこれんかったわ」
にやにやと笑いながら近付いてきた山崎は、平助の横にしゃがみこみ、頬をつんつんと突いた。
「藤堂はんもなかなかの誑しやなぁ。こないに往来のど真ん中で、蘭はんに膝枕してもらうだけでなく、綺麗やら可愛いやらと口説き文句まで……とてもやないけど、わてにはできまへんわ」
手を口に当て、プププと笑いながら、周りを見てみろと目で合図する山崎。言われた通りにすると、そこにはいつの間にか人だかりが出来ていた。
「……げっ! いつの間に!?」
真っ赤になって飛び起きた平助は、後頭部の痛みに顔をしかめる。それに気付いた山崎が痛みの箇所を見ると、先程の膨らみは大きくなり、立派なこぶになっていた。
「派手にぶつけとってやな。こぶになっとるから大丈夫や思うけど、念の為おとなしゅうしとき」
山崎は平助の頭を押さえ、わざとらしく蘭の膝へと導いてやる。周りからクスクスと聞こえてくる笑い声に、二人は赤くなったまま動けなくなってしまった。
そこへようやく屯所から、戸板を持った隊士達が到着する。平助を戸板に乗せ、蘭が倒した者達を捕縛して屯所に移動を始めると、集まっていた村の者達も一斉に散らばって行った。
「いやぁ、最初は何が起こったかと思いましたけど、かいらしいもんを見られましたなぁ」
「ほんまや。若いモンは初々しゅうてええわ」
「何や、しばしの別れやっちゅーのに、口吸いもせぇへんのかいな。つまらんな」
「いやちょっと待て、山崎!」
皆がほのぼの立ち去る中、完全に冷やかしの台詞を吐いていたのは山崎だ。さすがにこれには蘭も黙ってはいられなくなった。
「やはりお前だけは屠るべきだな」
素早く先程のピストルに弾を装填し、撃鉄を起こして山崎に向ける。
「きゃーこわーい」
とワザとらしく逃げるフリをする山崎に向け、蘭は引き金を引いた。
パンッと大きな音と共に、弾は山崎の脇を通り抜け、後ろの木の陰に隠れていた男を目掛けて飛んで行く。
「うわぁっ!」
痛みに倒れ込んだ男の所に山崎が飛んで行くと、太ももを掠めていたようで、血を流しながら呻いていた。
「蘭はん、今絶対わてもついでに撃とうとしとったやろ!?」
「残念だが手元が狂った」
「鬼っ!」
ふざけた会話をしているが、やっている事は命懸けの真剣勝負。そしてその男の存在には、蘭も山崎も先程から気付いていた。
だからこそ山崎はわざと男から、蘭が弾を装填しているのが見えない位置に立ち、ピストルを撃つ瞬間に避けたのだ。これはお互いの息と動きの流れが読め、考えた通りに動ける運動神経が無ければ出来ない事だろう。
「そんで、あんたは何者なんや? さっき新選組が捕縛した輩の仲間か?」
痛みに呻きながらも山崎を睨む男は、口を割ろうとはしない。やれやれと思いながら、とりあえず屯所まで連れて行こうと男に縄をかけようとした時。
パンッ!
ヒュンッ!
山崎の耳に音が聞こえて来た時には、男は肩からも血を流していた。
「蘭はんあかん! それ以上撃つな!」
先程装填した弾は一発。そう思って油断していたのが悪かったのだろうか。いつの間にか新たに込められ発射された弾は、男の肩を掠めて地面にめり込んでいた。
「かわ……っ?」
髪の影になり、瞳の色には気付かなかったらしい平助の言葉が、全く予想もしていなかった内容だったためか、蘭は固まってしまった。
そうでなくとも、褒められるという事に慣れていないのに。不意打ちのように言われた言葉は、蘭の心を嵐のように掻き乱す。
「わ……私は……」
平助からすると、思った事をそのまま口にしただけなのかもしれない。だが蘭にとっては、世界がひっくり返るほどの衝撃だったようだ。
挙動不審になりながら、平助に顔を見られないよう頭を上げてキョロキョロと辺りを見回す。そこで視界に入った、先程自分の横に置いたピストルに手を伸ばした。動揺の為、数回掴み損ねはしたものの、目の前まで持って行けばさすがと言うべきか、落ち着いて確認が出来る。
「スミスアンドウェッソンの一型、か」
弾倉を外して弾を抜き取り、再び元に戻して撃鉄を起こす。狙いを定めて引き金を引くと、ガチリと冷たい音がした。
「弾を込めておいた方が良かったか?」
「いやぁ、そんなもんの使い方まで知っとるとは、さすが蘭はん」
銃口の先に姿を現したのは、山崎だ。例の如く、隠れてこちらを見ていたらしい。もちろん平助は気付いていなかった。
「山崎くん……いつからいたの?」
「ついさっきや。村のモンに呼ばれて急いで来てみたら、なんや見てて恥ずかしゅうなる光景に出くわしてしもてな。なかなか出てこれんかったわ」
にやにやと笑いながら近付いてきた山崎は、平助の横にしゃがみこみ、頬をつんつんと突いた。
「藤堂はんもなかなかの誑しやなぁ。こないに往来のど真ん中で、蘭はんに膝枕してもらうだけでなく、綺麗やら可愛いやらと口説き文句まで……とてもやないけど、わてにはできまへんわ」
手を口に当て、プププと笑いながら、周りを見てみろと目で合図する山崎。言われた通りにすると、そこにはいつの間にか人だかりが出来ていた。
「……げっ! いつの間に!?」
真っ赤になって飛び起きた平助は、後頭部の痛みに顔をしかめる。それに気付いた山崎が痛みの箇所を見ると、先程の膨らみは大きくなり、立派なこぶになっていた。
「派手にぶつけとってやな。こぶになっとるから大丈夫や思うけど、念の為おとなしゅうしとき」
山崎は平助の頭を押さえ、わざとらしく蘭の膝へと導いてやる。周りからクスクスと聞こえてくる笑い声に、二人は赤くなったまま動けなくなってしまった。
そこへようやく屯所から、戸板を持った隊士達が到着する。平助を戸板に乗せ、蘭が倒した者達を捕縛して屯所に移動を始めると、集まっていた村の者達も一斉に散らばって行った。
「いやぁ、最初は何が起こったかと思いましたけど、かいらしいもんを見られましたなぁ」
「ほんまや。若いモンは初々しゅうてええわ」
「何や、しばしの別れやっちゅーのに、口吸いもせぇへんのかいな。つまらんな」
「いやちょっと待て、山崎!」
皆がほのぼの立ち去る中、完全に冷やかしの台詞を吐いていたのは山崎だ。さすがにこれには蘭も黙ってはいられなくなった。
「やはりお前だけは屠るべきだな」
素早く先程のピストルに弾を装填し、撃鉄を起こして山崎に向ける。
「きゃーこわーい」
とワザとらしく逃げるフリをする山崎に向け、蘭は引き金を引いた。
パンッと大きな音と共に、弾は山崎の脇を通り抜け、後ろの木の陰に隠れていた男を目掛けて飛んで行く。
「うわぁっ!」
痛みに倒れ込んだ男の所に山崎が飛んで行くと、太ももを掠めていたようで、血を流しながら呻いていた。
「蘭はん、今絶対わてもついでに撃とうとしとったやろ!?」
「残念だが手元が狂った」
「鬼っ!」
ふざけた会話をしているが、やっている事は命懸けの真剣勝負。そしてその男の存在には、蘭も山崎も先程から気付いていた。
だからこそ山崎はわざと男から、蘭が弾を装填しているのが見えない位置に立ち、ピストルを撃つ瞬間に避けたのだ。これはお互いの息と動きの流れが読め、考えた通りに動ける運動神経が無ければ出来ない事だろう。
「そんで、あんたは何者なんや? さっき新選組が捕縛した輩の仲間か?」
痛みに呻きながらも山崎を睨む男は、口を割ろうとはしない。やれやれと思いながら、とりあえず屯所まで連れて行こうと男に縄をかけようとした時。
パンッ!
ヒュンッ!
山崎の耳に音が聞こえて来た時には、男は肩からも血を流していた。
「蘭はんあかん! それ以上撃つな!」
先程装填した弾は一発。そう思って油断していたのが悪かったのだろうか。いつの間にか新たに込められ発射された弾は、男の肩を掠めて地面にめり込んでいた。